第9話 食後のひととき
「ミチカゲごめーん。アカルナに呼ばれたから先に食堂から出てるね」
「さよならです」
「いや、言い方!、なんかこの屋敷みたいに哀愁が漂ってるからやめてよ」
「はい?」
◆
「……ご馳走様でした」
食器を置いたそのとき、食堂の奥の薄暗がりから、黒髪で赤い瞳の青年が姿を現した。
それはまるで、闇夜に朧げに浮かんだ赤い月のようだった。
「やぁ、今日も元気だね、アカルナ君」
コイツ.....誰だ?
軽やかな笑みを浮かべ、青年は歩み寄ってくる。
「……私、アカルナじゃありません」
青年はわずかに眉をひそめ、ロールズの椅子の背にもたれた。
「あぁ、すまない。アカルナ君の席に座っていたから、つい見間違えてね」
冗談なのか.....?
青年は肩をすくめ、悪びれた様子もない。
「席は屋敷の住人、五人分しかありませんから……。ところで、あなたは?」
視線を逸らさずに問いかける。
「俺は料理人のロイド。よろしく、ミチカゲ君」
口元に薄い笑みを刻みながら、青年は私の名を呼んだ。
「……私のことをご存知なんですね」
知られていることへの違和感が胸をよぎる。
「さっき、レンちゃんに会ってね。君の話を少し聞いたんだ――君、タイムトラベラーなんだって?」
瞳の奥の、好奇心の灯がわずかに揺れる。
「……多分、そうだと思います。で、私に何か用ですか?」
声を低め、間を切り取るように言う。
「いや、用ってわけじゃない。ただ……君という名の好奇心に背中を突き押されただけさ」
ロイドは片手をひらひらと振り、まるで風に乗る羽のような口調で答える。
「それは怪我しなくてよかったですね。もし私がアカルナだったら――致命傷でしたよ」
冷ややかに言葉を返す。
「ははは……面白い。ますます君のことが気になってきた。元の世界では何をしていたんだい?」
「学者として知識を集めていました」
「ほう……それは何のために?」
青年の瞳孔が瞬く間に広がった。
「知識を駆使して、人々を救うためです」
勿論、迷いはない。
「なるほど.....じゃあ、なんで人を助ける手段として『権利』や『財力』を選ばなかったんだい?」
急に痛いところを突いてくるな.....。
「.....」
青年の顔が妙に強張る。
「そちらの方が自らの手を汚さずに済んむんじゃないかい?」
「確かにそうかもしれません。しかし、ある理由があります」
「その理由ってなんだい?」
「その理由には、それは貴方が言うような合理的な価値はないかもしれません。しかし、合理性以上に大事な信念があります」
「ふーん。信念か.....」
私の脳内をよぎるのは、思い出したくもなく、また忘れてもいけない過去の記憶だった。
◆
――私の過去。
それは、とてつもなく『空虚』で、『退屈』で……そして何より、『運』に恵まれていた日々だった。
だが、その幸運はある日、唐突に終わりを告げる。
齢十を迎えた年の初め、私は世界の残酷さを知らぬまま、平穏な未来を疑いもしなかった。
しかし、その年の夏――空気は異様に冷たく、稲は枯れ、野菜は育たなかった。食糧は瞬く間に尽き、村の笑い声は消えた。
最初に起きたのは、飢えた人々による略奪と殺し合いだった。地主だった我が家は真っ先に狙われ、両親も親族も血に倒れた。
次に訪れたのは疫病――天然痘。
全身に発疹を浮かべた人々が、腐臭漂う中で次々と息絶えていく。私はそれを妖怪や祟りの仕業と信じ、祈祷を繰り返したが……そんなものに効き目はなかった。
人との接触を避け、私は虫や雑草を口にして命をつないだ。
そんなある日――藤原建波という学者が村に現れた。
彼は『ワクチン』を打ち、『品種改良』で強い作物を生み出した。
その知識の力で、私は救われたのだ。
その瞬間、私は悟った。
――人を救うのは魔術でも呪術でもない。誰にでも手にできる、平等な力……『知識』なのだと。
藤原建波は私の憧れとなり、私は彼のように知識を武器に生きることを決めた。
◆
「……いやぁ、感動したよ。そんな過去があったなんて」
ロイドは、ゆるく口元を緩めながらも、その赤い瞳は真剣だった。
「いえ、こちらこそ……過去を振り返る機会をくださり、ありがとうございます……『ロールズ』さん」
「……おっと、バレちゃってたか。見事な推理だね、ミチカゲ君」
正直、朝飯前だ。
「改めて――こんばんは。キャンドラー商会の会長、ロイド・ロールズだ。よろしくね」
低く響く声とともに、彼の笑みが意味深に深まった。
ツカイ→x (3月頃復帰予定) 皐文ノリ(さつきふみのり) @norinorisatsuki
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