23 絶対絶命

 (TAMA! 今ここを離れたら、咲綺さきさんが男に襲われてしまうよ。咲綺さんを、守らないと!)


 ルナが大好きな、咲綺さんを!!


(マメ、ワタシノ チカラデハ私の力では ドウスルコトモ デキナイワどうすることもできないわキョウセイソウカン ハ強制送還はAI ニハ キャンセル デキナイノAIにはキャンセルできないの


 どうやら一度ひとたび強制送還が発動すると、TAMAには止められないらしい。



 そんな……。

 


(TAMA、何とかしてよ!)


 訴えると、体の向きがくるっと変わり、両前足の指先から爪がニョキっと出て、コンクリートブロックに突き刺さった。


(マメ、ワタシガ デキル アシスト ハ私ができるアシストは コノクライヨこのくらいよガンバッテネ頑張ってね


 TAMAが言った。



 お尻を突き上げて体を引っ張る後ろ足と、その引力にあらがう前足。



 頑張ってね、なんて言われても、こんな状態じゃ、何もできないじゃんかよ―――っ!!!



 そうこうしている間にも、男は咲綺さんに近づいている。



「シャ――――――――――――――ッッッッ!!!!」



 咲綺さんっ!!

 逃げてっ!!

 今すぐにっ!!



 ひとまずコンクリートにしがみつきながら、渾身の力を込めて叫ぶ。


 けれどスマホ画面に夢中の咲綺さんは、猫の威嚇声いかくごえには気付いてくれない。耳に入ってはいても、その辺で猫同士が対立しているくらいにしか、思っていないのかも知れない。



「ミャオォォォ――――――――――――ッッッッン!!!!」



 咲綺さん、お願いだから気付いてっ!


 腹筋に力を入れ、天まで届くくらいのたけびをあげるも、やっぱり咲綺さんは無関心だった。



 くそっ!!

 どんだけスマホに、夢中なんだよっ!!

 


 体がぐいぐい引っ張られ、思い通りにならず、怒りが込み上げる。



 ――おいっ、リアルアバターキャットっっ!!



 居ても立ってもおられず、頭の中で叫んだ。



 ――今お前の目の前で、まさに犯罪行為が実行されようとしているんだぞっ!!


 ――お前はそれでも、マメをネストへ戻す気かっ!!


 ――お前はいたいけな女子高生を、見捨てるつもりなのかっ!!



 無駄なのは、わかっていた。

 一度ひとたびスイッチが押されたら、簡単にキャンセルされないのは当然のことだ。リアルアバターキャットは、まだ製品化前の、プロトタイプ試作品の段階。どんなトラブルにも、巻き込まれたくはないだろう。



 事情はどうであれ、法に反する行為を実行しようとしたのは、僕である。

 悪いのは、僕。


 もっと冷静になって考えていれば、こんなことにはならなかったのに……。

 一直線に、咲綺さんの元まで駆け寄って、危険を伝えていればよかったんだ。


 それなのに、僕は……。

 慌てて、暴走してしまった。


 ……きっと、リアルアバターキャットだから何でもできると、過信してしまっていたんだ。


 後悔しても、しきれない。



 コンクリートブロックに引っ掛けていた右前足の爪が、バリバリっとがれ始め、激痛が走る。


 うぐっっ!!


 病院のいろんな検査で痛みには慣れているけど、やっぱり痛いものは痛い。


 左前足の爪も、もう持たないだろう。

 僕は今、強力な掃除機に吸い込まれそうな、糸くずのようになっている。




 ――――だけど。





 ――――――まだだっ!




 ここで、諦めるわけには行かない!!


 最後の最後まで、絶対に諦めないからなっ!!



 咲綺さんを守るためにも、ここで負けてたまるか―――――っっっ!!!




「ミャオオオオオォォォォ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ンッッ!!!!」




 咲綺さんに声が届くのを祈りながら、最後の力を振り絞って叫んだ。


 黒づくめの男は、すでに前を通り過ぎ、一直線に咲綺さんの元へ向かっている。

 もう5mほどのところまで、近づいている。



「ミャ―ッ!!」 咲綺さんっ!!

「ミャ―ッッ!!!」 咲綺さんっっ!!!


「ミャフッ――……」



 両前足の爪が、バリバリバリっと、鈍い音を立てる。

 音がする度に、激痛が走る。


 そしてとうとう引力にこらえきれず、すべての爪が剥がれ落ちた。

 引っ掛かりが効かなくなった両の肉球が、コンクリートにこすられる。



 くそぅっ!!

 もはや、ここまでなのかっ!!!





 ――――――――――っ!!





 ――――――――――っっ!!!





 ――――――――――っっっ!!!!





 ――――――――――――――………と。




 ふと、時間が止まったように感じられたのは、悔しさと無念にさいまれた時だった。




 ―――――――――――………?




 どういうワケか体を引っ張っていた後ろ足の力が、まるでスイッチがオフに切り替ったように、一瞬で消えた。




 ――――――――――なんだ……?




 僕はすかさず身を起こし、道路側へ落りて、地面に着地する。

 なぜか体は、すべての拘束から解き放たれたように、自由に動けるようになっている。



 ……………??



 何が起こったのかは、わからない。


 強制送還が、キャンセルされた? 何でだ?


 ひょっとすると僕の強い信念が、奇跡を起こしたのだろうか。


 それともTAMAが、何かしたのか?


 よくわからないけど、とにかく体は自由

になった。



 いろいろ疑問はあるけど、今は、考えている暇はない。



 すぐさま体勢を整え、両前足の痛みにえながら、黒づくめの男のところまで全速力で駆け寄る。

 そしてふくらはぎ辺りに狙いを定め、ジャンプして飛びつき、力いっぱいガブリと噛みついた。


 男は突然の猫からの襲撃に不意をつかれ、「ギャアッ」っと、悲鳴を上げた。


「くそっ。お前、さっきから何なんだよ。イッてぇな、バカ猫!!」


 ストレスにまみれた怒声が、夜の闇に響く。

 そのおかげで、ようやく咲綺さんが反応を示した。


 よしっ!


 咲綺さんはスマホの指を止めてこちらを向くと、驚いて目を丸める。


 男が手にするナイフに気付くと、今度は咲綺さんが「キャアーッ!!」と甲高い悲鳴をあげた。

 声は、静かな住宅地に響き渡った。


「てんめえっ!」


 男は予定が狂ったことに激怒すると、足で思いきり、マメの胴体を蹴り飛ばした。

 マメの体は勢いをつけたまま、ブロック塀に激突する。瞬間、ビリビリっと、どこかの回線がショートするような感覚を覚えた。


 続けて男は、開き直ったように、咲綺さんへ向かって走り出す。

 右腕を高く上げ、手に持つナイフを振りかざしている。



 咲綺さんっ!!



 僕の手足はもう、いうことをきかない。

 電気系統の故障で、声も出せない。

 視界にも、ノイズが入る。



 誰かっっ!!!


 誰か咲綺さんを、助けてっっ!!!



 僕は、心の中で叫ぶしかなかった。




 ―――――――――と、その時だった。




 その声が届いたのか、突然背後から、1人の男性が現れた。


 男性は勢いよく男の背中に飛びかかると、両腕で羽交い絞めにする。

 しかし男の激しい抵抗に合い、2人はもみ合いになった。

 男性の方が背は高いが、男の方が筋力は上のようである。

 男は男性の腕を力づくでほどくと、手にするナイフを縦に振り下ろした。そのナイフが男性の腕を切り裂き、ビュシャっと血しぶきが飛ぶ。



 僕は身動きが取れず、ただただ呆然と眺めるしかなかった。



 血が………。


 恐ろしい光景に、男性が刺されてしまうのではないかという、恐怖に襲われる。


 …やめてくれ………。



 2人がそうこうもみ合っているうちに、男の怒声と咲綺さんの悲鳴を聞いた隣家の人々が、何事かと住宅の窓を開け始めた。

 2階の窓から、様子をうかがう人もいる。

 すぐ側の家の窓からは、年配の男性が、「何をしている!」と叫ぶ声が聞こえた。



 相田あいだ家の人々も、娘の悲鳴を聞いて、慌てて玄関から出て来ていた。


「咲綺!!」

「パパ!」


 咲綺さんは父親の元まで走って行くと、怯えながらギュッと体に抱き着く。

 手にしていた傘が、地面に落ちた。


 父親の足元には、動く白い影も見える。

 ルナだ。



 ―――――ルナ……。



 ルナは辺りをキョロキョロし、離れた塀の下で転がる僕を見つけると、驚いて尻尾を膨らませた。目が合うと、父親が止める声も聞かず、ニャンニャン鳴き声をあげながら、一目散に駆け寄って来る。




 再び、僕は男性と男の方へ目を向けた。

 男性はなんとか、黒づくめの男に覆いかぶさり、動きを封じるのに成功しているようだった。

 男は近隣住民からの目にひるんだのか、観念して力を抜き、大人しく抑え込まれているみたいである。こちらへ近づいて来るパトカーのサイレンの音も、耳に入っているのかも知れない。



 よかった………。



 ひとまず安堵する。

 突然現れた勇敢な男性のおかげで、咲綺さんは無事、保護された。

 まさに、正義のスーパーヒーローだ。


 そのカッコいい姿が、僕の目に焼き付いた。


 ただ残念ながら、男性の左腕からは、赤い血が滴り落ちている。

 結構、深く切られたみたいである。

 大丈夫だろうか。




 心配の目を向けていると、男性の顔が、僕の方を向いた。

 僕は男性と、目が合った。




 この人は―――……。




 しかしそこで、電力が失われるように、映像がプツリと途切れた。

 目の前が、真っ暗になる。


 



 あれは――…。









 ―――――――――――………父さん……?



 なんで、こんなところに……。

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