ラジオ少年
秋のやすこ
ラジオ少年
夏休みに、近所の公園で早朝に開催されているラジオ体操に行くことが私の楽しみだった。「遅れるよ」という母の声で目を覚ましたら、寝癖も直さず、スカスカの半ズボンとヨレヨレのTシャツのまま家を飛び出した。
参加するたびにスタンプを紙に押され、スタンプが最後の日まで溜まるとお菓子をもらえる。私がラジオ体操に参加するきっかけはそれだ。そうでもないと暑い朝にわざわざ公園なんかには出かけない。最初は乗り気でいなかったが、やってみると案外楽しいもので、前に立っている年齢もわからないが恐らく初老は迎えているであろう五人のお爺さんの動きに合わせる。それだけのことなのだが、動きが軽快だったり、少し変に思えるような動作があったりと自分でやっていて愉快になっていた。
ザラザラな音質のラジオ、意味もわからず体を動かす幼児、ひたすらに打ち込む男性。ラジオ体操というイベントは、私が思う夏休みのイベントでは、一番楽しかった。夏祭りにもプールにも行ったが、ラジオ体操ほど愉快な気持ちにはなれなかった。
公園の環境が良かったことも影響していると思う。周りは大きな木に囲まれていて、気温が高くても風が吹いていれば緑の葉は静かに揺れて、心地よい夏になる。
そんな夏休みが好きだった。
遅れた日は公園の端で体操する。それでもスタンプをもらえた、そんなラジオ体操が好きだった。いつでもあの場に行けば、ラジオ体操が私を迎えてくれる。普段の私じゃない、ラジオ体操をする私でいれる、新たな自分が好きだ。
そんな私はまさに『ラジオ少年』だった。
ラジオ少年の夏休みは駆け抜けるように終わった。宿題は満足に終わるくらいの速さで。ラジオ体操は学校が始まってもしばらくの間は行われていたので、変わらず向かっていた。
雨の日に、傘を差して公園に向かっても、誰もいない中でいつもラジオが置かれている台が濡れているのを見て、なんだか途方もない寂しさを感じた。現在、ラジオ少年こと私は成人してしばらく経つが、今思えばラジオ体操が私の初めての趣味だったと思う。典型的な小学生の好きなこととは違うことは当時の私も思っていたはずだ。正統というには少々外れていた道だが、異端というにはあまりにも人の手が介入されている道だった。
秋になるとラジオ体操も少なくなり、冬になればもう開催されなくなった。冬の朝は寒いからだろう、健康になるためにする体操で風邪を引いてしまっては元も子もない。
しかしラジオ少年の趣味は冬に奪われてしまったわけだ。泣きはしなかったが、なんとなく悲しい気持ちが込み上げてきて、喉が痛かった。泣きはせずとも悲しい気持ちが消えることはなく、食欲も少しだけ失せた。両親は原因がラジオ体操だなんて気づきもしなかった。そのはずだ、ラジオ体操がなくなって、落ち込む子どもなど私だけだ。風邪だと思われた私は外出することをしばらく制限されてしまった、学校もしばらく休んだ。ただただ退屈な日々がすぎるだけだったが、ある休日、珍しく父が朝にテレビを見ていた。ニュース番組だった。朝は忙しくて父はテレビを見る余裕はあまりないことが多いのに。休日に出勤する日なんて特に。
「最近は物騒だなぁ」
強盗事件のニュースを見ていたようだ。全く別の遠い地域の話だ。小学生の私は気にも留めていなかった、そんなことよりも眠いの感情の方が強かった。
父はテレビを消さずに家から出た。母は家事をしているからテレビを見ていない。私は布団から頭だけ出して別室から扉を開けて見ていた。私の中に強く残っている記憶は、ニュース番組ではない。その後に始まった五分のラジオ体操の番組だ。それを見た私の心は、まるで妹か弟が産まれたような高揚感を覚えた。この日までの私の沈んでいた気持ちはこの瞬間だけ夏休みの時のような気分に戻った。久しぶりに聞いた感覚だった、が、違う。声も違えば音質も違う、あのお爺さんたちじゃない。椅子に座った女性と、立っている女性だけ。ラジオ少年が好きなラジオ体操だけではなかった。こんなものはラジオ体操じゃない、テレビ体操じゃないか。上がった感情が急激に落とされたことにより、目の前が真っ暗になった気がした。
もう完全に冬に入ったようだった。前日から雪がたくさん降っている。テレビでラジオ体操の曲が流れているのを耳に入れながら、窓を見た。雪だ。
雨の日と同じ気持ちだった。少し前の歳までは、雪が降れば大騒ぎで外に出ていたはず。そんな気分にどうしてもなれなかった。
「雪降ってるよ」
「うん」
「外出ないの」
「いい」
不貞腐れた私は、自室に戻ってふて寝をした。向こうで「ちょっと大人になったかな」と呟いている母の声が聞こえた。そんなことなど微塵もなかった、少し大人になったように見えた息子は雪を見て、ラジオ体操ができなかった日を思い出して、イライラして、不貞腐れていただけだ。
なんだか申し訳なかった、両親はずっと私の実情を知らずに、私が風邪をひいているとも勘違いし、私が成長したと勘違いするのだ。現段階では両親との関係は良好だ。幼いラジオ少年の杞憂のような感情である。
とある寒い日に、いいことをラジオ少年は考えた。それは早朝、自分だけでラジオ体操を行うことだった。今思えばいい考えでもなんでもない。しかし子どものやりたいという感情は奥深く、ただ早朝に公園に向かって体操をするだけでなく、ラジオも一緒に買おうと思った。
しかし私が求めていたラジオは、開催されていた時のラジオのような、大きくて、ガサガサの音質で、小汚いものだ。白くて、小さくて、クリアな音質だ。それは、私が見たテレビのラジオ体操、テレビ体操となんら変わりない。
頭によぎったのは、中古品を売っている店だった。そこであれば、ラジオ少年が求めているラジオがあるはずだった。中古品であれば、小学生の小遣いでもギリギリ買える金額のはずだ。手入れもしていない錆びついた自転車に乗り、ギコギコと隣町まで漕いだ。北風が私を押してくれていた、冬に吹いた寒い風はその瞬間だけ暖かった。まだまだ春の匂いは感じない。
少し古びれた中古店は、人が少ない。自動ドアが閉まる時にはぎぃぃと嫌な音がなった。私が買ったラジオは高いところにあって、若い店員さんに怪訝な顔をされながら取ってもらった千円もしないものだ。私が少し踏ん張って持つくらいの重さで、かごに入れて持って帰るには苦労した。
電池を入れて、動作を確認、音質はガサガサで悪い。悪すぎるくらいに。それでよかった。それがラジオ体操だ。局もつながる、案外感覚でわかるものだった、熱意がそうさせたのかもしれないが。
準備が終わったら明日の早朝、公園に行って始める。ラジオ体操を。
その日は凍えてしまうほどに寒かった。私が持っている上着では全く意味がない。それでも私は公園に行けば暖かくなる思った。だって、夏休みはあの公園に行けば心地よい暑さになったから。そうだから私はそうした。
風が吹いて、葉もない枝が少し揺れた。もう完全に枯れている。冬の風からラジオ少年を守ってくれるものはもうなにもないのだ。それでも、体操をすれば暖かくなる。心が暖かければ、きっと寒くないんだ。
『ラジオ体操第一』
音楽に合わせて手足を動かす。これがラジオ少年が求めていたラジオ体操だ、この公園でやることが楽しいのだ。今は誰もいないけど、そのうちきっと集まって、後ろでやり始めると思っていた。それを期待してずっと踊っていた私はとても愚かだ。
ラジオ少年は、ラジオ小僧になったのだ。
あの後、案の定風邪をひいたし両親にもひどく叱られた。思い返すと面白い越冬だったなと思う。たしかにあの場でしかなれない私がいたのは事実だ。
あの時買ったラジオは今でも棚にしまってある。夏になると、近所の公園からラジオ体操の曲が聞こえてくる。私はたまに、軽く体を動かしにいく。
ラジオ少年 秋のやすこ @yasuko88
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