24 昔ばなしの主人公になるぞ!(最終話)

 

 ――――苦しい……。



 気付けば僕は、病院のベッドの上に戻っていた。



 胸が…苦しい……。



 あまりの苦しさに体が横へ倒れ、ヘルメット型デバイスが床に落ちる。



 何でだ?

 もうフルダイブは解除されたから、マメのダメージによる苦痛は、感じないハズなのに………。



 心臓が飛び出しそうなほど、バクバク激しく打つ。

 次第に呼吸も、荒くなる。



 ――――いや、違う……。



 この苦痛は、マメから引き継いでいるものではない。



 ――――この…、苦しさは……。



 手を伸ばし、何とかナースコールのボタンを押す。



 パタパタと足音が聞こえ、ナースが慌てて病室内へ入って来たと同時に、僕の意識は遠のいた。




翔也しょうや君!」





 ◇◇◇





 意識が戻ったのは、ICU集中治療室の中だった。

 先生たちが必至で、僕の処置をしている。



 まだ、意識は朦朧もうろうとしている。



 ――――そうか…。



 今日は朝から調子が悪かったのに、少し無理をしてしまったから、きっと罰が当たったんだな。

 TAMAがちゃんと、管理してくれていたというのに……、言うことを聞かなかったから……。


 自業自得だ。




 ――――……僕はこのまま……、死ぬのだろうか。


 ……―それはちょっと、キツいな…。


 でも……不思議と、死への恐怖はない。


 

 ただ叶うなら、最後にもう一度だけ、ルナに会いたい―――…。




 そして僕は、再び意識を失った。





 ◇◇◇





 次に意識が戻ったのは、どのくらい経った頃だろうか。

 僕は一般小児科病棟の、自室へ戻っていた。


 目を開けると、ベッドの両サイドに、父と母がいた。

 左側に父、右側に母。

 2人とも僕の手を両手で握り締め、心配そうに顔を覗き込んでいる。



 僕の口元には、酸素マスクが付けられている。

 体のいろいろなところに、チューブが繋がれてある。

 ベッドの横には、コンピュータのモニターが置かれている。




「翔ちゃん。お母さんよ、わかる?」


 右手を握る母の手に、ギュッと力が加わった。


「母……さん」


 声にならないような声で応えると、母は顔に優しい笑みを浮かべた。

 ホッとするように口元が緩み、眉が垂れる。


 だけど、目の周りは真っ赤だ。

 きっと、たくさん泣いたのだろう。

 看護師のくせして、泣き虫だからなあ……。


「翔也、父さんもここにいるぞ」


 左手を握る父の手にも、力が入る。

 目を向けると、父の左腕には、包帯が巻かれていた。

 暴漢ともみ合った際に、ナイフで切りつけられたところである。


「大丈夫。ただのかすり傷だから、心配はいらないよ。相田咲綺あいださきさんも、無事だ」


 僕の目の動きから心情を読み取り、父が言った。


「……翔也、ゴメンな。リアルアバターキャットの安全性が、もっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに――…」


「……そん…な、…違う……よ」


 僕は、首を横に振る。


 違う。

 リアルアバターキャットは、悪くない。


 そうはっきりと口にしたいけど、なかなか声が出て来ない。


 もがいていると、母が話しやすいよう、酸素マスクを口元から外してくれた。


「翔ちゃん、あなたは今日、ちょっと冒険をしすぎて、疲れちゃったみたいだわ。苦しかったわね。でももう、何も心配しなくていいからね。マメちゃんも、ここにいるわよ」


 示された場所へ目を向けると、左腕と脇腹の間に、マメが横たわっていた。

 マメは初めて出会った時のように、目を閉じ、ピクリとも動いていない。


 ボロボロになってしまった両前足が、痛々しい。


「マメ……」


 父から手を離し、その手でマメの体を撫でる。



 無理をさせてしまって、ゴメンよ。

 痛かったね。



 電力が消失している猫型ロボットだから当然だけど、冷たい体が、今は胸にグッと来る。


「マメも、治療が必要だな」


 父が、明るい声で言った。



 病室内は静かで、両親は不自然なほどに落ち着いている。

 普段から取り乱すことはあまりないけど、息子の意識が戻っても、興奮する様子もなく、先生を呼ぼうともしない。


 まるで、静かな時間を過ごそうと、努めて自然に振舞っているようにも見える。




 ―――――――そうか……。




 そこで、僕は悟った。


 つまりそれは……、やっぱりそういうことなのだろう。

 ICUにいた時に、薄々気付いてはいた。


 おそらく僕は今、最期のお別れをするためだけに、命をつないでもらっているのだ。



「マメは体を張って、暴漢から相田咲綺あいださきさんを守った。立派だったね。父さんは、誇りに思うよ。よくやったな、翔也」


 父が穏やかな声でねぎらい、大きな手で頭を撫でる。


 僕が大好きな、父の大きな手。

 頭を撫でられると、気持ちが少し楽になった。


「――父さん…、……あの時…、…父さんが……、…マメの強制…送還を…、…キャンセル……、してくれたの?」


 あの時の疑問を、訊いてみる。


「いいや、それは違うよ。キャンセルされたのは、マメのボディが損傷したのが原因だ。ボディが損傷すると、スタンド・アローン独立状態になるよう、プログラミングされていたんだよ。本来は、AIの暴走を防ぐのが、目的だったんだけどね。でもこの部分は、少し改良が必要みたいだな。ボディが損傷したら、自由に動けるようになるというのは、何かと問題だからね」


 父は、マメの胴体をポンポンさすりながら言った。



 ―――……そっか。


 そういうこと、だったんだね。

 そう言えば、男の足にみついた時、TAMAは介入して来なかったな。あの時はもう、TAMAは僕と一緒にいなかったのか。



「今回に関しては、強制送還がキャンセルされたおかげで、マメが男の足を止めることができたわけだから、まあ、よかったけども。怪我の功名って、やつかな」


 父は白い歯を見せ、ハニカミながら笑う。


「…そう……だね」


 もしあの時、体が自由になっていなければ、今ごろ咲綺さんはどうなっていたかわからない。

 本当に、幸運だった。



 ――――それにしても……。


「…父さん……は、どう…して、あの場所に……?」


 それも、疑問だった。


 しかもあんな風に、ヒーローのような登場の仕方をして。

 なんと言うか、わが父ながら人だなあと、つくづく思う。

 まるで図ったようなタイミングで、颯爽と現れて、男を羽交締はがいじめにした。その迫力に、つい見入ってしまった。

 やっぱり、僕の父さんはカッコいい。


 ―――まあ、筋力は、あまり強くないみたいだけど……。


「お前が遅い時間にマメにフルダイブしたから、気になってね。GPSの位置情報を頼りに、様子を見に来たんだよ。そしたら、TAMAが危険を知らせて来るし、現場まで行ったらお前が暴漢とやり合っているしで、驚いたよ」


「……ごめんなさい。夜は…外に出たらダメだって…、言われていたのに……、僕は…」


 どうしても、ルナの役に立ちたくて……、約束を破ってしまった。


「気にしなくていいよ。お前のおかげで、咲綺さんは無事だったんだからね。誰かのために何かをしたいという、翔也の気持ちが、いろいろな偶然と奇跡を起こしたんだって、父さんは思っているよ」


「奇跡……」


「そうよ、翔ちゃん。あなたは、スゴいわ。この数ヶ月、いろいろな場所で、たくさんの奇跡を起こして来たのよね」


 母も、ねぎらう。

 どうやらマメのデータは、母にも共有されていたみたいである。


「翔ちゃん、マメちゃんの側にはずっと、相田さんのお宅のルナちゃんが、ついていたそうよ」

「そうそう。ピッタリくっついて、あまりにも離れないものだから、相田さんにお願いをしてね――、ほら」


 父が言いながら、足元に置いてあったペットケースを、ベッドの上にのせた。

 中には、不安げな目でじっとこちらを見つめる、ルナが入っている。


 ―――――……ルナ。


 僕は、テンションが上がった。


 目が合うと、ルナも興奮した面持ちで「ニャ~」と鳴き、出せと言わんばかりに、ケースをカリカリする。


「あなたの意識が戻ったらケースから出してもいいって、先生から許可をもらっているわ」


 そう言って、母がケースの扉を開ける。


 ルナは勢いよく扉まで来るも、その後は周囲を気にしながら、恐る恐るケースから出て来た。

 見慣れない光景に、戸惑っている様子である。



 ルナはベッド上をゆっくり歩き、まずは横たわるマメのところまで行って、鼻先を近づけた。

 ニオイをいでから、ペロっと、マメの頭をひとめする。

 再び足を動かすと、今度は僕の顔の真横までやって来た。

 そしてちょこんとお尻を落とし、僕を見下ろす。


「…ルナ……」


 呼び掛けると、耳がピクンと反応した。

 そして次の瞬間、腰をサッと上げ、猛烈な勢いで、僕の顔をペロペロめ始めた。


 ペロペロ、ペロペロ。

 時折、ニャアニャアと、切ない声を出している。


 舌がザラザラしていて、少しくすぐったい。



「あらあら。ルナちゃんは、わかっているのかしらね。あなたが、マメちゃんだということを」

「きっと、そうだよ。ルナちゃんは、翔也のことも大好きみたいだね」



 ――――――ルナ……。



 僕も、大好きだよ。


 ルナ。


 ギュッて、思いっきり抱きしめてあげたいのに、できなくてゴメン。

 ペロペロと、君の顔をめ返してあげたいのに、できなくてゴメン。


 だけど僕は、君が一番大好きな咲綺さんを、ちゃんと守ったよ。


 もう…、2度と会えなくなるだろうけど……。

 僕は君と出会えて、本当に幸せだった。


 ありがとう、ルナ。


 視界がにじむ。

 どうやら僕は、泣いているみたいだ。

 ルナが頬に伝う涙を、必至でペロペロめる。




 ―――その時、心臓がドクンと、大きな音を立てた。



 コンピュータのモニターへ目を向けた父と母が、表情を歪める。



 どうやらそろそろ、時間が来てしまったみたいである。


 

「翔也、しっかりしろ」

「翔ちゃん…」



 父さん、母さん、泣かないでね。

 先に逝ってしまう親不孝を、許して欲しい。


 僕は、自分が長く生きられないことは、わかっていた。

 だから、準備はできているよ。


 この間先生に、あとどのくらい生きられるのか、訊いたんだ。

 時間に限りがあるなら、それまでにやりたいことを全部やりたいって、思ったからね。


 先生は、「今は、15歳の誕生日を迎えられることを、目指そう」と、言っていた。



「……父さん。リアルアバターキャット…を、諦め……ないでね。必ず…、製品化……して…欲しい」


 逝く前に、これだけは言っておかないといけない。

 僕は父に、力強い眼差しを向けた。


 リアルアバターキャットは、僕みたいな病気の人たちに夢を与える、素晴らしい発明品だ。

 僕はマメになって、自由に外を歩き回って、自然に触れて、ルナと出会えて、……恋をして…、すごく楽しかった。

 すごく、嬉しかった。


 たとえ限られた時間が少し短くなってしまったのだとしても、まったく後悔なんてしていない。

 病院のベッドの上だけで一生を終えるよりは、ずっとずっといい。


 それはきっと、病気の人たちはみんな、同じように思っていると思う。



「……わかった。…約束……するよ。翔也…」


 父は、僕の目を真っ直ぐ見ながら言った。

 けれどそれ以上は、言葉を発せないようだった。

 目を真っ赤にし、唇を強くみしめ、ウンウンと首を縦に振っている。


「……母さん」


 今度は、母の方へ目を向ける。


「僕は…、夢はね。いつか必ず……、叶う日が来るって……、信じているよ」


「……夢…? ……ええ、ええそうね。叶うわ。翔ちゃんの夢は、必ず叶う。お母さんも、信じているわよ」


 こんな時だけど、母が僕の夢を覚えているのか、ちょっと疑問だな……。

 忘れっぽい、人だから。


 すると顔の横で、ルナが「ニャ~ン」と鳴いた。

 ルナも、信じてくれているみたいだ。




 ――――僕の夢。


 今が昔となる遠い遠い先の未来で、その時代の人たちが読む『昔ばなし』の、主人公になる。

 それが、幼い頃からずっと変わらない、僕の夢だ。


 ルナ。


 僕と君は、一緒に夢を叶えるんだよ。

 僕たちが起こした小さな奇跡の数々は、人々によって、ずっとずっと語り継がれて行く。


 ―――遠い遠い先の、未来まで。



 そしていつしか―――――――…………。


 ―――――その話は、『昔ばなし』になるんだ。






       ―――――必ず――……。


 

 






























 ◇◇◇
































 『猫が行く!🐈』(近代むかしばなしシリーズ)



 むかしむかしあるところに、小さな奇跡を起こして人々を喜ばせる、黒猫と白猫がいました。


 黒猫の名前はマメ、白猫はルナ。

 2匹はとても仲睦まじく……――――――


 ―――――――――――お互いに協力し合って……――――

 ――――――――――――――――――――


 ――たくさんの人たちを幸せにし…――――――

 ―――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――


 ―――――――――――みんなから、とても愛されました――

 ――――――――――――――

 ―――――――


 ――――2匹の愛は、永遠に……――――――――

 ――――――――

 ――――――――――――――――語りつがれて行くのです。

 



 作・画  あいださき


☆あいださき・・・絵本作家。東京都在住。87歳。――――……。





おしまい





☆☆☆最後まで読んでいただき、ありがとうございました(=^..^=)ミャー☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫が行く!~昔ばなしの主人公になりたくて~ キジトラタマ @ym-gr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ