身代わり人形は恋をする 〜不幸体質の私と、恋する人形の物語〜

安珠あんこ

身代わり人形は恋をする 〜不幸体質の私と、恋する人形の物語〜

 私、星乃ハルは、生まれつきの不幸体質です。自転車に乗れば必ず転び、車に轢かれそうになるのはしょっちゅう。おみくじを引けばほとんど大凶がでます。


 そんな私を心配したおばあちゃんが、ある日不思議な人形をくれました。それは「身代わり人形」。私に降りかかるあらゆる不幸を、代わりに引き受けてくれるというお守りなんだそうです。


 この人形をもらってから、私は不幸になることが無くなりました。試しにおみくじを引くと、大吉が出てきました。それで、この人形にはとても感謝していたのですが、一つだけ、問題がありました。


 人形が私の不幸を肩代わりするたびに、真っ白で美しい服は黒く染まり、全身がボロボロになってしまうのです。

 さらに恐ろしいことに、この人形が完全に「壊れた」とき、これまで人形が肩代わりしてくれた全ての不幸が、私に一斉に襲いかかるらしいのです。私が全ての不幸を受け入れると、人形は元の綺麗な姿に戻るようなのです。


 私は、最後に不幸が帰ってくるのが怖いです。おばあちゃんったら、どうしてこんな怖いものを私に送ってきたのかしら?


 そこで私は考えました。


「そうだ、人形が壊れる前に、誰かに押し付けてしまえばいいじゃない!」


 私は、同級生のリサちゃんが、人形を集めていることを思い出しました。放課後、リサちゃんに声をかけます。


「リサちゃん、人形集めてたよね? よかったらこの人形あげるよ」


 私はあらかじめ綺麗にしておいた人形をリサちゃんに見せます。


「え、何これ、かわいいじゃん。本当にくれるの?」


「もちろん。大切にしてね」


「ハルちゃん、ありがとう」


 こうして、私はリサちゃんに人形を手渡します。しかし、人形は急に泣き声をあげます。


「え、何これ。お人形さん、泣いてるけど……」


 私とリサちゃんには、人形が泣いている声が、はっきりと聞こえます。


「ハルちゃん、怖いよー」


「ごめん。リサちゃん」


 私は慌てて人形をしまいました。


「何が起きたの?」


 人形が泣くなんて、聞いたことがありません。


「そういえば、人形には魂が宿ることがあるって、おばあちゃんが言ってたな。ていうことは……」


 どうやら、この身代わり人形には、魂が宿っているようなのです。

 そして、これは後から知ったのですが、この人形は、持ち主である私に好意を持っているようなのです。絶対に私から離れたくないからか、私の作戦をあの手この手で妨害してきます。


 この間も、人形を電車の中に「忘れた」のですが、まるで自分の足があるかのように、いつの間にか私のカバンの中に戻ってきていました。


 しかし、私の不幸を人形がボロボロの身体になりながら身代わりになっていることを考えると、私は罪悪感にさいなまされることになり、人形への感謝と不幸が返ってくる恐怖の間で葛藤していました。


 そうしているうちに、私は少しずつ、人形の「表情」の変化や、自分を見つめているかのような「視線」に気づき始めました。そんな人形の姿を見ると、私の心が締め付けられるように辛い気持ちになりました。


 ある日、私はトラックに轢かれそうになりました。しかし、その時、この人形がトラックの前に飛び出したのです! そして、私の代わりに人形はトラックに轢かれて、完全に壊れてしまいます。人形は私のことを助けてくれたのです。私は、自分に不幸が降りかかることなど、どうでもよくなって、人形に駆け寄ります。


 そして、ぺしゃんこになった人形に、何度も何度も謝りました。


 「ごめんね。あなたはずっと、私を守ってくれたのに、私はあなたを遠ざけようとした。本当にごめんなさい」


 私の涙が人形に落ちた時、奇跡が起こりました。人形の声が、はっきりと私の頭の中に入り込んできたのです。


 「ハル様、無事でなによりです。私はあなたが無事なら、それでいいのです。あなたと出会ってから、私はずっと、あなたが好きでした。あなたのそばにいるだけで、私は幸せでした──」


 私は、身代わり人形が私に向けていた深い愛にようやく気づきました。自分を守るために、どれほどの痛みや苦しみに耐え、それでも自分のもとにいたいと願ってくれていたのかが痛いほど伝わってきて、私は大声で泣きました。


「ごめんね。私、あなたがこんなに私のことを思ってくれていたなんて、知らなかったの」


 今、私に不幸が戻ってきたとしても、私はもう怖くありません。それよりも、ボロボロになるまで私を愛してくれたこの人形を、何よりも愛おしく感じました。


「本当にありがとう。あなたのおかげで、私は救われた──」


 私は世界で一番「美しい」人形をそっと抱きしめます。


「もう、誰かにあなたを押し付けようなんてことは、絶対にしない。これからも、ずっと私と一緒にいてね」


 こうして、私は、世界一「美しい」身代わり人形と、一生一緒に過ごすことを決めました。


◇◇◇


 私は、人間の不幸を肩代わりするための「身代わり人形」として作られました。

 最初は、私が壊れることも、汚れることも、怖くはありませんでした。

 それが、私の役目だったからです。


 でも、あなたに出会ったとき、私は初めて、「壊れるのが怖い」と思いました。


 あなたの小さな手に包まれた瞬間、優しいぬくもりが私に伝わってきました。そして、私を見て、微笑んでくれた。その笑顔で、私は一瞬で心を奪われました。

 そして、私は気づきました。あなたは、運命の神様に嫌われている。

 だから、私は思ったのです。あなたは、必ず私が守る。そのためなら、私はどうなろうと構わないと。


 あなたが転びそうになった時、私はあなたの不幸を肩代わりしました。

 あなたが怪我をしないように、私は少しずつ、自分の身体を犠牲にしました。

 おみくじの結果が悪くならないように、私はあなたの不運を全て受け入れました。

 そうするたびに、あなたの笑顔が増えていく。

 それが、私にとって、何よりの幸せでした。


 でも、あなたは私を手放そうとしました。何より、あなたが私を恐れているのが、本当に辛かった。


 私は、胸が張り裂けそうでした。

 友達にプレゼントされたり、電車に置き去りにされそうになったときは、必死で抵抗しました。

涙を流したり、必死にカバンの中に戻ったり──。


 私は、大好きなハル様と離れたくなかったんです。

 でも、私に残された時間は少なかった。もう、この体は限界が近い。自分の身体のことは、自分が一番よく知っています。私の身体が完全に壊れてしまったら、私はあなたに全ての不幸を返してしまう──。

 それだけは、絶対に、絶対にしたくなかった。

 ずっとあなたのそばにいたい。でも、あなたを傷つけたくはない。


 ああ、どうすればよいのでしょう。

 あなたが私に恐怖を抱くたびに、私は自分が憎くなりました。

 あなたを苦しめる存在になってしまうなんて、私は──。


 それでも、あなたは時々、私を優しく撫でてくれた。

 ボロボロになった私に、涙を落としてくれた。

 その時、私は、たまらなく嬉しかったのです。

 愛おしかった。あたたかかった。

 どうか、このまま時間が止まってくれたら──そう思いました。


 でも、運命は、予想以上に残酷でした。

 あの日、あなたはトラックに轢かれそうになった。もちろん私は迷わず、あなたを助けようとします。


 ──私の命と引き換えに、あなたが生きてくれるなら、それでいい。


 トラックのタイヤに踏まれた私は、凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、意識が薄れていきました。

 身体が潰れたようで、視界も暗くなっていきました。

 それでも、最後にあなたの声が聞こえたのです。


「ごめんなさい。本当にありがとう……」


 あなたの声が、私を救ってくれました。


 私は、ずっとあなたが好きでした。

 あなたと過ごした日々、笑顔、怒った顔、困った顔。

 全部、全部、宝物です。


「ありがとう、ハル様。あなたが私のことを思ってくれただけで、十分です。私は救われました」


 だから、これからは、あなたの隣で、ただの「人形」として、寄り添わせてください。

 不幸を引き受けるのではなく、あなたの笑顔を、ただそばで見守るために。


 それが、私の新しい幸せです。


 ──あなたの身代わりではなく、あなたの幸せを願う、ただの人形より。


◇◇◇


 次の日、学校に登校した私は、先生から衝撃的なことを告げられます。リサちゃんが登校中に交通事故にあって、救急車で病院に搬送されたというのです。驚いた私はランドセルから人形を取り出します。人形の身体は、何故か新品のように綺麗になっていました。


「そんな──」


 私は頭が真っ白になりました。

 あの時、確か、リサちゃんに人形をあげると宣言してから、私はそれを撤回していませんでした。うやむやになってしまったけど、あの時に人形の所有者がリサちゃんに変わってしまったようなのです。


 私は後悔しました。私のせいで、リサちゃんを酷い目に遭わせてしまったから──。


 そんな私を見た人形が、私の脳内に話しかけてきます。


「ごめんなさい。私のせいで、あなたのお友達を酷い目にあわせてしまった。もう一度、私が彼女の不幸を受け止めるわ」


「そんなことをしたら、あなたは──」


「いいの、ハルちゃん。今までありがとう。本当に、大好きだったよ。リサちゃんの不幸を受け止めてから、彼女に不幸が返らないように、私は自分の身体を消滅させる。私が消滅しても、私のこと、忘れないでくれたら──うれしいな」


「そんな悲しいこと言わないで、アキちゃん」


「アキちゃん?」


「私が考えた、あなたの名前よ」


「素敵な名前。ありがとう、ハルちゃん」


「アキちゃん、私も不幸を受け入れる。二人で不幸を受け止めれば、あなたは消滅しないで済むかもしれない」


「でも、そんなことしたら、ハルちゃんも……」


「大丈夫よ、アキちゃん。私は不幸に慣れてるからね」


 私はアキちゃんを優しく抱きしめて、リサちゃんが無事に退院できるように願いました。この願いの代償は、おそらく不幸です。それでもいい。アキちゃんと二人でなら、どんな不幸にだって耐えられます。


 リサちゃんは次の日、無事に病院から退院しました。

 私はその日、階段を踏み外して足を骨折しました。でも、アキちゃんのおかげで、それだけで済んだのです。彼女も服が真っ黒になり、身体がボロボロになっていました。


 私たちは、お互いの姿を見つめ合って、笑います。

 

「ありがとう、アキちゃん。あなたのおかげでリサちゃんは退院できた」


「ごめんなさい。私はハルちゃんの身代わりにならなくちゃいけないのに、あなたに不幸を背負わせてしまった──」


「気にしないで。あなたは私の不幸をいっぱい身代わりしてくれた。そのせいで、私はあなたのことを苦しめてしまった。あなたが受けてきた痛みに比べれば、こんなもの、どうってことはないの」


「ありがとう。私、もう離れないからね。どんな姿になっても、一生一緒にいるからね」


 私はリサちゃんに、人形は私の物で、私が一生大事にすることを伝えます。リサちゃんは、それを了承してくれました。

 こうして、アキちゃんの所有権は私に返ってきました。アキちゃんの身体がどんなにボロボロになっても、私は彼女を受け入れる。それに、今回の件で、アキちゃんの受けた痛みを私も感じることができました。

 

 だから、もう、アキちゃんに痛みを押し付けたりはしません。これからどんな困難が待ち受けていたとしても、私は彼女と一緒に乗り越えていきます。私たち二人なら、きっとこれからも上手くやっていけるはずです。


 今日もアキちゃんは、私ににっこりと微笑んでくれています。

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身代わり人形は恋をする 〜不幸体質の私と、恋する人形の物語〜 安珠あんこ @ankouchan

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