ひとりごと

誰かの何かだったもの

自分の声じゃない気がする

「最近、ひとりごとが増えた気がする」


同僚にそう言われたのが、きっかけだった。


言われてみれば、たしかに。

朝、鏡の前で「今日もだるいな」とか、通勤中に「いや、今のやっぱ間違ってたか」みたいな、声に出してる瞬間がある。

でも、それって誰にでもあるだろう。自分に話しかけてるだけだ。


ただ、最近気づいたことがある。

ひとりごとが、自分の意思じゃないときがある。


たとえば、昼休みにコンビニでおにぎりを選んでいたとき、知らない声で呟いた。


「ツナはやめとけ。昨日も食っただろ」


その声は、僕の声だった。

でも僕は、そんなことを考えていなかった。


驚いて周囲を見たけれど、誰も僕を見ていなかった。

録音でもされていたような、自分の声を“外側”から聞いた感覚だった。


そこからだ。

“声”は、だんだん増えていった。


夜中に寝返りを打つと、


「いま起きたら、何か見えるよ」


会社で書類をめくるたびに、


「そのミス、上司にバレてるよ」


エレベーターにひとりで乗っていると、


「この箱が急降下したら、どんな音がするんだろうね」


最初はただの疲れだと思った。

だけど、ある日、はっきりと自分の口が勝手に動いているのを鏡越しに見てしまった。


喉も、唇も、意思とは無関係に、誰かのセリフを語っている。


「本当は、気づいてたんだろ?」

「お前の中に、もうひとりいるってことに」


声は、やがて“返事”を求めるようになった。


「なあ、同意してくれよ」

「お前も、そう思うだろ?」


無視をすると、頭の中がしびれるように重くなる。

目の奥が圧迫され、鼓膜の内側がガサガサとうるさくなる。


仕方なく、返事をした。


「……そうだな」

「……たしかに、そうかもな」


すると声は、満足そうに笑った。


それからはもう、区別がつかなくなった。

自分が考えた言葉か、声が言わせたものか。

ひとりごとを呟いているのか、呟かされているのか。


同僚に話しかけられても、うまく返せない。

「何か言った?」と聞かれて、困ることが増えた。


僕の声が、僕の知らない会話をしている。

誰もいない部屋で、誰かと会話している。


ある日、目覚ましのアラームが鳴った瞬間、口が勝手にこう言った。


「おはよう、今日も一緒に生きてやるよ」


ぞっとした。

“やる”って何だよ。


僕は、誰に“生かされて”いるんだ?



昨日、スマホの録音機能を使って寝言を録音してみた。

結果は……朝、聴いた瞬間に全部削除した。


僕の声で、誰かとずっと会話していた。

笑いながら、名前を呼び合っていた。

でも、相手の声は入っていなかった。


それでも、はっきり分かった。


僕は、ひとりで話してなんかいない。



今日は、声がこう言った。


「そろそろ交代しようか?」


鏡に映る僕は、口角を少し上げていた。

それが自然なのか、不自然なのか、もう判断できない。


僕の口が、笑った。

僕の声で。


「ずっと見てたよ、お前が崩れていくの」



これから会社に行く。

スーツを着て、靴を履いて、鍵を閉めて。

いつもの僕のふりをして。


でも、たぶん……今日から僕は僕じゃない。


たった今、ひとりごとが聞こえた。


「おかえり、俺」

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ひとりごと 誰かの何かだったもの @kotamushi

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