優雅に紅茶を淹れたかった。ティーバッグが破けた。
二八 鯉市(にはち りいち)
それは突然の出来事だった。
その日私は、いつも通り執筆作業をしていた。
紅茶を淹れようとした。
気持ちとしてはもう、ベイカーストリートである。事件の解決に向けて頭を働かせていたホームズの小休憩ぐらいの気持ちで、紅茶を淹れようとしていた。
ティーバッグにくっついているあの、紙の奴をべりっと剥がそうとした。
だが、考え事をしていたからか。
雑だったからか。
ベリッ。
紙を剥がそうとして、ティーバッグが破れた。
「まずい」
いかんせんティーバッグというシステムに心臓を捧げた身である。
茶こしは持っていない。
だが茶葉は飛び出してしまった。
実は前にも1回やらかしている。
ここで一つお集まりの皆さんにご想像頂きたい。
「あなたはティーバッグで紅茶を淹れようとしています。ティーバッグが破れました。茶こしはありません。どうしますか」
別に何かインテリジェンスな会社の入社試験ではない。常識の範疇にはない、めちゃくちゃ頭のいい回答が面接官を唸らせるとかではない。
ただ、私の身に起こったことである。
人生に正解はない。
暮らしに正解はない。
思いの外繊細でありながら色々と雑な私は、
「めっちゃ頑張って茶葉を入れないようにして紅茶の上澄みだけ別のマグカップに移し替える」
という手法でこれを解決した。
――それが前回の対処法だった。
今回もやらなあかんのか、あれを。
もう、私ったら雑なんだから。今度からは丁寧に紙を剥がさなきゃ。
そう思いながらも、ひとまずティーバッグに目を向けた。
おや?
と、思う。
前回は結構、ぶちぃっ どんばっしゃーん! だばばばばー! という感じでこぼしてしまったのだが。
今回は、擬音で表すと「ぶちっ」で終わっているのだ。
あれ、もしやこれ。
いけるか?
私は基本的に、
「あなたの繊細さを1から100で表すとどれぐらいですか?」
という質問に対して、
「5000です」
と答えるぐらいには繊細だ。
だが何故かこういう時だけ、
「オイオイもうやっちまえよ! やっちまわなきゃ分かんねぇよ実際! いってみようぜヒァウィーゴッ!」
という、雑さと大胆さがでる。
だから、そっと。
できるだけそっと。
湯を注いだ。
頼む。
茶葉がジャンピングするというのなら。
できるだけ控えめにジャンピングしてくれ。
そして1分が経った。そこには。
なんか普通通りに淹れられた紅茶があった!
あぁやったぞホームズ! 私は胸中でホームズとハイタッチをしようとした。
だが、ホームズは首を振る。
「油断をするんじゃない」
ああ、そうだ。そうだったな。
こういう時、「やったか!」と言ってはいけないんだったな。
例えばとんでもなく大きな怪獣が現れ街を破壊、それに対して巨大ロボットがビームを撃つ。その時、1番言ってはいけない台詞は何か?
「やったか!?」
だろう。
ここで、ここまでうまくいって、茶葉がだばーはイヤなのである。
私は。
ぷるぷるしながら、ティーバッグを引き上げようとした。
心境としては、ゾンビの沸く館から逃げ延び、「あとは車に乗り込んで逃げるだけ」の時のような心境であった。
そっと、そーっと。
ここで茶葉をだばーしたらちょっともう、地味に落ち込む。
そして。
お集まりの皆さん、ティーバッグは無事、引き上げられたのである。
アメリカの映画で言うなら、オペレーションルームに居る職員全員が書類を天井に向かってぶち上げるシーンであるし、幹部のおじさま同士が硬い握手をする場面であった。
さて、そこからは慣れたものである。お茶の子さいさいの詳しい意味はよく知らないが、お茶の子さいさいであった。
ちょい破れたティーバッグはとりあえずその辺の小皿に。
そして氷で冷やしたタンブラーにアツアツの紅茶をぶちこみ、優雅なアイスティータイムとしたのである。
こうして事件はまた一つ、解決した。
今後の教訓として。
『ティーバッグの紙はできるだけそーっと外すぞ』
という何の面白みも無い事柄を、しかし大事にしていきたい。
だが存外、生きていくうえで大切なのは、こういった基礎スキルなのかもしれない。
***
なお、簡易な後日談として、私は近頃ティーバッグを破いてはいない。
アイスコーヒー(ペットボトル900ml)の時期が来たからである。
<終>
優雅に紅茶を淹れたかった。ティーバッグが破けた。 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo
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