第23話 大喧嘩その2

「……なるほど、経緯は大体分かった」

「……」


 勇者は口を閉じて俯いていた。

 その背中は小さく丸まっていて、普段の生意気な態度とは大違いだ。

 表情は窺い知れないものの、膝の上に置かれた拳がぎゅっと握られていた。

 俺を嫌いな勇者が大人しく言われるままに従っているのを見るに、相当こたえていると考えていいだろう。


「ウィルは……」

「うん?」

「ウィルは、何て言ってたの?」


 勇者が聞いた。

 俺を見上げるその瞳は今にも泣きそうで、不安そうに指を絡ませていた。

 まるで迷子の子供を見ているようだった。


「それは自分で聞くことだ」

「……」

「怖いか?」


 その言葉に勇者はこくり、と小さく頷いた。

 まあ、そりゃそうだろう。俺だって昔はそうだった。


「どうしてあんな喧嘩になったんだ?魔法使いとの戦いに負けたことに関しては、納得しているんだろう」

「うん……」

「悔しかったのか?」


 この言葉にもこくり、と勇者は頷いた。

 

「同年代の子に負けるのって、初めてだったから」

「……これまでは負けなしだったのか。そりゃすごいな。でも、ただ負けたから悔しいってわけじゃないんだろう?」

「うん。私に負けは許されないから」


 血を吐くような言葉だった。

 

 敗北。

 

 多くの子どもが大人になるにつれて誰しもが経験することだ。だが、この勇者はこれまで負けてこなかった。まずそこで鼻っ柱を叩き折られたのもそうだが、コイツが抱えているのはそんな単純なことじゃないだろう。


「今までは最弱の勇者とか、出来損ないって陰口を叩かれていても、何とか戦い抜いてこれた。犠牲者を出してしまってたけれど、これまでギリギリのところで勝利することができていたんだ。けど、今回初めて七魔でもない同年代の女の子に負けて……こっ、怖くなっちゃったんだ。もし、また同じように負けてしまったら、どっ、どうしようって……スネイルを、ウィ、ウィルを失ったらどうしようって。そしたら自分でも分かんないくらいに怖くなっちゃったの。そっ、それで、ウィルに八つ当たりしちゃった……」


 これまで溜め込んでいた泥を吐き出すように嗚咽混じりに自分の心情を吐露していった。

 敗北という誰しもが経験することすら、勇者であるコイツには許されない。

 きっと、アンナもまた……


「……お前はこれからどうしたいんだ?」

「ウィルに、謝りたい」

「そうか……だっ、そうだぞウィル」

「えっ?」


 勇者の声と同時に部屋の扉が開いた。

 そこにはウィルがいた。


「ど、どうして?」

「最初から聞いてもらってたんだよ」

「なっ!?」

「だってお前、ウィルと面と向かい合うの怖がって逃げ出しそうだったからな。ウィルには最初から話を聞いてもらってたんだよ……ああ、あと俺は『一人ずつ話を聞く』って言っただけで、その話を誰かに聞かせないとは言ってないからな」

「ふ、ふざけ……」

「ルナ」

「ひゃ、ひゃい」


 びびり過ぎだろ……

 ルナはウィルに対し、向き合ってこそいるものの視線を合わせられず、指を不安そうに何度も絡めていた。

 ウィルも、勇者も、今回のような大喧嘩をしてしまうなど、大人びているように見えて、意外と精神年齢は幼いのかもしれない。まあ、片方は両親を早くに亡くし、もう片方は十四という幼さで勇者という重圧を背負わされて生きてきたのだ。周囲の子供よりも早く大人になるしかなかったのだから、どこか歪な成長をしてしまってもおかしくいないのだろう。それに加えて同年代の友人もこれまでいなかったとのことなので、距離感というか、接し方が分からないという方が正しいのかもしれないが。


「ウィ、ウィル。ごめんな「ごめん!」」

「ウィル……?」

「僕は、ルナが負けてしまったのが悔しかったんだ。その八つ当たりを君にしてしまった。君がそこまで辛い思いを抱えてたって知らなかった。本当にごめん!」

「……ううん、私こそごめん。私、負けたのが悔しくって、この先魔王軍との戦いに負けたらどうなるんだろうって怖くなったの。それでウィルに八つ当たりしちゃったの。ごめんなさい!」

「ううん、こっちこそ」

「いや、私の方が」


 お互いに謝り続けている。

 少しだけ微笑ましく思いながらも、話を先に進めるために口を開いた。


「謝りあうのはそこまでだ。このままじゃ日が暮れるからな」

「は、はい。ごめんなさい」

「……」

「?……何だ」


 勇者は俯いて黙り込んでいた。

 モジモジと身体を揺らし、口を開こうとしては閉じるを繰り返していた。が、やがて勇気を振り絞るかのように口を開いた。


「ごめんなさい!」

「は……?」


 いきなりの謝罪に脳が混乱した。


「今まで生意気な態度をとって、ごめんなさい……!スネイルだってアンナさんのことで辛い思いをしていたのに、スネイルさんを見ていたら……その、知り合いを思い出だしてきつく当たっちゃったの。本当にごめんなさい」

「……そのことか」


 頭を下げる勇者見ながら思う。

 不器用な奴だ、と。

 こんなこと、なあなあで済ませておけばいいのにわざわざ蒸し返すなんて……いや、たとえ不器用だとしても、勇気を持って謝れるのはこの勇者の長所なのかもしれない。こんなこと、大人になるにつれてできなくなってしまうのだから。


「いや、いいよ。俺もありがたかったからな」

「えっ……」

「そりゃ、言われた時はきつかったが、あの時の俺には罰されることがありがたかった。それに、あの魔法使いに俺のことを大切な仲間って言い返してくれただろう。あの時の俺、すっげえ嬉しかったんだからよ」

「スネイル、さん……」

「スネイルでいい。俺もお前のこと、勇者じゃなくルナって呼ぶからさ。改めてよろしくな、ルナ」

「うん……!よろしく、スネイル!」







 スネイルさんは、やっぱりすごいな。

 仲直りに、と部屋の中で出された料理を食べながら思う。

 スネイルさんがいなければ、僕たちはまだ喧嘩をしていたままだっただろう。最悪、そのまま解散してしまっていたかもしれない。そう思うと、少しだけ身震いがした。

 

 ちなみに、料理は飲み物と同じく、部屋で頼めば何も無い空間から勝手に出てくる。

 本当ならば、きちんとした食堂で食べたかったのだが、勇者の仮面をつければ無駄な騒ぎを起こすことになるだろう。それに、無事に仲間として打ち解けられた三人だけで食事できるというのも、悪いことではなかった。


「スネイルさんはどこに行っていたんですか?」

「ああ、そういや言ってなかったな」


 僕とルナが喧嘩する前、スネイルさんは一人で寄るところがあると言って部屋を出ていた。

 スネイルさんは決して無駄なことをする人ではないし、何か目的があったはずだ。

 そう思って尋ねると、スネイルさんは薄く笑みを浮かべながら指を二つ立てた。


「目的は二つ。一つは、あのリリィ・ソーサラーって女の情報を掴むことだ。勝つためには、敵の情報が多いに越したことはないからな」


 リリィ。

 その言葉にルナの拳が静かに強張った。


「奴はアリス魔法学園の主席魔法使いだ。奴の年齢じゃあ、まだ最終学年じゃないが、その才能と実績によって飛び級している。さらに、本来ならば学生に与えられないはずの等級を在学中に与えられ、その中でも最高位の一等魔法使いの称号を取得している。まあ、平たく言えば天才だな」

「一等魔法使いって、そんなにすごい称号なんですか?」

「すげえよ。前に魔力操作を習得した者は、実績や試験なしに無条件で銀級冒険者の資格を得られるって話をしたよな?」

「はい」


 その話は覚えていた。

 この世に数ある職業ジョブの中で、少年少女の憧れと言われれば真っ先に挙げられるのが冒険者だ。神官や薬師のように高等な専門知識は必要なく、その腕っぷし一つで巨万の富を得ることができる。故に、巷には冒険者が溢れているが、その中でも安定して食べていけるのは一握り銀級以上のみ。その一握りに入ることができるだけでも、すごいと思ったものだ。


「一等魔法使いは、そのさらに上。金級の資格を得られる」

「えっ……」


 金級。

 この世に数多いる銅級、そのでも熟練者とされる銀級。そして、その中でもさらに上。一流と称される者たちを金級と呼ぶ。その数は国一つにつき数人とされ、その報酬はもちろん、与えられる権力は貴族にも劣らないという。本来、平民が名乗ることを許されない家名を与えられることから、冒険者が目指すべき頂点とも言われていた。


「つまり、奴はそれほどの魔法使いってことだ。炎、水、雷、土、風、木、氷と全ての属性を扱える。得意属性は炎と雷だな。攻守ともに隙がないが、得意属性や性格も相まって、基本的には攻撃は最大の防御って感じだ。まぁ、要するにどっかの誰かさんと似ているってことだ」

「……うっさいな」


 ルナが拗ねた様子で杯を飲み干した。

 口調こそ、棘があるが以前のような険悪さは感じない。まるで妹が意地悪な兄に拗ねているようで妙に微笑ましかった。


「けど、考えなしの脳筋ってわけじゃない。どっちかというと、策を使って冷静に相手を追い詰める魔法使いだよ」

「だろうな」

「どういうこと?」

「ムカついたから、あいつの粗探しをしていたんだけど、考えれば考えるほどあの試合はあいつの思い通りに運ばれていたんだ」


 ルナは語る。

 まず当たり前だが、試合の時期と会場だ。

 ルナはアリス国に到着したばかりで本調子じゃなかった。さらに熟知した試合会場に、大勢の観客で心理的有利を作り出す。さらに試合では最初に使用する魔法の属性を絞り、省略詠唱も行わなかった。そして、途中から炎と風という属性魔法の追加に省略詠唱と本気を出したように見せかけ、会場に満ちた氷を溶かして場を水浸しにするという真の狙いから目を逸らさせつつ、同時にルナに真の実力を誤認させてから、最後に無詠唱呪文という切り札を使って雷を会場に打ち込みルナを感電させたのだという。

 確かに、説明されればされるほどに用意周到な策だ。けれど……


「次の試合ではあいつの実力も理解しているから、多少は有利に戦えるだろうけど、あいつの手数の多さは厄介だね」

「ああ、そうだな」

「魔法使い殺しって言ってもいい呪文斬りスペル・ブレイクにも焦ることなく対応できているし、冷静な判断力もある。向こうに私の剣技スキルがバレている分、対策もされやすいだろうし、七魔と違ってこっちを舐めてこずに手数も多い分、ある意味で七魔以上に厄介な相手かとしれない。まだ奥の手を隠し持っている気もするし、それも踏まえて何を仕掛けてくるか考えつつ策を練らないと……」

「策は決まっている。接近戦だよ」

「えっ……」


 考えに集中しきっていたルナが、ポカンと口を開いていた。

 話を続ける。


「魔法使いっていう職業には詳しくないし、リリィさんが今度はどんな策を使ってくるかは分からない。けど、リリィさんの魔法が最も活きるのは中〜遠距離戦であることに変わりはないと思う。逆にルナの剣技が最も活きるのは接近戦だ。相手の短所に自分の長所をぶつける。これが最も勝率の高い策だよ。だから、相手がどうしてくるかの対応策よりも、いかに相手との距離を縮めるかを考えた方が良いと思う」

「へえ、まぁ定石ではあるがお前、誰かに策の練り方でも教わったのか?」

「えっ……あ、いや昔村長に教わったんです」


 危ない。

 心の中でそっと胸を撫で下ろした。

 相手の長所と短所を知ること。これは、あの夜に魔王から教わったことだ。敵の、それも魔王の教えなんてルナは良い顔をしないに違いない。せっかく仲直りできたのだから、新たな火種は隠しておいた方が良いだろう。

 そういえば、魔王は他のことも言っていたな……


「そういえば……リリィさんは何を大切にしているんでしょうか?」

「?……何だ、藪から棒に」

「いえ、リリィさんが使った策を聞いてると、どうしてそこまで勝ちに拘ったのかなって」


 試合会場については戦える場所が限られているだろうから、仕方がない。

 けれどルナが本調子でない時を狙ったり、扱う属性を制限する、無詠唱呪文を使用せずに自分の実力を誤認させるのは――こう言っては何だが、卑怯者の策だ。彼女と直接関わりがないので、確かなことは言えないが、彼女の言動から己の実力に誇りを抱いているのは分かるし、どちらかと言えば正々堂々を好む方だろう。だからこそ、今回彼女が用いた策と、彼女の性格が合わないような気がしてならなかった。

 

 もし合わないのであれば、彼女の信念を曲げてでも勝負に勝ちたいという大切な何かがあるはずだった。そこを突くことができれば、戦いを有利に……


「……何か、ウィルって物語に出てくる悪役みたいな考え方しているね」

「えっ……」

「その考え方もあの村長さんに習ったの?優しそうな人だと思ってたんだけど、ちょっと村長さんのこと怖くなっちゃった」


 いつの間にか、ルナが少しだけ距離を開いていた。

 ……ごめんなさい、ハリソンさん いつか本当のことを伝えます。許してください。


「そ、そういえばスネイルさんが言ってたもう一つの目的って何なんですか?」

「ああ、そういや言ってなかったな」


 誤魔化すようにスネイルさんに質問する。

 スネイルさんもそれが分かっているのか、若干苦笑しながらも胸元から二枚の紙片を取り出した。


「お前ら、魔法劇に興味はあるか?」


 

 

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