記憶の番人と忘れられた恋

@okotsu_25

第1章:「存在しないはずの路地裏」

☁️ 第一部:蓮の世界と日常

――また、この夢だ。


淡い光が揺れている。遠くから風鈴の音が聞こえ、銀色の髪をなびかせた少女が背を向けて歩いていく。


声は聞こえない。でも、何かを言おうとしていた気がした。


手を伸ばした瞬間、目が覚めた。


目を開けると、天井のシミが見えた。

古びた扇風機がギシギシと音を立てて回っている。


「……またか」


ベッドの上で起き上がりながら、俺――**橘 蓮(たちばな れん)**はため息をついた。


この夢を見るのは、もう何度目だろう。


蓮、17歳。黒神西高校の2年生。


父親は昔にいなくなり、母親は長い間入院している。

この部屋で一人暮らしするようになってから、時間の流れがぼやけて感じる。


起きて、着替えて、学校へ行って、授業をこなして、家に帰る。

毎日がループしているようだった。


ただ一つ違うのは、夢に出てくる――あの銀髪の少女。


誰なのか、なぜ夢に出てくるのかもわからない。

だけど、何か大切なものを忘れている気がして仕方ない。


「おーい、蓮ー! また寝ぼけてた?」


いつものように、クラスメイトの**水無瀬 葵(みなせ あおい)**が俺の背中を叩いてきた。


「……ぼーっとしてただけだよ」


「最近マジで変だよ? あたしの話、全然聞いてなかったでしょ?」


「ごめんごめん。ちゃんと聞いてたって」


「じゃあ、今の話のオチ言ってみ?」


「……今日のお弁当、からあげ入ってた?」


「え、それ昨日の話じゃん!? やっぱ聞いてなーい!」


教室に笑い声が響く。

そんな日常の風景の中でも、胸の奥に残る違和感は、消えなかった。


☁️ 第二部:出会い

放課後、なぜか足が勝手に動いた。

目的もないまま、電車に乗り、降りて、街をさまよう。


気づけば、黒神本町の古い商店街にいた。

シャッターが閉まった店ばかりで、人気もない。


――そのとき。


視界の隅に、見覚えのない細い路地が現れた。

昨日まではなかったはずの場所。


なのに、そこから涼しげな風鈴の音が聞こえる。


「……あれ?」


自然と足がそちらへ向かっていた。


路地の奥には、小さな木造の店があった。


暖簾には、達筆でこう書かれている。


「忘却屋」


どこか懐かしい響きだった。


暖簾をくぐると、チリンと風鈴が鳴った。


中には、和服姿の老女が一人、座っていた。


「まあまあ……今日は面白いお客さんが来たわね」


その目は藤色に光り、俺の心を見透かすようだった。


「ここって……何の店ですか?」


「記憶を預かる場所よ。名前は、“忘却屋”。」


「記憶を……預かる?」


「そう、人の“忘れたいもの”を箱にして保管するの。あなたのような子が来るのは、実に久しぶりね」


「俺の……ような?」


「忘却の匂いがするのよ、あなたには。自分で気づいてないだけで」


背筋に冷たいものが走った。


そのとき、店の外で再び風鈴が鳴った。


振り向くと、銀髪の少女が立っていた。


――夢で何度も見た、あの少女。


彼女は黙って店に入り、老女に箱を差し出した。


「翔子さん、記憶をひとつ、預けに来ました」


「どんな記憶かしら?」


「……まだ起きていない記憶です」


静寂が落ちた。


翔子と呼ばれた老女はうなずき、箱を受け取った。


そして、少女は俺の前に立ち止まる。


「君……橘 蓮くん、だよね?」


「え、なんで……?」


彼女は微笑んだ。


「きっと、別の記憶で会ったんだよ」


そして、店を後にした。


☁️ 第三部:はじまり

「彼女の預けた記憶、君がどう動くかで変わるかもしれないわよ」


翔子の言葉に、俺は戸惑った。


「……どういう意味ですか?」


「簡単よ。あなたに問うわ、橘くん。

 忘れたい? それとも、思い出したい?」


その問いに、俺は少しだけ考えて――答えた。


「……思い出したいです」


翔子は微笑んだ。


「なら、これを持っていきなさい。今日から、あなたが“記憶の番人”よ」


差し出された箱に触れた瞬間、視界が白く染まる。


そして、遠くで誰かの声がした。


「れんくん……忘れないでね」


☁️ 第四部:目覚め

目を覚ますと、自室の天井だった。


でも、いつもと違う。


右手には――あのガラスの箱が、浮かんでいた。


そして、耳元で風鈴が鳴った。


第一章 完



毎週土曜日に新しい章を更新します。

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