第21話 決着

「水よ凍てつけ。結晶し、降り注げ、氷雨の矢アイシクル・レイン!」

「雷鳴剣!」


 氷と雷が決闘場の中央で激突する。

 雨のように降り注ぐ矢が雷に撃ち落とされる。キラキラと舞う結晶に雷が纏い、幻想的な美しさを見せていたが、その術者である二人は鬼気迫るといった様相を呈していた。


 ルナが接近しようとして、リリィさんがそれを防ぐように遠距離から攻撃を仕掛ける。互いの攻撃はほぼ互角。聖剣なしの雷鳴剣は威力が低下しているといっても、リリィさんの魔法はそれを軽々と防いでいる。


 リリィさんもまだまだ全力では無いだろうことを考えると、この攻防だけで彼女の実力が窺えた。そんな彼女に対し、ルナは雷鳴剣を温存し、剣術だけで彼女の魔法を凌ぎつつ、少しずつ距離を詰めていっていた。


 その剣術の鋭さと速度、そして美しさに観客から歓声が上がる。けれど、腕や足など致命傷以外の部位には凌ぎきれなかった矢がかすり傷を与えていた。いつものルナらしくない、どこか強引にも思える攻めだった。

 やっぱり、頭に血が昇って……


「はっはっは、どうして勇者殿が強引に距離を詰めようとするか、分からんかの?」

「!……フォルストさん。はい、ルナの戦い方はあまりに無茶に見えて」

「いや、勇者殿の戦い方はあれで良い。君はどうやら魔法使いについてあまり知らんと見える。どれ、ここは儂が未来ある若者に講義しようかの」


 フォルストさんが楽しそうな笑みを浮かべていた。校長ということもあってか、他人に教えるのが好きなのかもしれない。どこか魔王と似た雰囲気を感じていた。


「勇者は象徴リーダー、神官は回復。では魔法使いの役割とは何じゃ?」

「えっと……色々な魔法を使って戦う、ですか?」

「惜しい。半分正解といったところじゃな。正解は仲間パーティー内の最大火力じゃよ」

「えっ……?」

「はっは。驚いたかな?確かに聖剣は強力じゃ。しかし、魔法を学びその真髄に辿り着いた魔法使いの必殺の呪文は時として聖剣さえも凌ぐほどの威力を生む。じゃからその魔法の準備が済む前に攻めるのは間違ってはおらんのじゃよ」


 その言葉を証明するように、ルナがリリィさんとの距離を少しずつ詰めていっていた。手足には先ほどよりも細かい傷がついているものの、出血は抑えられている。

 

 女神の光による治癒。

 修行の成果がしっかりと現れ、戦いを有利に運んでいた。


「流石、といったところですわね」

「もう降参ですか?」


 リリィさんが微笑みながら称賛を口にする。けれども、その瞳の光は全く揺らいでいない。むしろその眼光は鋭さを増している。

 

 おそらく、ここからが彼女の本気。それが分かっているからこそ、ルナも構えを崩していなかった。

 彼女の纏う魔力が増大する。


 ――来る……!


炎の大玉ファイヤー・キャノン

「なっ……!?」


 例えるならば、それは炎を纏った大砲だった。離れているこちらが汗ばむほどの熱量。それが、獣の叫び声のような唸りと共に放たれた。それはかつて戦ったミナが使用した炎の球ファイヤー・ボールと似てはいたが、威力・速度ともに桁外れだ。だが、何よりも違うのは詠唱してから発射までの速度だ。ミナのように長い詠唱を唱えることもなく、けれども先ほどまでの氷の魔法よりも遥かに強大な一撃がルナを襲った。


「ルナ!」


 ルナのいた場所ごと焼き尽くすような灼熱の一撃。

 爆風と熱、それらに巻き上げられた埃で目の前が見えない。

 やられてしまったのか。

 そう思わずにはいられない。それほどの威力の魔法だった。


「……まぁ、一等魔法使いならこのくらいはできるよね」


 ルナは立っていた。

 炎が揺めき、灰燼の舞う中を剣を支えにしてしっかりと大地を踏み締めていた。仮面越しに不敵な笑みを浮かべながら。


「随分余裕ですわね。防御に魔力をかなり使ったようですけど?」

「確かに見事な一撃だったよ。氷以外にもう一つや二つくらいは属性魔法を使えるだろうし、省略詠唱くらいはできるだろうと思っていたけど、ここまでの威力とは思わなかったよ。けど、この威力の省略詠唱。そっちも魔力をかなり持っていかれたんじゃないかな?」

「ご冗談を。この程度、一等魔法使いなら余裕ですわ」

「減らず口を」

「お互い様ですわね」


 そうして、二人とも睨み合う。


 省略詠唱。

 知らない単語に少しだけ頭が混乱した。

 それを察したのか、フォルストさんが声をかけてくれた。


「省略詠唱。それは読んで字の如く、呪文や奇跡に必要な詠唱を省く高等技術じゃな。どれくらい高等技術かというと、うーむ……お主にわかりやすく例えるなら、そうじゃな。一と一を足すと幾つになる?」

「えっ……二です」

「ならば、四千三百五十と三千二十を足すと?」

「えっ、えっと、それは……」


 いきなり跳ね上がる数式の難易度に計算が追いつかない。頭の中で計算式を描こうとするが、途中でぼやけてしまう。もし、正確にするならば用紙と筆、膨大な途中式とそれらを計算するための時間が必要だった。


「はっはっ……難しいじゃろ。だが、魔法の術式とは計算式によく例えられる。魔法に必要な魔力量、威力、速度、規模、属性、形態、目標地点や範囲など、考慮しなければならないことが山のようにあるのじゃ。そしてそれらを一つでも誤れば魔法は正確には発動せん。詠唱はそれらを誤らないように、かつ魔力量の負担を減らすための公式にして、途中式のような役割を持つ。ゆえに、詠唱と魔法は切っても切り離せない。だが、戦いにおいて悠長に詠唱する暇はない。魔法を発動するための詠唱をいかに省略できるか。それが現代に生きる魔法使いの命題にして力量を測る一つの物差しなんじゃよ」


 フォルストさんの説明で、リリィさんの技術がいかに凄い技術なのかが理解できた。ふと、横のスネイルさんはどう思っているかと疑問に感じて見ると、当然のような表情をしていた。

 

 そして気づく。

 

 『女神の聖炎』、『女神の大楯』。ローザさんやスネイルさんはずっと詠唱省略を行なっていた。最初に見た神官が彼らだったから気づかなかったが、ローザさんもスネイルさんもそれが当たり前にこなせる高位神官だったんだ。


「私も本気を出しましょう。炎の竜巻ファイヤー・トルネード風の刃ウィンド・カッター!」

「っ……雷滅剣!」


 リリィの言葉に嘘はなかった。

 先ほどまでの氷魔法とは比べ物にならない威力の魔法。それが同時に二つルナに襲いかかる。しかも炎は風の魔法を受けてより熱量と威力を高めていて、先ほどまで決闘場に散乱していた氷が溶けて水になってしまっていた。


 まるで本当の竜巻のように大規模な一撃。喰らえば地面ごと溶けてなくなるであろう攻撃を、ルナは雷滅剣で対処した。ソールの片腕を奪った技は聖剣がなくても圧倒的であり、炎の竜巻を切り裂いてリリィさんに雷が貫通する。リリィさんは一瞬目を見開くが、すぐに別の炎魔法で防御していた。

 

 彼女も勇者の魔法使いに選出されるだけあって、魔法の威力だけでなく、不測の事態への対処など実戦での処理能力が優れている。悔しいが、遠距離では彼女に攻撃を与えるのは、並大抵のことではなさそうだった。


「痛っ……!」


 ルナの口から小さな悲鳴が上がった。

 慌ててそちらに目を向けると、竜巻の間を縫って不可視の刃がルナの全身を切り裂いていて、ボタボタと血が溢れて水溜りを作っていた。炎の竜巻は囮だったのだ。その傷は深く、女神の光で癒せる程度の傷ではなかった。


炎の大球ファイヤー・キャノン!」


 その隙を逃すリリィさんではなく、すぐに畳み掛けてくる。

 回避は間に合わない。必中の一撃。直撃すれば、負けは免れない。

 まずい……!


「なっ……!?」


 勝ちを半ば確信していたであろうリリィさんから驚愕の声が漏れていた。観客席の生徒や教師も同様だ。皆、一様に目を丸くして目の前の光景が信じられずにいた。応援していた僕達も同じ気持ちだった。なぜならば……


「魔法を、切り裂いたですって……?」

「名付けて呪文斬りスペル・ブレイク……剣魔ソールが使っていた技だよ。使うのはムカつくけど、結構有用な技だね」


 言われて、ソールがルナの『雷鳴剣』を魔剣で斬り裂いていたことを思い出した。

 あの夜から今日まで魔法を使う魔物はいなかった。まさか、あの夜見ただけの技を模倣したっていうのか?

 信じられない事実に、改めてルナの才能に驚嘆した。

 やっぱり僕の友達は凄い……!

 けど――


「……その微妙に格好悪い名前はともかく、なるほど七魔の技ならば納得ですわ。使の話ですが」

「やっぱりバレてるか……ていうか、格好悪くないし!それを言うなら詠唱したり、炎の大球ファイヤー・キャノンとか言っているのはどうなのさ?」

「あ、あれはアリス様が名付けられたお名前だから仕方がないのです……!」


 ……やっぱり、あれ唱えるの恥ずかしいんだ。

 

 妙な共感を覚えながらも、ルナの手を見る。パッと見では分からないが、その手はひどい火傷をしていた。


 おそらく、ソールの技は完璧に模倣しきれてはいない。完成度はいいところ八・九割といったところだろうか。


 未完成の技だからこそ、ルナは使用しなかった。勝負は一見して魔法への対抗手段を持つルナに傾いているように見える。


 けれど、逆の見方をすればその未完成な技を出さなければならないほどにルナが追い詰められているということだ。


「あなたとはつくづく気が合わないみたいだね」

「それはこちらの台詞ですわ」

「なら……!」

「ええ……!」


 二人ともに構え、魔力を練り上げていく。

 もうお互いに魔力量に余裕がない。次が、最後の一撃になるだろう。

 

 観客もそれが分かっているから、誰も一言も発さない。靴の音も、呼吸も。全ての音が消えた。

 そして――


「はあっ!!!」


 先に踏み出したのはルナだ。

 身体能力強化を極限まで高めた突進。踏み出すたびに地面が割れ、傷ついた足から血が噴き出す。けれどもルナは止まらない。勝利を得るためには自分の痛みなど気にもとめない。それが彼女だった。

 

 それに対し、リリィさんも負けじと魔法を乱発する。氷、炎、風。様々な属性が様々な形となって襲いかかる。ルナはそれらの隙間を掻い潜り、あるいは魔法を切り裂きながら突破していった。


「くっ!」

「はあっ!!!」


 やがて最後の魔法が切り裂かれる。二人の距離はもうほとんどない。そこは剣士の間合いだった。

 ルナの剣がリリィさんの首へと迫る。横一文字に描かれる剣の軌跡。もう呪文を詠唱する隙はない。その切先が届くその刹那。





 リリィさんは何もしていなかった。回避も、防御も、表情一つ変えていない。けれど、何かがおかしい。

 いや、これは――罠だ。


「ル――」

 


 ――バン!!!!



 それは初め、何か分からなかった。目も眩むような光。それに遅れて鼓膜が痺れるような衝撃音。

 分かったのは、ルナの剣が止まったこと。

 そして、ルナが糸の切れた人形のように崩れ落ちたことだった。


「ルナ!!!!!」


 ルナは応えない。

 剣を支えに片膝をついて、かろうじて地面に伏すことを拒否してはいるが、先ほどまで纏っていた魔力が微塵も感じられない。もう意識がないのは明白だった。

 リリィさんは、そんなルナを見下ろしていた。もう勝負はついたと確信した目だった。


 何が起きた……?


 先ほどの状況を回想する。

 この状況を生み出したのがリリィさんなのは間違いない。ということは、魔法が使われたはずだ。

 けれど剣が届く直前、リリィさんは呪文を唱えていなかった。そんな隙もなかった。

 どうやって……?


「無詠唱、呪文……あの年で習得したってのか」


 その疑問に答えるようにスネイルさんが呟いた。瞳は見開かれ、声は少しだけ震えていた。

 そんなに凄い技術なのだろうか?


「凄いことじゃよ」


 僕の心を読んだようにフォルストさんが言った。


「先ほど、詠唱をどれだけ省略できるかが現代魔法使いの命題といったのぅ。無詠唱呪文とは、その究極系にして到達点の一つ。リリィが史上最年少の一等魔法使いとなり、勇者一行の魔法使いに選出されたのもこの技術を習得できたからじゃ」


 フォルストさんが言い切ると同時に観客から歓声が上がった。

 皆、リリィさんの勝利を確信しきっていた。

 それに応えるように、リリィさんが杖をルナの眼前へと向けた。

 このままではルナの敗北だ。けれど――


「まだです!」

「はあ!!!!」


 僕とルナの声は全く同時だった。

 次いで、リリィさんの表情が驚愕に歪み、杖の先端がわずかにブレた。あれでは、正確な魔法は発動できない。そしてその隙を見逃すルナではなかった。


「そこまで!!!」


 フォルスト先生の声が決闘場に木霊した。

 魔法で声を大きくしているのか、鼓膜がビリビリと振動するほどの大声であり、ルナとリリィさんの動きがピタリと止まった。

 ルナの剣はリリィさんの首のわずか手前で停止し、リリィさんの杖はルナの眼前に狙いを定めていた。

 どちらも、刹那の間にお互いを倒すことができる必中の間合い。


「この勝負、引き分けとする!!!」


 両者ともに実力は互角。

 リリィさんはその圧倒的な魔法速度で、ルナは魔法をも切り裂くその剣技で、どちらも一歩も引かず、渡り合ったその強さはどちらも本物。先ほどまでリリィさんの勝利に湧き立っていた観客たちも大きな拍手と共に二人を称賛していた。


 しかし――


「いえ……」


 一人の声がその称賛をゆっくりと否定した。

 決して大きな声ではないはずなのに、その声に拍手がピタリと止んだ。

 そしてその声に応えるようにピシリと、何かに亀裂が入った音が場内を走った。


「この勝負……私の、負けです」


 悔しさを声に滲ませ、重い口を開いたルナは折れた剣を前にそう言った。   

 

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