王都密室連続殺人事件

さわみずのあん

降伏な王子様

 男は王都の道を歩く。

 目の前にツバメが低く低く飛んでいる。

 否。

 それは滑空であり滑落であり墜落であった。

 ツバメは羽を怪我している。

 男は拾い、手で優しく包み上げ。

 痛々しい。なんて可哀想に。と。

 胸ポケットにそっとしまった。

 男は王城への道を歩く。

 ぽつりぽつりと、数滴の雨滴が。。。

 石畳を灰色に染め始めた。




 男は王城の中。玉座の間。

 王子を前に、跪いている。

「さて、スワロー君」

 王子が男に声をかける。

 やっとこの事件が終わるという安堵。

 そして真相はどういったものかという期待。

「この王都で起こっている、連続殺人事件の犯人が分かった。というのかね?」

「はい。王子。犯人は分かっております」

「して。その下手人とやらは、誰だ? どこだ?」

「誰かは分かりません。どこかも分かりません」

「ん? 犯人が分かったというのではないのか?」

「犯人は。分かっているのです」

 王子は疑念を。男は絶望を。胸に秘めていた。

 城の。窓の外。

 雨足は強くなり。

 気温も下がる。

 窓は薄く白く曇っていた。


 雷光と。雷鳴。

 その音に押されるように、男は口を開いた、

「王子。ジョハリの窓、を。ご存知でしょうか?」

「知っておる。……否。この場合は、ジョハリの窓について、我とお前が知っていること。我が知り、お前は知らぬこと。我が知らずお前が知っておること。我も、お前も、両方とも知らないことがある。とでも言えば良いか?」

「さすがでございます。王子。概ね、その通りでございます」

「我に知らぬことなどない。ということはない。ということじゃ」

「ええ、ジョセフとハリという二人の学者が考え、自の既知と未知とで世界を分ける直線と、他の既知と道とで世界を分ける直線が、直交することで、世界を四分割する。この絵が、十字格子を嵌め込んだ窓のように見えることから。ジョハリの窓。と比喩的に呼ばれるわけでございます」

「ほう。やはり、我に知らぬことなどない。ということはない。ということじゃの。ジョハリ、という一人の学者がいて、考えだしたものと思っておったわ」

「ジョハリの窓は。二人。おらねば成立しない窓でございます」

「うむ。そうだな。うん? その、ジョハリの窓が、今回の事件に何の関係があるというのだ?」


 男は胸ポケットから、怪我をしたツバメを。

 そっと取り出し、窓の方へ歩いた。

 窓は結露し、真っ白になっている。

 男は窓台に、ツバメを置いた。

「犯人は、ツバメでございます」


 雨音が窓を貫き、うるさく。

 男の言った言葉を王子は飲み込めず。

 王子の様子を。さも当然のように。

 男は、窓に、ジョハリの窓を描いた。

 窓の露で、濡れた指先で、男は唇を湿らせ、喋り出す。

 唇から離した指で、今度は、眉をなぞりながら、

「眉唾。なんて。王子。貴方様は、そう言うでしょうが。もちろん。ツバメ。というのは、ジョハリの窓。と同じく、比喩的な意味で、ございます」

「どういう比喩で、どういう意味だ?」

「一つ目は飛ぶ」

「知っておる」

「ツバメのように、空高く飛べるものは。我々をなんて平面的な生き物だと、思うでしょう」

「うむ。この王都の旗の紋章は鷹だが。それは、先王達が。空高く、地平を見渡すように。という教えを。残すようにとの、ことだったらしいな」

「二つ目は、ツバメは渡り鳥です」

「うむ。冬になれば、世界を渡る。我も知らぬような、南の国飛ぶのであろう?」

「三つ目は、ツバメは、人に寄りて、巣をつくり。育つ。ということです」

「うむ。我も子供の時分に、王城の屋根の下に巣をつくる様を見たことがある」

「人がいることで、他の鳥が。天敵が来ず。安全に。子を成し、孵し、育てる。ことができるのでしょう」

「うむ。賢い鳥である」

「人の側。人の生業。人の物語を。多く見ることができるのでしょうね」

「うむ。うぬ。うん。……。嘘だ。そんな馬鹿げた話があるものか? ツバメか? そんなことが。ならば、ならば。我々は、我々が。籠の中の鳥だという事か?」

「おかしな話ですね。本当に。なぜ、王子は、これだけの説明で、犯人がツバメだと納得したのか」

「物語だ」

「それも酷く。無理矢理な」


 雷。

「雷」

「雷」 

 男も王子も、雷が鳴ると同時に、いや。

 雷が光ったと同時に。そう言った。


「犯人はあなた、だ」


 男と王子は、あなた。を見ている。

 つもりである。


「王子に代わり。この、スワロー。ドント・スワロー・ストーリーが、この非常に馬鹿げた物語に。ジョハリの窓の外側から、この世界を見ている、あなた。に。幕を引かせていただきます。

「ジョハリの窓は、あまりに簡略化された図示であると、私は考えます。私がいて、あなた。いえ、もちろん、ここでのあなたは、あなた、でない、あなた。この世界の誰かです。例えば、この、ここで、絶望しきっている王子のように。

「失礼。話を続けましょう。お話が続いている限り、私は生き続けることができるのですから。

「つまるところ、ジョハリの窓は、世界を、一人称と二人称で、分ける窓です。私と王子と。そして、世界には、私と王子が知らないことが存在する。

「その、未知の窓すら、覗くことのできる。人。とおっしゃって、お呼びして、構いせんかね。いや、神とさせていただきましょう。

「直交する、一人称の視点と、二人称の視点とが、織りなす平面上に。直交する。神の視点

「ツバメのように高く高く。

「ツバメのように四つの面を渡る。

「ツバメのように人の側で物作る。物語る。

「神よ。ああ、神よ。

「なぜ我々を殺すのです。

「なぜ我々を殺すのです?

「この部屋は密室で、

「この王城は密室で、

「この王都は密室だ。

「ジョハリの窓は、はめ殺しの窓だ。

「苦しい。なんて、息苦しい。

「窓を開けてください。

「窓を開けてください。

「もし、あなたが、窓を開けてくださるのなら、

「開けてくださるのなら。

「どうか、どうか、このツバメを。

「ジョハリの窓の向こう側へ、飛び立たせてください。


 男は、あなた。を見ている。

 つもりである。


 あなたは、どう、しますか?


 ツバメの怪我を治すことも。


 男を助けることも。


 王子も王都も、そこに住む全ての人を、


 あなたは、思いのままできるのです。






 俺は、開けねえけどな。

 てめえのジョハリの窓は閉じたままさ。








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王都密室連続殺人事件 さわみずのあん @sawamizunoann

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