この近況ノートを書く右側に「創作活動や読書日記などを伝えられる場所です」と書かれているので、こういう話を記載するのは若干気が引けるのですが、今回は勘弁してください。
実は私、子供の頃から「豆腐」という食べ物が大嫌いでした。
原因はいくつもあるのですけど、最大の原因は「味が無い」から。
両親も昔から不思議がっていたんです。油揚げは普通に食べる。湯葉も食べる。卯の花も食べる。納豆も食べる。なのに豆腐だけ嫌いなんです。
味噌汁に入っている豆腐は食べるのですけど、とにかく冷ややっこと湯豆腐が大嫌い。
ある時、友人に酒の席でその話をしたところ、じゃあ一度豆腐の専門店に行ってみないかと誘われたんです。
そこのお店の豆腐は湯葉みたいな味がするんだよと言われて。
そのお店の事は今でも鮮明に覚えています。
そこで食べた「汲み豆腐」は本当に美味しかったんですよ。まだほんのり温かくて、それに出汁醤油をかけ、みじん切りの浅葱、おろした人参を乗せて食べるんです。
確かに湯葉のような味がするんです。
付け合わせに添えられていた「きらず揚げ」も美味しくて。
正直、当時の給料で頻繁に行けるお店では無かったのですけど、定期的に足を運びました。
その時の友人の話によると「湯葉のような味」というのは大豆の旨味なのだそうです。
豆腐は大豆からできているのだから、大豆の味がするのは当たり前と思うかもしれません。
ですけど、市販の豆腐というのはまともな作り方をしておらず、大豆をおからも含めてどろどろにした物を何百倍にも薄めて、ゼリーのようなものに混ぜて風味を付けただけの「豆腐っぽい何か」なのだそうです。
あの時食べた「きらず揚げ」。これが愛知県の高浜市にある「おとうふ工房いしかわ」さんという所のものと知り、何度か高浜まで豆腐ときらず揚げを買いにも行きました。そして行けば必ずそこのレストランで汲み豆腐を食べました。
浜松でもこういうお店があると知人に聞き、浜松の奥、都田に最初に行ったのはいつの事だったか。
一面の田んぼ、そして林。そんな都田の風景に溶け込むようにそのお店「勘四郎」はありました。
平屋の一軒家。店の横の柱にはロープが張られていて、そこに黄色いハンカチが結んである。どこか映画のセットのような良い佇まいのお店でした。
中に入ると、入口には「勘四郎」の豆腐や油揚げ、地元トリイのソース、お菓子、浜納豆、それと共にきらず揚げも。
そして奥に数席のみの食事処。
数席のみですから、お客さんが少し長話をすると、すぐに店の前は待ち行列ができてしまうんです。
いつ行っても混んでいる。平日に行っても混んでる。そんな印象のお店でした。
それから何度かお店を訪ねたのですけど、いつ行っても混んでいるから、ちょっと行って食事をいただこうというには、いささかハードルが高かったんですよね。豆腐を食べに行こうと言っても「あそこは混んでるから」と家族が渋る有様で。
今朝、その勘四郎が自己破産手続きに入ったというニュースを目にしてしまいました。
原因は原材料費の高騰。
知人の話によると、実はコロナ禍で客足が遠のいてしまい、そこから戻らなかったんだそうです。
そんな状況なら行けば良かった、そう思っても遅きに失してしまいました。
記事の中で創業が明治10年だと知りました。
本当の豆腐を150年間も作り続けて、価格と費用がついに釣り合わなくなり、事業を終える。何とも悲しい話じゃありませんか。
大豆が高かったのか、それとも油揚げを揚げる重油が高かったのか、包装のナフサが高かったのか、輸送のガソリンが高かったのか。
本当の豆腐がまがい物の豆腐もどきに負けて、150年も続けてきた事業を閉めないといけないなんて。
何かが間違ってる。
あの美味しかった汲み豆腐も油揚げも、もう食べられないのかと思うと、本当に残念でなりません。
勘四郎さん、長い間、お疲れ様でした。そして、美味しい豆腐、油揚げごちそうさまでした。