伝達

ヤマ

伝達

 胃腸機能調律の予備段階として、彼女はまず、内的覚醒を誘引する。


 左右の把持はじ器官を慎重に用い、白色陶磁の器体を水平に維持。

 表層に光沢を持つ炭水化物固形構造物と、黄橙おうとう色蛋白質性円盤体、そして、少量の緑色葉状植物断片が配置されていることを確認する。


 まず、視覚受容器を最大稼働させ、全景の審美的価値を認識。

 嗅覚器官を用いて芳香族化合物の微粒子を検出。


 次に、上顎じょうがくおよび下顎かがく間に設置された咀嚼そしゃく機構を可動状態に遷移させるべく、対象物の分割作業に着手。

 銀色光沢を帯びた切削道具を活用し、蛋白質体を適切な寸法に裁断。


 切断された断片を可搬具で捕捉し、開口部より体内へと導入。

 舌表面にて味蕾群による官能評価を実施し、塩味・旨味・僅かな苦味を解析。

 咀嚼反応の後、嚥下反射を発動。

 対象物は食道を経由し、最終的に胃部へと到達。


 満足度指数、著しく上昇。


 彼女は一呼吸置き、そして、静かに呟いた――





 *





「……これ、何?」


 彼が、困惑しながら呟く。


「読み終えましたか?」


 私が尋ねると、彼は「うん……」と腑に落ちない様子で頷く。


「では、登場人物の『彼女』が、最後に何と言ったか、わかりますか?」

「いや……」

「じゃあ、次。こっちを読んでください」


 私が、別のレポートを提示すると、彼は渋々といった様子で、読み始めた。





 *





 食事を始める前に、彼女はまず、心を落ち着けて、気持ちを整えた。


 両手でそっと、白いお皿を持つ。

 そこには、つやつやしたご飯と目玉焼き、そして、少しのサラダが乗っていた。


 まず、目でじっくり料理を見て、匂いを嗅ぐと、食欲が湧くのを感じる。


 次に、ナイフとフォークを使って、卵を食べやすい大きさに切り始めた。


 切った一口をフォークですくい、口に運ぶ。

 舌で味わってから、しっかり噛んで飲み込んだ。


 料理はとても美味しくて、気分がぐっと良くなった。


 彼女は一息いて、そして、静かに言った――





 *





「……読み終えたよ」

「はい、では、改めて……」


 私は、人差し指をぴんと立てて、彼に尋ねる。


「登場人物の『彼女』が、最後に何と言ったか、わかりますか?」

「ええと……」


 彼は、少し悩んでから、答えた。


「『ごちそうさま』……、とか?」

「正解です」


 私は、音は鳴らさず、拍手のアクションをする。


「さて」


 二つのレポートを指し示す。


「内容的には、です」


 レポートを見比べながら、彼が「あぁ、確かに」と呟く。


「しかし、が違う。最初の方は、あえてわかりにくい表現を使っています」

「うん、目が滑るというか、正直あんまり読んでない」

「時間掛かってるんだから、ちゃんと読んでください」

「ごめんね……」


 彼が、申し訳無さそうに言う。


「まぁ、それっぽく書いてみましたが、専門外ですし、はっきり言って適当です。意味が通じているのかどうか、自分で書いたものの、よくわかりませんし」

「あ、そう……。……で、これがどうかしたの?」

「『彼女』が何と言ったか、という質問に対して、最初の、わかりにくい表現の方では、推測することができなかった」

「うん」

「しかし、後のレポートによって、内容がわかれば、色々と答えの候補は挙がるはずです。『美味しい』とか、『お腹いっぱい』とか」

「そうだね」

「つまり」


 私は、再度、人差し指をぴんと立てる。


、ということです」

「なるほど……?」

「訳のわからない略語やカタカナ語、専門用語を使うのは結構ですが、必ずしもそれが相手に伝わるとは限らないということを念頭に置くべきです。ドヤ顔で話してても伝わっていなければ、滑稽なだけですし、聞く側としては、はっきり言って迷惑です」

「……何か、嫌なことでもあったの?」

「では、次に移ります」


 私は、彼の言葉を無視して、上に向けた手の平で、彼を指す。









 彼の目が――僅かに光ったように見えた。









「今度は、あなたが、それをする番です」

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伝達 ヤマ @ymhr0926

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