第9話 食後のひととき

「ミチカゲごめーん。アカルナに呼ばれたから先に食堂から出てるね」


「さよならです」


「いや、言い方!、なんかこの屋敷みたいに哀愁が漂ってるからやめてよ」


「はい?」





「……ご馳走様でした」


食器を置いたそのとき、食堂の奥の薄暗がりから、黒髪で赤い瞳の青年が姿を現した。


それはまるで、闇夜に朧げに浮かんだ赤い月のようだった。


「やぁ、今日も元気だね、アカルナ君」


コイツ.....誰だ?


軽やかな笑みを浮かべ、青年は歩み寄ってくる。


「……私、アカルナじゃありません」


青年はわずかに眉をひそめ、ロールズの椅子の背にもたれた。


「あぁ、すまない。アカルナ君の席に座っていたから、つい見間違えてね」


冗談なのか.....?


青年は肩をすくめ、悪びれた様子もない。


「席は屋敷の住人、五人分しかありませんから……。ところで、あなたは?」


視線を逸らさずに問いかける。


「俺は料理人のロイド。よろしく、ミチカゲ君」


口元に薄い笑みを刻みながら、青年は私の名を呼んだ。


「……私のことをご存知なんですね」


知られていることへの違和感が胸をよぎる。


「さっき、レンちゃんに会ってね。君の話を少し聞いたんだ――君、タイムトラベラーなんだって?」


瞳の奥の、好奇心の灯がわずかに揺れる。


「……多分、そうだと思います。で、私に何か用ですか?」


声を低め、間を切り取るように言う。


「いや、用ってわけじゃない。ただ……君という名の好奇心に背中を突き押されただけさ」


ロイドは片手をひらひらと振り、まるで風に乗る羽のような口調で答える。


「それは怪我しなくてよかったですね。もし私がアカルナだったら――致命傷でしたよ」


冷ややかに言葉を返す。


「ははは……面白い。ますます君のことが気になってきた。元の世界では何をしていたんだい?」


「学者として知識を集めていました」


「ほう……それは何のために?」


青年の瞳孔が瞬く間に広がった。


「知識を駆使して、人々を救うためです」


勿論、迷いはない。


「なるほど.....じゃあ、なんで人を助ける手段として『権利』や『財力』を選ばなかったんだい?」


急に痛いところを突いてくるな.....。


「.....」


青年の顔が妙に強張る。


「そちらの方が自らの手を汚さずに済んむんじゃないかい?」


「確かにそうかもしれません。しかし、ある理由があります」


「その理由ってなんだい?」


「その理由には、それは貴方が言うような合理的な価値はないかもしれません。しかし、合理性以上に大事な信念があります」


「ふーん。信念か.....」


私の脳内をよぎるのは、思い出したくもなく、また忘れてもいけない過去の記憶だった。





――私の過去。


それは、とてつもなく『空虚』で、『退屈』で……そして何より、『運』に恵まれていた日々だった。


だが、その幸運はある日、唐突に終わりを告げる。


齢十を迎えた年の初め、私は世界の残酷さを知らぬまま、平穏な未来を疑いもしなかった。


しかし、その年の夏――空気は異様に冷たく、稲は枯れ、野菜は育たなかった。食糧は瞬く間に尽き、村の笑い声は消えた。


最初に起きたのは、飢えた人々による略奪と殺し合いだった。地主だった我が家は真っ先に狙われ、両親も親族も血に倒れた。


次に訪れたのは疫病――天然痘。

全身に発疹を浮かべた人々が、腐臭漂う中で次々と息絶えていく。私はそれを妖怪や祟りの仕業と信じ、祈祷を繰り返したが……そんなものに効き目はなかった。


人との接触を避け、私は虫や雑草を口にして命をつないだ。

そんなある日――藤原建波という学者が村に現れた。


彼は『ワクチン』を打ち、『品種改良』で強い作物を生み出した。

その知識の力で、私は救われたのだ。


その瞬間、私は悟った。

――人を救うのは魔術でも呪術でもない。誰にでも手にできる、平等な力……『知識』なのだと。


藤原建波は私の憧れとなり、私は彼のように知識を武器に生きることを決めた。





「……いやぁ、感動したよ。そんな過去があったなんて」


ロイドは、ゆるく口元を緩めながらも、その赤い瞳は真剣だった。


「いえ、こちらこそ……過去を振り返る機会をくださり、ありがとうございます……『ロールズ』さん」


「……おっと、バレちゃってたか。見事な推理だね、ミチカゲ君」


正直、朝飯前だ。


「改めて――こんばんは。キャンドラー商会の会長、ロイド・ロールズだ。よろしくね」


低く響く声とともに、彼の笑みが意味深に深まった。

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ツカイ→x (3月頃復帰予定) 皐文ノリ(さつきふみのり) @norinorisatsuki

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