おかあさんの金メダル

ジャック(JTW)🐱🐾

きらきらの折り紙


 幼稚園児──四歳児のある日、幼稚園の先生がいった。


「今日は折り紙をしましょう。今日はメダルです。すこしむずかしいけど、ひとつひとつ折り方を練習していけば、ちゃんと出来ますからね」


 折り紙は、比較的得意だったと思う。たまに躓くことはあれど、きちんと仕上げることが出来た。


「まあ! ◯◯ちゃん、上手に折れたね!」


 褒められて調子に乗った私はメダルを量産していった。当時は4歳児だったと思うが、なかなか作れないでいた級友からも、「◯◯ちゃんすごいね〜」と言われるほどの職人ぶりだった。


 実際のところ、そんなに上手く折れていたかどうかはわからない。四歳児だから、部分部分のディテールは甘く、折れ曲がっていたところもあっただろう。それでもその時の私は、褒められたことがとても嬉しくて、得意げに、にへーと笑った。


「メダルが折れたひとは、持って帰って、おうちのひとにプレゼントしてみましょう。◯◯ちゃんは誰にあげるのかな?」


 私は即答した。


「おかあさん!」


 その当時、母は目まぐるしく働いていた。働いて送迎をして食事を作って家事をして……。いつ休んでいるのかわからないと、幼心に思ったほどだった。

 私は、四歳児にしてはそこそこ知恵が回る子どもだったので、こんなことを幼稚園の先生に言った記憶がある。


「金メダル! 金色のおりがみほしい! 金メダルが一番偉いんでしょ!」


 私が悪気なくそんなことをいったものだから、その場で金色の折り紙、そして銀色の折り紙の争奪戦が始まってしまった。幼稚園の先生が用意していた折り紙は、金色の折り紙と銀色の折り紙が入っていたものの、それは各袋に2枚ずつ程度で、とても全員分をまかなえる量ではなかった。


「うーん、今日は、金色と銀色以外の折り紙で折りましょうね」


 幼稚園の先生は、困ったような笑顔でそういった。

 不平等になったり喧嘩になったりする可能性を鑑みたのだろう。今回は誰にも金色の折り紙と銀色の折り紙を使わせず、それ以外の色でメダルを作らせることにしたようだった。英断である。


 しかし当時の私(四歳児)は、おかあさんのために金メダルを折ってあげたいのになんでだめなの、とむくれていたような記憶がある。大人の心、子ども知らずである。


「おかあさん……」


 しょぼんとした私は、ある名案を思いついた。

 幼稚園の折り紙で折っては駄目なら、家にある折り紙でおればいいのである。

 家に着いた私は、早速自分の折り紙セットの中から、金ピカの折り紙を一枚選び出した。


 ……しかし、四歳児は、いざ折り始めてびっくりした。

 金色の折り紙は、しわくちゃになりやすく、折り目が目立ってしまって、なかなかきれいに折れなかったのである!(※四歳児の器用さでは難しかったと言うだけで、大人になれば普通に折れる)。


「え……なんで……?」


 なかなかうまくいかない、そんな焦りから、どんどんクチャクチャになっていく折り紙。結果として、完成した『金メダル』は、歪んで曲がってしまった、紙くずみたいになっていた。


「…………」


 四歳児なりに、折り直したり、別の折り紙で再チャレンジしようとはした。しかし、その折り紙セットに残っていた金色の折り紙は、たった一枚、そう、今紙くずになってしまったそれしかなかった。


「…………」


 四歳児は、悩んだ末にそのクチャクチャの『金メダル』を、鷲掴みにして母に持っていった。


「ん!」


 その渡し方は、まるでとなりのトト◯のカン◯くんが、不器用に傘を差し出す仕草そのものであった。


 突然金ピカの紙くずを渡された母は、「え? 何これ?」と言った。実際、この時の四歳児は、『これはメダルです』『日頃の感謝を伝えたくて作りました』なんてことは一言も言えていない。母からすれば困惑は当然の反応である。


「…………メダルっ!」


 四歳児はそれだけ言って、母の手にグイグイと『金メダル』を手渡した。押し付けたともいう。母は困惑しながらも、それが何かしらのプレゼントだと把握したらしい。


「……あ、ありがとうね。作ってくれたの?」

「ん!」


 カ◯タくん並に語彙力が落ちてしまった四歳児は、ニコニコしながら母のリアクションを待った。四歳児の脳内では、金メダルを渡されて微笑むオリンピック選手の笑顔が煌めいている。

 きっと、きっと、おかあさんも喜んでくれるに違いない!


「…………」

「………?」


 母は、少し微笑んで、沈黙しながら、そのメダルをじっと眺めていた。なお、四歳児は、(なぜオリンピック選手のように絶叫して喜ばない?)と困惑している。


「……ありがとうね」


 そう言って、母は静かにはにかんで笑った。しかし四歳児はその反応がとてもとても不満だった。

 これは『金メダル』なのに! 一番頑張っている人が貰える栄誉ある証なのに! なんでお母さんのリアクションが薄いのだ!

 そんなようなことを考えていた記憶がある。

 四歳児はだんだん泣きじゃくりだして、理不尽な怒りを母にぶつけた。


「なんで!!! よろこばないの!!!」

「えっ、喜んでるよ、うれしいよ、だって一生懸命作ってくれたんで……」

「(オリンピック選手は金メダルを受け取ったとき)もっと喜んでたもん!!! 飛び跳ねてたもん!!!」

「えっ、何の話──」

「うわああああああぁぁあああん!!!(絶叫)」

「えっなんで泣くの、よしよし、よしよし」

「よくないっ、何もよくないいいいいぃぃぃい!!!(絶叫)」


 突然ギャン泣きしだした四歳児を宥めるように、母は優しく背中をトントンしてくれた。それからすぐ寝てしまって、『金メダル』がどうなったのか、四歳児には知る由もない。


 *


 この日の思い出を、『お母さんに喜んでもらえなくてすごくすごく悲しかった日』として長い間記憶していた。

 しかし大人になってから振り返り、よくよく考えてみれば……かなりの論理の飛躍が見られるし、母が知らない前提条件のことも含まれる。


 四歳児の私は、テレビでオリンピック選手が金メダルを受け取って喜んでいた光景を印象深く覚えていて、金メダル=すごく褒められる=すごく喜んでもらえると考えていた。しかしそんな前提条件を知らない母からすれば四歳児の行動の意図がよくわからなかっただろう。


 しかし、母の表情を思い返せば……母は、喜んでくれていないわけではなくて、ただただ、じんわりと、喜びを噛みしめるように『金メダル』を見ていてくれた気がする。四歳児なりに、母を労い、母を讃えたかった気持ちを汲んでくれていたのかもしれない。


 四歳児の私ではうまく言葉にできなかったことを、今、大人になった私は言葉にできる。

 母がどれだけ頑張っていたか、どれだけ努力してくれていたか、大切にしてくれていたかを、肌感覚で感じ取っていた。


 だから、四歳児の私は、おかあさんに贈りたかった。

 『一等賞の金メダル』を。

 愛と尊敬の証を。

 頑張っているおかあさんを、表彰したかった。

 しかし、それをうまく伝えきれなくて泣きじゃくることしか出来なかったあの日を懐かしく思い出す。


 母は、あの金メダルのことを覚えていてくれるだろうか。

 もしかしてまだ、家のどこかに、四歳児の私が作った『金メダル』はあるのだろうか……?


 でも、何処かに紛失していても構わない。

 感謝と尊敬の気持ちはまだ残っているし、金メダルの折り方もちゃんと覚えているから。

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