白蝶草な先輩

敷知遠江守

不思議な形の花

「ねえ。情熱の色ってどんな色だと思う?」


 苗屋でのアルバイト中に、先輩の女性にそうたずねられた。

 そんな先輩が手にしているのはシクラメンの鉢。


「情熱って、言葉の響きがなんかだか暑苦しそうですからね。やっぱり赤じゃないでしょうか。古い歌で『情熱の薔薇』なんてのもありましたし」


 シクラメンの鉢を棚に並べながら、先輩は俺の話を聞いている。

 そしてふっと鼻で笑った。


「『情熱の薔薇』だから赤? 短絡的だなあ。薔薇の色だって赤だけじゃないんだよ。それに赤だって色々種類があるんだよ。朱色や紅色みたいに」


 何となくその言い方が馬鹿にされたような気がして、そこから先輩を無視して水やりを始めた。

 そんな俺の態度を先輩はクスクスと笑った。


「君からは情熱が感じられないんだよね。どこか飄々としてて。そんな君の色は……これかな」


 先輩が指差した花、それは竜胆だった。

 紫かかった青色の花が何とも可愛らしい。ただし、花は少し小ぶりでどこか儚げな印象も受ける。


「ねえ、私は? 私は何色の花?」


 なかなか答えないでいると、先輩はわざわざ俺の袖を引き、「ねえねえ」と答えをねだった。


 他のバイトの人たちはこの先輩の事を『不思議ちゃん』と呼ぶ。決して良い意味ではない。『変わり者』と同じような少し蔑む言い方。

 そのせいだろうか、最近の先輩はどこかつまらなそうな顔でバイトをしていた。


 そんな先輩の背後にある花を指差した。


「前から思ってたのは、そこの白蝶草はくちょうそうですかね」


 ほんのりピンクの入った白い可憐な花を指差すと、先輩はその花をじっと見つめた。花弁のバランスの悪いその花を先輩は色々な角度から眺めている。


「なんかこの花……ショーツみたい。そうなのか。君の目には私はこう映ってるのか。もしかして私、えっちな目で見られてる?」


 先輩があまりにも変な事を言い出すので、「ぶっ」と思わず吹き出してしまった。

 そんな俺の顔を、目を細め少し小悪魔のような笑顔で覗き込む先輩。


「違いますよ。心外だなあ。ところで、さっきの答えを教えてくださいよ。情熱の色っていうやつ。ヒントだけでも」


 すると先輩は、ふふんと鼻を鳴らした。


「どうしようかなあ。実はね、私、見た事があるんだよね。これぞ情熱の色っていうのを。知りたい? 知りたいよね?」


 その言い方に若干苛っとするものの、同時に好奇心も湧いてしまっている。

 見た事があるときっぱりと言われるとやはり気になってしまう。


「知りたいって言ったらどうするんです?」


 先輩は口元をにやりとさせ、またふふんと鼻を鳴らす。


「今度の休みにさ、一緒に答えを見に行こうよ。君の車で」



 そんな経緯で『不思議ちゃん』先輩と俺は今、情熱の色を見るために車で北の山に向かって走っている。


 思った以上に可愛い私服を先輩は着てきた。

 白のブラウスに青味かかった紫のフレアスカート、そしてピンクのロングカーディガン。長い髪を三つに分けたその髪型はまるで雄しべと雌しべのよう。


 車に乗り込んで早々に、先輩は住所を手渡し、ここに行きたいと要望。

 ナビに打ち込んでみるも、建物の名前は無い。

 本当にここで合ってるのかとたずねると、先輩は鼻に皺を寄せて笑顔を作った。


「レッツゴー!」


 車内では先輩がああだこうだと色々を話をしている。

 いつもよりも少しテンションが高い気がする。たまに身振り手振りが入り、窓ガラスに手を打ち付けて痛がっている姿が妙に可愛い。

 ただ、色々な話はするものの、目的地の話だけは一切しなかった。それと手にしている大きな鞄の話も。


 徐々に目的地到着の時間が迫っていた。

 時刻は十二時を過ぎ、徐々にお腹も空いて来た。だが走れど走れど食べ物屋の気配が一切無い。

 大抵こういう所では峠の茶屋だとか、五平餅の店だとか、古びたレストランだとか、何かしらありそうなものなのに。


『ポン。目的地周辺です。音声案内を終了します』


 ついに何も無いところでナビの案内も終わってしまった。


「えっとね。ここからもう少しだけ行った場所なんだ。行けばすぐわかると思うから、ちょっとだけ走ってみて」


 どうせここまで来たのだから。そう思い車を走らせた。

 すると、目の前に広い丘が現れた。


 目に映える深紅。深い深い赤。それでいて少し明るさもある赤。

 丘には彼岸花がこれでもかと咲いていたのだった。


 車道に車を停め、二人で丘に向かって少し歩く。


「私はここを『情熱の丘』って名付けているの。これをね、いつもつまらなそうにバイトしている君に見せたかったんだ」


 先輩の顔に彼岸花の赤が映る。

 無言で彼岸花を見続ける俺に、先輩は優しい笑みを向けた。


「だって君だけだもん。私の会話にちゃんと付き合ってくれるの。子供の頃からみんな私の事を面倒そうにあしらうのに。君だけなんだもん。だからずっと一緒にバイト続けたいって思うから」


 ぐう。

 俺が何かを言う前にお腹が返事をしやがった。


「あはは。私今日ね、早起きしてお弁当作ってきたんだ。車で一緒に食べようよ!」

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白蝶草な先輩 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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