届かないはずの通知
怪物イケダ
届かないはずの通知
県境にある廃村を目指して、僕は山道を歩いていた。
道中に電波塔はなく、スマホの画面はずっと「圏外」のままだった。
なのに、通知音が鳴った。
《メッセージを1件受信しました》
ふいに冷たい汗が背中をつたう。
バッテリーが切れかけたスマホの画面には、見覚えのある名前が表示されていた。
「奈央」
一年前に亡くなった恋人だった。事故だった。
奈央は一人で山に入って、崖から落ちた。
僕がこの廃村に来たのは、彼女が遺した写真の場所を確かめるためだった。
なのに、なぜ——今、彼女から?
メッセージはたった一言。
「きたの?」
手が震えた。冗談か、何かのバグか。
けれど、スクロールするとさらにメッセージが続いていた。
「なんども言ったのに」
「こないでっていったのに」
画面が暗転し、次に開いたときには画像が添付されていた。
廃村の門。倒れかけた鳥居の前に、今まさに僕が立っている——その背中が写っていた。
撮った覚えはない。
振り返っても、誰もいない。風の音だけが、ざわざわと耳をなでる。
通知が鳴る
「もう終わりにして」
呼吸が浅くなる中、僕は村の奥へと進んだ。
そこには奈央が撮った最後の場所、古びた校舎があった。
さっきのメッセージをスクロールする。
「ちかづくと、戻れなくなるよ?」
「おぼえてないの? あの日のこと」
足を踏み入れると、埃と土の匂いが鼻をつく。
体育館の裏手にある、割れた鏡の前で僕は立ち止まった。
ここも、奈央の写真に写っていた場所だった。
そこでまた、通知が鳴る。
「いっしょにいたのは、だれ?」
「しってたんだよ、最初から」
息を呑む。鏡の中の自分が、わずかに揺れた。
そして、割れた鏡の表面に、指でなぞったような跡が現れる。
「いまさら遅いよ」
心臓が爆発しそうだった。振り向いちゃいけない。けれど、背中に息を吹きかけるような気配がある。
我慢できず、僕は振り返った。
何も、いない。
ただ、あの匂い——奈央が使っていた柔軟剤の、懐かしい匂いがした。
そこで意識がふっと遠のいた。
* * *
目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
近くの登山者が、倒れていた僕を発見したらしい。
警察は「幻覚を見ていたんだろう」と言った。廃村は立入禁止区域で、危険が多いらしい。
でも、スマホの通知履歴には確かにメッセージが残っていた。
「きたの?」
「なんども言ったのに」
「こっちに来ちゃだめ」
「もう終わりにして」
「ちかづくと、戻れなくなるよ?」
「おぼえてないの? あの日のこと」
「いっしょにいたのは、だれ?」
「しってたんだよ、最初から」
「いまさら遅いよ」
並んだメッセージを"縦読み"して、僕は凍りついた。
——きなこもちおいしい。
スマホの画面に最後の画像が表示された。
僕の病室のベッドが写っていた。
そして、すぐそばに。
笑っている奈央が、確かにそこにいた。口にはきな粉がついていた。
届かないはずの通知 怪物イケダ @monster-ikeda0407
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