第20話 学院都市 アリス
学院都市アリス。
アネスト同様、勇者
魔法使いの質は言わずもがな、
その話を聞いた時、あまり
僕が魔力操作を習得してから、さらに一月。
僕達がアリス国に辿り着いた時、日はとっくに暮れていて、空には星が見え始めていた。街も皆寝静まっているのか、灯りもなく人の気配を感じなかった。まるで廃墟のようだとさえ思った。
疲労のためか、どことなく身体の調子も悪い。この時間の訪問は失礼になると考え、今夜は宿をとって明日の朝に訪問しようという僕達の考えはあっさりと崩されることとなった。
「……すごい」
それは誰の声だっただろうか。
僕なのか、ルナなのか、はたまたスネイルさんか。けれど、口に出そうが出すまいが、それは共通の思いだったに違いなかった。
街に灯りが灯る。一つや二つではない。まるで測ったように一斉にだ。間違いなく普通の炎じゃない。炎のように赤一色ではなく、風による揺らめきもない。緑、赤、青。色とりどりの光が宝石のように美しく輝き、僕達を歓迎していた。
『ようこそおいでくださいました、勇者様』
僕たちを最初に出迎えたのは、一匹の梟だった。いや、厳密に言えばそれは梟ではないのだろう。だって、梟が人間の言葉を喋れるはずがないのだから。
そんな僕の疑念を察したのか、スネイルさんがその梟は
梟の羽には艶があり、瞳には生命の光が宿っていた。森の中ですれ違っていれば、確実に気づかなかっただろう。もしかしたら、僕達が辿り着くずっと前からこうやって監視されていたのかもしれない。現にルナは、アリス国に辿り着く少し前から仮面を被っていたし、僕やスネイルさんにも外套で顔を覆うように指示していた。
勇者である彼女は、このような事態も想定していたのだろうか。そんなことを考えてふと周囲を見渡せば、梟は国の至る所を飛んでいた。
あそこにも、あそこにも。そしてあそこにも。
皆、揃えたように同じ毛並み。同じ色。同じ大きさだった。どれが本物でどれが偽物なのか。あるいは全て本物なのか、偽物なのか。全く判別できない。
――ゾクリ
見えない誰かの掌の上にいるような感覚に背筋が泡立った。
……いや、負けるか!
味方であるはずのアリス国。けれど、アネスト国の時と同じように一筋縄では行かないはず。だからこそ、ルナの力になりたかった。
決意を新たに歩を進めた。
そんな僕たちを、物陰から一匹の黒猫がひっそりと見つめていた。
その翌日。
用意された宿で身体を癒した僕たちはある建物に案内されていた。てっきり王宮のような場所にでも案内されるのではないかと予想していたが、どうやら違うようだった。そこは石造りの巨大な屋敷のように見えた。ただの屋敷の規模ではない。数百人が共同で生活できるような広さ、そして見たこともない設備でいっぱいだった。まず扉の前には二体の石像が門番のように立ち塞がっていて、僕らが通る際には膝をついてお辞儀していた。
それだけでも驚きだというのに、部屋中はこの時期では考えられないほど涼やかで、心地良い。階段は途切れ途切れになっていて、どう移動するのかと思ったら階段同士が勝手に動いて自動で目的地へと案内してくれていた。やがて階段はある扉の前で止まる。案内人が合言葉を告げると、扉はひとりでに開いていき、三角の奇妙な帽子を被った老人が佇んでいた。
「ようこそ我がアリス国へ。歓迎いたしますぞ勇者様。そしてそのお仲間方も」
「光栄です。学長殿」
ルナリアスの姿で、ルナが老人と握手を交わした。
皺の深い肌、白く床にまで届くのではないかと見紛うばかりに長い髭、古めかしい三角帽子はまるで物語に出てくる魔法使いそのもの。けれど、背筋はピンと伸びており、思った以上に背が高い。よく見れば肌艶も良く、年齢以上に若く見えた。
彼の名は、フォルスト・メイジャー。
多くの魔法使いが学び集う魔法学園の学長であり、これまで優秀な魔法使いを数多く育て上げてきた偉人。自身も若い頃には魔物殺しとして名を馳せていた有名な魔法使いであり、過去にはあの魔王と戦ったこともあると噂されていて、今でも時折お忍びで外に出ては魔物を狩っているのだという。学院都市アリスでは、代々の学長が政治で強い権力を持つ。つまり、彼がこの国の実質的な王だった。
「まずは無事にお会いできたことを光栄に思いますぞ」
「……ありがとうございます」
フォルストさんの声は柔らかく、暖かみがあった。まるで孫を揶揄う好々爺のようだ。
アネスト国の対応とは全く違う扱いに、ルナも冷静に対応しているものの、内心は驚いているのだろう。
それを読み取ったのか、フォルストさんは片目を瞑り、悪戯っぽく笑った。
「ふぉっふぉっふぉ。意外ですかな?」
「い、いえ……そんなことは」
「はっはっはっ……隠さなくてもよろしい。儂等の対応が良いことに驚かれているのでしょう?」
「……はい」
フォルストさんの明け透けな態度にルナが戸惑っていた。アネスト国ではわずかな手掛かりから孤児院を突き止めたり、ローザさんと渡りあったりしていたルナからすれば、少し珍しい光景に見えた。
僕にもその理由は何となく理解できた。彼は何も考えてないように見えて、誰よりも深く先のことまで見据えているようにも見えるし、何かを隠しているようにも、ルナとのやり取りを純粋に楽しんでいるようにも思えた。何というか、掴みどころがないのだ。
ローザさんとはまた違った老獪さだった。
「七魔第四柱バイゼル、第五柱イルゾースト。ここ十数年の勇者が誰も倒せなかった七魔を立て続けに討伐されたあなたの功績はすでに各国を巡っているのです。もう誰もあなたを『最弱の勇者』などと侮る者はいませんぞ」
「……その噂は王都にも届いているでしょうか?」
「?……それは恐らく届いているでしょう。きっと今、あなたの故郷では、誰もが勇者に功績に驚き、誇りに思われていることでしょう」
「そう、ですか……!」
フォルスト学長の言葉にルナは上擦った声をあげた。
故郷に誰か大切な人がいるのだろうか……?
「君は……」
「あの、どうかされましたか……?」
考え事をしていると、フォルスト学長がこちらを見ていた。
先ほどまでの老獪さが薄れ、どこか呆然としているような……そんな感覚だった。
「い、いやすまんのぅ。昔会った知り合いに似た魔力をしていると思って戸惑っただけじゃ。見間違いじゃろう。気にしないでくだされ」
「は、はい……」
「それでは早速宿にご案内を……と言いたいところじゃったが、勇者殿。お疲れのところ申し訳ないのですが、一つ頼みを聞いて頂いてもよろしいですかな?」
「?……はい。構いません」
「それは良かった……では、入りなさい」
「はい」
凛とした声と共に、フォルストさんの背後の大扉が開いた。そこから現れたのは一人の少女だった。年は僕らとそう変わらないくらいだろうか。
動くたびに肩まで伸ばした紫の髪が豊かな胸元にハラリとかかった。顔はやや青白く、少し不健康な印象を与えていた。目を合わせると瞳がキラリと光り、何となく目を背けてしまう。顔以外に目を向けるとピンと伸ばした背筋と、その身に纏う純白の制服は胸元まできっちりとボタンが止められていて、見るものにその持ち主の真面目さを窺わせた。
「勇者様。お初にお目にかかります。今回勇者様の魔法使いとして選出された一等魔法使いのリリィ・ソーサラーと申します。早速ですが……一手お手合わせ頂いてもよろしいでしょうか?」
真面目な表情で、彼女はそう言った。
「無理を言って申し訳ございません」
「いえ、大丈夫ですよ」
ルナは案内された決闘場に立つ。手には聖剣の代わりに鉄製の剣が握られていた。何度か軽く振り、その感覚を手に馴染ませていた。
反対側に立つリリィは杖を持ち、静かに佇んでいた。蒼い宝玉が先端に埋め込まれた見るからに質の高い杖だ。ルナと違い、使い込んでいるのだろう。杖がまるで身体の一部のように自然と馴染んで見えた。
やがてルナの準備が終わったようで、審判と何かやり取りしていた。
……どうしてこうなった。
事の発端はリリィの言葉だった。
受け取り方によってはあまりに失礼な言い方に思わず開きかけた口をスネイルさんに遮られる。
曰く、これは代々の伝統ということだった。
初代勇者エニルが魔王に対抗するための仲間を求めにこの国を訪れた際、アリスは魔法を碌に使えないエニルを見下し門前払いしようとした。アリスを始め、魔法使いは己の力に誇りを抱いており、魔法を使えない人間を差別していたのだ。食い下がるエニルに呆れたアリスは彼の実力を試すため、勝負を挑んだ。そしてその勝負に敗北したアリスはエニルの実力を認めたのだという。
ただ、魔法使いの
(ルナ……)
心の中で呟く。
彼女の強さは誰よりも自分自身が一番理解している。聖剣の力がなくとも、彼女は強い。だが、それは向こうも同じはずだ。
ちらりと向こうの陣営を見る。いつの間にか決闘場の席は観客で溢れかえっていた。性別も年齢層はバラバラ。スネイルさんくらいの年代の人もいれば、僕らよりもはるかに幼い子供たちもいる。全員に共通しているのは、緑や赤、青など色こそ違えどリリィさんと同じ制服を着ているということだろう。もしかしたら、彼らは同じ学園の生徒で服の色がその魔法使いの階級を表しているのかもしれない。
大勢の生徒達に注目されていても、リリィさんの表情は変わらなかった。それは、自身の実力に絶対の自信と誇りを持っているからだろう。
一等魔法使い。
魔法使いはその実力や研究実績によって五等から一等に分類され、その数は一等に上がるにつれて少なくなっていくのだという。
生涯をかけて一等を目指しても、手が届かない魔法使いが大半。彼女よりも上の学年の生徒がいるにも関わらず一等になり、かつ勇者の仲間候補として選出されているのだ。その実力は疑いようがなかった。
対してルナは身体を休めたとはいえ、魔物を倒したり、修行しながら旅を進めてきた彼女の魔力は完全には回復しきってはいない。疲労だって抜けきっておらず、本調子とはいえないはずだ。
それに……
「ところで、確認なのですが私が勝てば取り消していただけますか?」
「何をですか?」
「私の仲間への侮辱を、です」
紡ぐ言葉は丁寧だが、その裏には隠しきれない怒りが滲んでいた。
この勝負を開始する前、彼女はルナに近づき小声で言ったのだ。
私が仲間に加われば、必ずやお役に立つことができるでしょう。そこの魔法も使えない無能そうなお仲間方よりずっとね、と。
「ウィルは私のかけがえの無い友人です。今まで何度も助けられたし、何度も勇気づけてくれた。ウィルがいたから、私は旅を続けられました。スネイルは……いつも揶揄ってくるし、小馬鹿にしてくるし、そのくせ一々言ってることはマトモだから反論できないし、ムカつくことも多いです。けれど……」
ルナはそこで一度言葉を切った。
その先の言葉を出すのにどこか迷うように、勇気が必要なように。だけどルナはスネイルさんの方を一度見て、それからリリィさんの目を真っ直ぐ見据えた。
「スネイルは素晴らしい神官です。どんなに辛い事態や境遇であっても、負けずに自分自身と向き合い努力を積み重ねています。大切な人を喪ってなお、誰かのために頑張ることができる人です。私もウィルも、彼にたくさん助けられてきました。かけがえなのない仲間です。だから、何も知らない赤の他人のくせに私の大切な仲間達を侮辱するな……!」
「あいつ……」
スネイルさんが息を漏らす。
その言葉の端が少しだけ声を詰まらせたように聞こえたのは気のせいだろうか。
「分かりました。あなたが私に勝つことができれば、非礼を詫びましょう」
「安心しました。魔法使いの方というのは、難しい呪文は覚えられても、自分の恥は覚えられないのではないかと心配していたので」
「……なんですって?」
二人の間に無言の火花が散っているようだった。しかし、すぐに観客に見られていることを思い出したのだろう。
やがてどちらともなしに二人してにこやかに微笑みあっていた。
ふふふっ、と。まるで仲の良い友人達のように。
そこだけ切り取れば和やかな光景のはずなのに、周囲の温度は氷のように冷たくなっていき、彼女達の笑い声以外の音がいつの間にか消えていた。ゴクリ、と喉が鳴る。ある意味、魔王やイルゾースト、ソールの戦いより怖い。
そして、試合開始の合図が鳴った。
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