第3話 おしまい

ネット記者の石瓦さんと話をした日から数日間、「J」と石瓦さんと打ち合わせをし、俺は何度かあの町で調査を続けていた。正直、調査をしてもわからないことだらけだ。調査できる範囲のことは石瓦さんが調査済みというのもあるけど……


石瓦さんいわく、そもそも「クニサキ」に関する詳細を知っている人は、もう居ないのかもしれないとも言っていた。こうした地域独自の風習は、その始まり自体を知らずに風習だけが残っているというのもよくある話だからだ。


ましてや、この地区に住む人は、「クニサキ」のことを話したがらない。かつてこの地区に住んでいた住民に「アーカム」の記者が取材をしたのだが取材中に失踪した後に亡くなっているらしく、調査自体は正直、行き詰まっているという印象だ



「今日も現れないか……」


そろそろ日が暮れてきたので、帰ろうかとそう思いかけたその時だった――


遠く、電柱の陰に女の影が見えた。


直感がビリビリと警鐘を鳴らす。

間違いない。あの女だ。

張り紙に描かれていた、あの「クニサキ」そのもの。


今回のミッションは2つ。

まず、あの女を映像に収めることそして、女が発する言葉を録音することだ。


けど、問題はそこだ。クニサキの「声」を、俺が聞いてしまったらアウト。

それだけは絶対に避けなければならない。


対処法として、そもそも“聞かない”ことが鉄則らしい。ただ、ごく一部の例外では「お前の話は信じない」と強靭な意志で跳ね除けたケースもあるらしいが……そんな精神力は俺にはない。普通の人間なら、耳に入った時点で終わりなのだ。

しかも、耳栓なんかじゃ意味がない。意外と音ってのは、耳を塞いでも伝わってくるものなんだ。


だから「J」はある秘策を用意してくれていた。かなり高価なノイズキャンセリングヘッドホンに、爆音のノイズ音を流しながら接近するという方法だ。

俺は「J」と石瓦さんに連絡のメールを送信した後、ヘッドホンを装着しクニサキの後を追った。女はふらふらと、古びた廃屋の方へ向かっていく。


俺は静かにその女へと接近した。


――廃屋の前。

クニサキは、まるで俺を待っていたかのようにこちらを向いて立っていた。


見た目は張り紙とまったく同じ。いや、同じすぎるというべきか……印刷されたそのままのような姿に、俺は背筋がゾワリと凍る感覚を覚えた。


俺はスマホのビデオ録画を起動して、クニサキにカメラを向けた。


クニサキは、なにかを口にしている。

でも、俺には何も聞こえない――ノイズキャンセリングとヘッドホンの爆音が、クニサキの声を遮断している。


よし、これぐらいでいいだろうとその場を離れようとした瞬間、ヘッドホン越しに、割り込むようなノイズ混じりの女の声が耳に届いた。


「……しん■たあなた■しあわせ■す……」


言葉の端々が欠けてはいたが、何かを伝えようとしているのはわかった。恐ろしく感情のこもっていないその声に、俺の心臓はドクンと跳ねあがった。

次の瞬間、クニサキは大声で笑い出した。その笑い声も、ヘッドホンのノイズに混じって直接耳の奥へ届いてくる。


「……しん■たあなた■しあわせ■す……」


気付けば、俺の手は勝手に震え始めていた。

このままではヤバい――俺は直感的にそう感じたが、足が竦んで動けない。


クニサキの声がする


「あなたの母親は・・・」


その瞬間、俺はぐいっと思いっきり後ろに引っ張られ、その拍子にヘッドホンが耳から外れた。すると耳の横で大声がした。


「ダメだ!信じたらいかん!信じたらいかんぞ!」


と、見たことのない老人が叫んでいた。そのまま、俺は羽交い締め状態で、外に連れ出され老人が持っていた酒と塩をぶっかけられ、そして額に何か印を書かれた。


「あんた、最近このへんを嗅ぎ回ってる兄ちゃんだな」


俺は、あっけに取られていて、うなづくことしかできなかった。


「何か聞いたか?」


と尋ねられたので、俺は途中までクニサキの声は聞こえたけど、何を言ってるのかわからなかったので首を横にふった。すると老人は、


「じゃあ、大丈夫だな、あんた命拾いしたよ

 もう二度とここへは来るなよ、今度は死ぬぞ、あんた」


と言って、俺をどこかへ引っ張っていこうとした。


「あ、あの、一体あなたは」


「ん?悪いが俺は耳が聞こえんから何を言ってもわからんぞ

 何も答えんし、あれのことは忘れろ」


そういうと老人は、俺を出口まで連れて行き、最後にこういった


「お前をここによこしてきたやつに伝えろ

 自分でできないことを赤の他人を使ってまでやるんじゃないとな

 いいか、もう関わるなよ、二度とくるな」


俺は、振り返らずにトボトボと家に帰り、呆然としたままりあえずシャワーを浴びて、スマホの通知も確認せずに寝た。


――翌日


「J」や石瓦さんから沢山のDMが来ていた。俺は、事の顛末を伝えて、もう調査はできないことを伝えた。同時に、なんとか録画したデータを送信し、すぐにそのデータは消去した。「J」や石瓦さんからは、「よくやった」という称賛の言葉が届いていただがなんだかどうでもよくなっていた。


今日はもう家から一歩も出たくない。



その翌日も俺は、相変わらず家から出る気にはならなかった。「J」からは、多額の報酬が支払われたが、その後はなんの連絡もない。


――1週間後


「J」からDMが来た。


「ありがとう、もうおしまいです」


とだけ書いてあった。


石瓦さんからも全く同じ文章のDMが届いてた。


俺は少しずつ家からでられるようになっていた。

気力も回復しつつあると思う。


――3週間後


すっかり俺は元通りになったが、あれ以来「J」や石瓦さんからは連絡はない。気になって「アーカム」というサイトを検索してみたが、サイトはすでに閉鎖されていた。


なんとなく直感だが、俺は命拾いしたんだと思う。

色々嫌なことだらけだったけど、少しだけ生きている感じがした。


折角生き延びたんだ、もう一度人生をやり直そう。

神様がチャンスをくれたのだと信じてみよう。


「しんじたあなたはしあわせです」って誰が言ってたんだっけ?

誰の言葉だったかな――もうぼやけて覚えてないや。


おしまい

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■■の言葉を信じるな 闇島 @yamijima

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