あなたの心にふれたから

森林幹

プロローグ

私は生まれた時から一人だ。この神社ばしょから離れることもできなければ、この神社に来た人に認知されることさえ許されない。


『天涯孤独』


そう思っていた。佳奈がこの場所に来るまでは——


蝉が鳴くようになった時期から私がいる神社に佳奈が来るようになった。佳奈はいつも本殿にある濡れ縁に腰を下ろすとランドセルからキャンパスを取り出して絵を描いていた。神社に咲いているお花の模写だったり、お人形の絵だったり佳奈の絵は日を追うごとに上達していった。私は絵を描くときの佳奈の笑顔が好きだった。いつからか、私は佳奈を見るのが楽しくなっていた。


半年後——

今日も佳奈が来るのを楽しみに待っていると、全身がびっしょり濡れていて頬が腫れている佳奈が神社に来た。ランドセルは背負ってなくて身一つだった。いつものように本殿の濡れ縁に佳奈は腰を下ろすと叫ぶように泣き始めた。私は気になって本殿の屋根から飛び降りて佳奈の前まで近づいてみた。

「あんた、誰?」

佳奈は声をしびらせながら言葉を放った。

「へっ?」

私はびっくりして間抜けな声を出した。

私に言ったの? 私に声をかけたの!?

「私が見えるの?」

「あはは何それ、幽霊みたい」

佳奈が笑った。泣きじゃくっていた佳奈が、今まででに見たこともない笑顔を私に見せた。嬉しかった。佳奈が私を見てくれたら。


それから私は毎日佳奈とお話をした。佳奈の学校での出来事や担任の先生のおかしな話、佳奈の友達との話や佳奈の好きな人の話まで。とにかくたくさんおしゃべりをして笑い合った。楽しかった。今まで何のために生きているかわからなかった。幸せなんてなかった。あったのは孤独だけ。そんな私の心を佳奈は埋めてくれた。


春のある日——

今日の佳奈はどこか悲しそうだった。懐かしむように神社を見ていた。私はそんな佳奈に元気になってもらいたくて

「わっ!」

とカナの背後に立って驚かした。

「わあああああ!」

佳奈はびっくりして尻餅をいた。

「もう、驚かせないでよ」

「ごめん、ごめん」

佳奈はいいよっと言うと服についた土を払いながら立つといつも通りの笑顔を見せた。やった! 作戦成功。そこからはいつもと一緒。本殿の濡れ縁に座って楽しく話た。カラスが泣き出す時間になると佳奈は家に帰る。けど、今日の佳奈は帰ろうとしなかった。

「佳奈っカラスが鳴ったよ、もう帰らないと、ねっ?」

佳奈は足元に生えてるオオイヌフグリを見たまま顔を上げなかった。

「ねえ、何かあったの?」

私は佳奈に尋ねた。

「私ね引っ越すことになったの、だからあなたと会えるのも今日が最後なの」

私の心がギュッと何かに掴まれた。そんな気がした。

いつか佳奈と別れる時が来るだろうと、佳奈と別れる覚悟はできていた。佳奈は人間だけど私は人間じゃない。私の時間は止まっている。私と佳奈の成長を比べれば一目瞭然だ。私の体は佳奈と出会った時から成長していない。別れが来るのは必然的なのだ。

だから、

「そっか、教えてくれてありがと」

私は受け止めることにした。

「佳奈はこれからどこに行くの?」

「意外ね、あなたのことだから『行かないで! 私の前からいなくならないで!』くらい言うと思ってたのに、何だか拍子抜けだわ」

「言わないよ!」

私は佳奈にお子ちゃまだと思われてたらしい。ショックだ。

「言っときますけどね、私の方があなたより年上なんですからね」

「あら、とてもそうとは思えないけど、こんなにおチビちゃんじゃねぇ」

佳奈は私がムキーっとなったのを見て笑った。解せぬ。それにしてもあんなに小さかった佳奈がこんなに立派になったんだ。人の成長は早いな。

「また、会いに来てくれるんでしょ」

「ええ、一年後には一度ここに戻ってくると約束するわ」

「うん、わかった」

佳奈は私の返事を聞くとニコリと笑って立ち上がった。鳥居のそばまで私はついていく。無言の時間が続いた。鳥居のそばで佳奈がこちらを振り返ると自分のつけていた髪紐を解いて私にくれた。

「あなたいつも髪を下ろしているでしょ、たまには結ばないとね」

「私、結び方なんて知らないよ」

「それじゃ、これは私からの宿題。次会うまでに髪を結べるようになっておくこと。わかった?」

「けちー、結び方教えてよ」

「そんなこと言ってると髪紐あげないわよ」

「はい、はい、わかりました」

「これで本当のお別れね、じゃあね」

そう言って帰って行く佳奈はどこか寂しげでたくましかった。

「佳奈、私を救ってくれてありがとう」

私は初めてしょっぱいという味覚を感じた。

佳奈がいつもくれるものといえば甘ったるいチョコレートだったな……


一年後——

三月二十九日午後三時四十七分、私は佳奈の姿をして病室で目を覚ました。





 


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