クローバー
日に夜
🍀
世の中にはつまらない間違いが溢れている。
例えば、私の口から出る言葉とか、目つきとか指先の動きとか。今もこうして、駅前を歩きながら、彼が手を繋いでくれていて嬉しいのに。私は「手が汗ばんでるよ」って嫌味のようなことを言っちゃった。
「今日はほら、暑いから。四月なのに二ヶ月先の気温だって言っていたからさ」
彼はそう言って、そっと私から手を離した。
何でこんなこと言っちゃったんだろう、って私はしょんぼりする。寒いのが苦手なのに、冬は良かったなんて思っている。寒さを理由に、彼にぴったりくっついてみたり。冷たい手を握って温めて欲しいって、我儘任せに言えたりしたから。
「マシロちゃんさ日焼け止め、塗っているの?」
彼が私の頬を撫でる。私は嬉しいのに、ぷうと頬を膨らませた。
「もちろん、この時期は紫外線が強いからね。どうしてそんなことを聞くの?」
あぁ。私の話し方、もう少しどうにかなんないかな。会話不細工だ。私は眉を寄せる。イライラしちゃう、せっかくのデートなのに。
「最近学校の女子達が、朝教室で日焼け止めを塗っているのをよく見るから。手とか足とか……」
彼と私は違う高校に通っている。だからデートは、出会いのきっかけだったバイトの前後か、週末になりがちになる。
他の誰かと浮気なんて考えたくは無いけれど。彼は姉と妹に挟まれた男子なせいか、女子との会話が上手い。こんな私とも、途切れることなく話題を出してくれるくらい。信じているけれど、少し心配になっちゃう。
「ヤだな。他の女の子を見てる、シオン君」
彼に聞こえないくらいの声で呟く。私はすぐにやきもきしてしまう自分にうんざりしていた。
もっと可愛くなれないかな。このままだと、来年は花粉症で涙目のシオン君も見られないし、少し汗ばむ夏の浴衣姿も水着も——経験出来ないまま別れるかも知れない。
私は何だか悲しくなってくる。このデートが最後になるかもしれないって。
「マシロちゃん、泣いてるの!?」
彼が自分のポケットからティッシュを出して、私の目の下をとんとんと拭いてくれる。さっき改札口を出て、しばらく歩いたところで綺麗な大人の姉さんが配っていたやつ。
「さらに悲しくなってきた」
私の心の声が漏れている。
「何の涙なの?」
彼が困った顔で、でも何だか楽しそうにしていて、今度はちょっと腹が立ってくる。
「どうして笑ってるの、シオン君」
「そう言われると分からないんだけど。強いて言えば、マシロちゃんが可愛いから?」
私は拍子抜けして、思わず手に持っていたパステルピンクの鞄を落としてしまう。
「私たちってもしかして相性が悪いのかな」
多分今の私はこの世の終わり、みたいな顔をしている。彼が「あらあら」と言いながら鞄を拾ってはたく。いつも思っていたけれど、彼とは全く話が噛み合っていないような気がしていた。彼はよくニコニコしていたし。私はこんな風に、急に怒ったり動揺したり。
学校、バイト、そして恋人という日常の三代要素のひとつが欠けてしまうのは辛い。体が弱くて、小学校にあまり通えなくて、私には友達がいなかった。
中学生になって、体も良くなってきて、他の子たちと同じように過ごせるようになった。仲良くしてくれる友達が出来て、高校生になってからは憧れていたバイトや恋愛が成就した。すごく嬉しかった。
シオン君は私が今までに出会った中で、一番優しい男子だった。私のことは最初、歳の離れた小学校低学年の妹と同じように扱っていたようだけれど。
「少し落ち着いてきた? マシロちゃんが好きな、苺のパフェを食べに行こう」
彼は手をズボンの横で拭いてから「やっぱり手を繋ごう」と言って、また私に触れてくれた。うんと頷いて、私は彼に体を寄せる。たくさん不器用がある私に優しい。バイト先でも「マシロちゃん、頑張ってるね」って声を掛けてくれる。とっても好き。
苺のパフェを食べた後、お買い物をして、映画を観た。映画はゾンビが出てくるホラー物。久しぶりの続編がこの春上映だって聞いたから、去年からずっと待ち遠しかった。私はホラーが大好きなのだけど、女友達は誘いにくくて。彼を誘ったら、ちょっと間があったけれど「いいよ」って言ってくれた。
あのちょっとした間、というのが、こういう事だったんだ……と私は今体感している。
「ごめんね、ずっとマシロちゃんの手を握ってしまって。情けないよね」
シオン君は顔が真っ青だ。
「ホラーが苦手だったんだね」
「うん。小さい頃に姉ちゃんがお化けのお面で驚かしたり、ホラーゲームをリビングで大音量でプレイしたりしてて。あの頃と違うから、いけるかなって思ったんだけど。映画館で観る迫力が凄すぎた」
私は彼の頭を撫でてあげた。
「頑張ったね。それから、気付いてあげられなくてごめんなさい」
「マシロちゃんの前では、格好良くいたかったんだ。俺が言わなかったのが悪いんだ。気にしないで」
まだ顔色は良くないけれど、私を見て微笑んでくれた。
「どこかで休もう」
私はそう言って、良いところは無いかな……と考えた。この近くに公園があった、何度か行ったことがある。
シオン君の手を取って、誘導した。徒歩で三分くらい。私は今日の出来事を頭の中でぐるぐると考えていた。彼はそんな私の後ろ姿を見つめているのか、視線だけを感じる。
昔よく遊んだ滑り台、ブランコやシーソーも見えてきた。入り口には白詰公園と書かれている。
公園に着くと、彼をベンチに座らせた。
「私飲み物を買ってくるね、いつもので良いかな?」
「うん、ありがとう」
最近はあまり来ていなかったけれど、子供の頃はママやパパと遊びに来ていた。疲れたら、公園を出てすぐの所にある自動販売機でジュースを買ってもらった。
私はシオン君の好きなブドウ味の炭酸と、オレンジジュースのボタンを押す。取り出し口から二つの飲み物を取って、小走りで公園に戻る。
「お待たせ」
そう言って、買ってきたブドウ味の炭酸を彼に渡した。
「ありがとう、マシロちゃん」
シオン君が缶を開けると、プシュと音がして、中の炭酸が勢いよく飛び出した。
「おっと」
慌てて彼は避けたので、服は濡れなかった。けれど、手はぐっしょりだ。
「ごめん」
私は慌ててパステルピンクの鞄から、ポケットティッシュを取り出した。シオン君のベトベトになった手を拭きながら、私は自分の不甲斐なさに悲しくなっている。
幸い、公園には水道があって、手を洗うことが出来た。私はゴミを片付けながら、シオン君の顔を見られずにいた。あんなに噴き出しちゃったから、ジュースの中身は半分くらいに減ってしまったと思う。私の心も缶の中身と同じ。すっかり自信を無くしている。やっぱり失敗ばかり。頑張れば頑張るほど、空回りしちゃう。
シオン君は私に「ありがとう」と言ってくれた。ほとんど入っていないはずのジュースを、ゆっくり飲んでくれている。
彼は優しい。それが時々苦しくなる。私は気まずいのもあって、ベンチの隣に戻れなかった。
手持ち無沙汰になってしまって、辺りを見渡していると——公園内の一角にシロツメクサが広がっているのを見つけた。子供の頃、ママと一緒に花冠を作った記憶がある。作り方は覚えている。作ってみようかな。
しゃがみ込むと、シロツメクサを二本根元から摘んだ。両手に一本ずつ花を持ち、右手に持っている方が上になるようにしてクロスさせる。下の茎にくるっと絡ませて、絡ませた部分を花に寄せていく。
左手に茎をまとめて持って、三本目のシロツメクサを摘んだ——先ほどと同じようにクロスさせて、絡ませて、絡ませた部分を花に寄せる。そうそう。こんな感じ。
花冠作りは得意だった。「上手だね」ってママに褒めてもらえたから。もっと綺麗に作れるように、シロツメクサの白い花を見つける度に作って、練習したから。
私は黙々とシロツメクサを摘んで、編んでいく。こんなものをいくら上手に作れたって、私の日常には何の役にも立たなくて、どうしようも無いよね——そんなことを思いながら。目の端からぽろぽろと私の感情がこぼれていく。シオン君に言われちゃう前に、私から言おう。明日から友達に戻ろうって。これ以上は迷惑をかけたく無い。
作り終わると、彼のいるベンチに戻った。
「久しぶりに作ってみたの」
出来上がった花冠をシオン君に見せてみる。
「すごいね。マシロちゃん、器用だね」
「不器用だよ。私は花冠しか作れないの」
私は自分のつま先を見た。これから言わなくちゃいけない言葉を頭に思い浮かべただけで、また目が潤んでしまいそうになる。
シオン君は少しの間黙っていたけれど、ベンチから立ち上がって、私の方へと歩いてきた。私の手を取って、シロツメクサが広がっているところへ優しく引っ張った。
「俺にも教えて。どうやって作るの?」
座った彼が、私を見上げる。今の私、どんな顔をしているのかな。自分でも分からない。
「いいよ」
出来るだけ笑顔でいよう。私は隣に座って、編み方を教えてあげた。
シオン君は力が強すぎるのか、花のチョイスが悪いのか——茎が短かったり、途中で折れてしまったりした。それでも失敗しながらも、小さめの王冠を作り上げた。
「出来たね」
私達は顔を見合わせた。おかしいことなんて無いけれど、不思議と笑いたくなった。
「失敗しちゃうマシロちゃんも、好きだから。一緒にいられるだけで、嬉しいから」
彼はそう言って、周囲を見渡してから、私の頬にキスをした。
「後で誰も居ないところで、抱きしめても良い?」
悪戯っぽい顔で、私の様子をうかがうように見るシオン君。私の前でだけ時々見せてくれる顔——好き。
私は単純だから、悩んでいたはずのことをもう忘れちゃっている。つまらない間違いが溢れていても良いじゃん。間違って、つまずいて、それで学んで直して。私はそうやって成長していくんだって思い始めている。
シオン君が好きでいてくれていたら、私はそう思えるよ。
クローバー 日に夜 @hiniyoru
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