よわむし
sui
よわむし
夜と朝のあいだにだけ開く、静かな森があった。
そこには風の言葉がゆっくり漂い、月の光が水面のように揺れていた。
ミユは、その森の入り口を知っていた。
正確には、夢の中でしか辿り着けない道だった。
彼女は毎晩、枕元にそっと置いたガラスの鈴が鳴るのを合図に、森へと歩き出す。
音のしない草を踏んで進むと、霧の中から誰かが現れる。
それは小さな透明の生きものだった。
声もない、影もない、ただ、かすかな鼓動のように存在している。
「よわむしさん」と、ミユはその生きものを呼んだ。
誰にも言えない弱さを、彼女はいつもその存在に預けていた。
「今日も、何も言い返せなかった」
「好きなものを話したら笑われた」
「ひとりぼっちなのに、平気なふりをしてしまった」
よわむしは、ただ黙って隣に立つ。
葉に降る光を集めて、ミユの足元にそっと落とす。
それは、音のない涙のような光だった。
ある夜、ミユはこうつぶやいた。
「もしわたしが、ほんとうにいなくなっても……誰も気づかないかもしれない」
そのとき、よわむしが初めて動いた。
霧の奥から、いくつもの光がふわりと舞い上がる。
それは全部、よわむしだった。
誰にも見えなかったけれど、世界には無数のよわむしたちがいた。
誰かの言えなかった想いを、そっと受けとめていた。
そしてその夜、ミユの手のひらに、一つの羽が落ちた。
薄い水色で、夜明けの匂いがした。
「きみは弱くなんかない。ただ、世界がうるさすぎるだけなんだよ」
その言葉が、ミユの心に静かにしみこんだ。
朝、目を覚ますと、枕元のガラスの鈴が砕けていた。
でも、不思議と寂しくはなかった。
カーテンの隙間から差し込む光が、昨日よりもやさしく感じられた。
ミユは深呼吸をして、ベッドから静かに立ち上がった。
よわむし sui @uni003
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