第46話 Beer


 10月の夜。

 昼間の陽気が名残惜しそうに消えて、風は少し冷たい。

 

 街路樹の葉は黄色く色づき始め、どこかから秋の匂いが運ばれてくる。

 

 モールの裏手に光る青と赤のネオンサイン。

 そこへ向かう男と女の足音が響く。


 店の名は、

 R66【ルート・シックスティシックス】

 


 カラーン……コローン

 

 

 ドアを開けると店内はすでに、グラスの音と笑い声が混ざり合っていた。

 

 カウンターには、マスターがいつもと違いグラスビールを手にしながら談笑していた。


「こんばんは」「こんばんは」


「あっ!いらっしゃい、よく来てくれたね」


「そりゃあ、もちろん来ますよ。こんなおめでたい日ですもん」


 女がそう言うと、隣の男が続けた。


「マスター、20周年おめでとうございます」


「ありがとう! でも、それを言うなら2人こそ——— 結婚おめでとう」


「えっ、あ、ありがとうございます。はは」


 そう言いながら照れた男は、マルボロを咥え火をつけた。


 

 常連たちはそれぞれの席に落ち着き、懐かしい話に花を咲かせる。

 

 あの時、あの一杯、あの夜のこと———。

 

 思い出は、誰かが語り出すたびに、グラスの中に浮かんでは消えていく。


「マスター、20年ってすごいですね」


「ええ……気づけば、って感じです。皆さんが支えてくれたからこそだね。そうだ、今日はシャンパン開けてるからキールロワイヤルも気にせず頼んでね、はは」


「うふふ、じゃあ遠慮なく」


 また2人の男は、カウンターの端に並んで座ってグラッパを飲んでいた。


「マスターおかげさまで、たまに会って飲んだりしてますよ。それにさ、こいつも結婚して孫も見せに来てくれて……本当にR66この店のおかけです」

 


「それは———本当に良かった」

 


 そして、マスターは微笑みながら、棚の奥から一枚の譜面を取り出した。

 

 それは、今夜のために仲間たちと作った“R66の歌”だった。


「皆さん、今夜は本当にありがとうございます。

 私の音楽仲間と作った曲———。

 よかったら、お好きな楽器で自由に参加してください。

 この店の20年を、皆さんと一緒に音にできたら嬉しいです」


 誰かがギターケースを開き、誰かがベースを肩にかける。

 

 サックスの音が試しに一度鳴り、ピアノの鍵盤が静かに叩かれる。


「RTWO、SUZU、FAST、そしてSABA、ホントにサンキューな!

 いくぜ!『 Route 66 〜night party〜 』1、2、3、4———」



________________


Route sixty-six 今日も誰かが

立ち止まる 夜の入り口

迷いも期待も 胸にしまって

ドアを開ける その瞬間に


Route sixty-six Beerを注ぎ

音が弾け 時間ときを戻した

「久しぶり」って 笑い合える

そんな場所が ここにあるのさ


誰かの涙も  誰かの悲しみも

誰かの決意も 誰かの苦しみも

Route sixty-six 全部受け止めて

静かに 音になっていく


 

Route sixty-six この夜の中で

少しだけ 素直になれる

強がりも弱さも ありのままさ

このR66場所で 会えたんだから


Route sixty-six 季節は巡り

人生は 続いていくが

「また来るよ」って 言える場所が

あるだけさ それだけでいい


誰かの出逢いも 誰かのお別れも

誰かの願いも  誰かの始まりも

Route sixty-six 全部混ざり合い

一杯が  心を解いていく


 

Route sixty-six この夜の中で

少しだけ 素直になれる場所

帰る場所じゃない 立ち寄ればいい

またR66ここで 会えるなら


──ありがとう

──また来るよ

その言葉が この店の灯り


Route sixty-six それは 終わらない物語


Route sixty-six Route sixty-six

Route sixty-six Route sixty-six ……


________________


 R66の夜を描いた歌。

 

 誰かが1人で来た夜、誰かが2人で帰った夜。

 

 グラスの中に浮かぶ記憶と、カウンター越しの言葉たち。

 

 それらが音になって、店内をゆっくりと満たしていく。


 音楽に合わせて、誰もが肩を揺らし笑顔になる。


 そして、歌が終わると、店内には大きな拍手が広がった。

 

 そして、誰もがこの夜を忘れないと感じていた。


 マスターは深く一礼し、カウンターに戻る。

 

 そして、サーバーからサッポロクラシックをグラスに注ぎ———


 一気に喉に落としていく。


「くぅ〜、やっぱり歌った後はビールだな! うまいっ! 」


R66【ルート・シックスティシックス】———

それは、誰かの人生の途中に灯る、小さな明かり。

そして今夜、その灯りは音楽になって、静かに揺れていた。



_________________


☆ 本作に登場した楽曲は実際に音源化されています。音楽生成アプリ「SUNO」で聴けますので、是非下記のリンク先から音楽もお楽しみください。

 https://suno.com/s/3xLZMp2jqLkrfNhU




 

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R66【Night Hours ナイトアワーズ】 ZEIN @zeinzein

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