第22話 大喧嘩


「どうぞ、今夜は我が国が誇る最高級の宿でお休みください」


 戦いの後、一日目とは別の宿に案内された僕たちは束の間の休息を味わっていた。

 部屋に入ると、誰かが灯りを灯したわけでもないのにひとりでに明るくなった。部屋の中を光が満遍なく照らしていて、明らかに火を使ったものではない。一息つく前に汚れを落とそうとすると、水晶から暖かい水が出て手をかざすと自動で汚れを落としてくれた。喉が渇いたと思うと、テーブルの上に音もなく欲しい飲み物が出て来たし、味は勿論だが冬の井戸水かと思うほどに冷えていて、喉を心地よく潤してくれる。最高級と言われるだけあって内装はアネスト国の宮殿にも負けないほどに豪華で美しい。まるで夢の国にでも迷い込んだかのようだった。

 けれど、そんな夢のような場所でさえ、今の僕と彼女の心には全く響かなくて――


「……ルナ、辛かったよね」

「……」

「ル、ルナは頑張ったよ!」

「……」


 どんなに励ましてみても態度は変わらず、ベッドの上で膝を三角に折りたたみ、顔を伏せてこちらに背を向けていた。

 何とかして力になりたいのに、ありきたりで平凡な言葉しか出てこない自分が悔しかった。


「ルナは負けてないよ!疲労が溜まって本調子じゃない時に使い慣れない武器で戦わされたんだよ。元から不利な上に剣だって安物だったじゃないか。フォルストさんも後日再戦にしようって言ってくれたし、あれが折れたからってルナの負けにはならな――」

「なるよ……!!!」

「っ……」


 こちらを振り向き、ルナが怒鳴った。

 そのあまりの語気の強さに思わず怯んでしまった。


「いい?疲労が溜まったり、傷ついてたり、本調子で戦えることなんて勇者にとってはまずあり得ない。どんな体調であっても、負ければそこで終わりなの!剣だってそう。もしかしたら聖剣が敵に奪われる事態だってあり得るかもしれないし、何よりどんな剣であっても、折れてしまうということはそれを扱う剣士の責任なんだ!ましてや剣の所為にするなんて剣士の恥だよ!!!」


 ウィルには分からないだろうね。


 吐き捨てるように言われたその言葉に、これまで感じたことのないような怒りを感じた。

 

 不貞腐れたようにルナは再び背を向けようとする――その肩を掴んで強引にこちらを振り向かせた。

 びくり、とこちらを見たルナの瞳が一瞬不安に揺らいだ。

 ……構うもんか、頭に来た、好き勝手言いやがって!


「何だよ、その言い方!こっちは心配してやっているのに!」

「いつ心配してなんて言ったのさ!」

「うるさい!そう言っていつまでもウジウジして、構って下さいなんて雰囲気出してるのはそっちだろ!?」

「そっちこそうるさいんだよ!なにさ、上から目線でウィルのくせに……!」

「くせにって何だよ!上から目線はそっちだろ!」

「そっちだよ!」

「そっち……!」


 いつの間にかベッドの上で取っ組み合いになっていた。

 互いに交互に馬乗りになって思いついたままに罵詈雑言で罵りあった。

 ……クソ、こんなことを伝えたいんじゃないのに!


 止まりたいのに、止まらない。

 どうしてこんなことを言い合っているのか分からなくなりそうになった、その時だった。


「ウルセェ……!!!」


 いつの間にか部屋に戻っていたスネイルさんの怒鳴り声が部屋中に響き渡った。

 その普段の姿とは全く違うあまりの声の大きさと剣幕に僕たちは冷や水をかけられたように静止してしまった。

 僕らが落ち着いたのを見て、スネイルさんは息を吐くと僕たち二人の首根っこを掴んで床に下ろした。

 くしゃくしゃになったシーツがひとりでに直る音が背後から聞こえたが、振り向く気になれない。それぐらい、目の前に仁王立ちするスネイルさんの姿は恐ろしく感じた。


「……一人ずつ話を聞く。まずはウィルだ。あっちの部屋に来い」

「はい……」


 項垂れたまま、とぼとぼとスネイルさんの後をついて行く。

 たまらなく情けない気分だった。






「……なるほど、経緯は大体わかった」


 部屋に連れて行かれ、これまでの経緯をできるだけ簡潔に話した。しかし、感情がぐちゃぐちゃになっていたためか、話はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、何を言いたいのか自分でも分からなくなるほどに酷い説明だったと思う。けれどスネイルさんはほとんど口を挟まず、黙って話を聞いてくれていた。それが、今の僕にとってはありがたかった。


「すみません……」


 話せば話すほどに自分の駄目なところが分かってしまい、後悔と情けなさ、自分への失望が心を満たしていた。

 何より、何よりもルナに謝りたかった。

 誰よりも傷ついているのは彼女のはずなのに、僕は自分の気持ちばかり押し付けてしまった。

 最低だ……!


「そうだな。お前にも反省すべき点はある。けど、まあ――安心したよ」

「えっ……?」


 あまりにも意外な言葉に、思わず聞き返してしまった。

 てっきり叱られると思っていた。なのに、スネイルさんは笑みさえ浮かべていた。


「お前も怒れたんだなって」

「どう言う意味ですか?」

「そのまんまの意味だよ。お前、十四のガキとは思えねぇほど大人びているっていうか、自分をあまり出さないだろ。我儘を言わなねぇ、挫けねえ、怒らねぇ。確かに周りの大人は褒めてくれるだろうけどな。俺にはどこか無理をしているようにも見えた」

「……」

「だから安心したんだよ。お前も、案外普通なんだなって。普通のガキと同じように挫けることも、凹むことも、怒ることもあるんだって。お前が感情を剥き出しにできるくらい大切な相手がいるってことに」

「けど、それでルナに八つ当たりしていい理由には……」

「何に対して八つ当たりしてたんだ……?」

「そ、それは……」


 ルナに、と言おうとしてそれが間違いだと分かった。

 彼女があんな風な態度を取る前から、僕自身心にわだかまりを感じていたからだ。

 一体僕は何に怒ってたんだ……?


「当ててやる。お前は、勇者が負けたことに苛ついてたんだよ」

「えっ……?」

「なんだ気づいてなかったのかよ。勇者が敗北を認めて観客どもが湧き上がってる時のお前の表情……ちょっと怖いくらいだったぜ」

「そう、だったんですか」


 全く気づかなかった。

 いや、自分の心に気づけないくらい衝撃を受けていたのだろうか……?


「勇者はお前にとって剣の師匠で、大切な友達なんだろ?だったら、不思議でも何でもねーよ」

「はい、そうです……だから、だからこそルナが負けたことが悔しくて、でも何もできなかった自分に腹が立って。そしてルナにその苛立ちをぶつけてしまいました。最低だ」

「最低じゃねぇ」


 スネイルさんは僕の目をまっすぐ見つめながらそう言った。

 その瞳のあまりにも澄んだ輝きに、思わず喉が鳴った。


「お前はまだ、勇者に謝れるじゃねーか」

「っ……!?」

「お前はまだ、勇者に直接謝れる。仲直りできる。何も遅くはない。だから、大丈夫だ」

「スネイルさん……」


 そうだ、スネイルさんはアンナさんとはもう……

 あまりに迂闊だった自分の言動にさらに情けなさを覚えそうになるが、それを拭い去るように目を擦る。


「はい、ルナに謝ってきます」

「ああ、そうしろ。まぁ、今は疲れてるだろうし、俺が勇者と話している間は温かいミルクでも飲んでみろ。ちょっとはマシになるぜ」

「はい……!」


 言われた通りにミルクを頼むとテーブルにまるで最初からあったかのようにコップに満たされた温かいミルクが置かれていた。

 一口飲むと、ミルクの暖かさとほんのりとした甘みで胸が満たされていくような気がした。


「あとな、ウィル……」

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