■2■ 10月15日(水) 花園アソート

 優しい陽射しが満ちた屋上に、午後の穏やかな風がさらさらと流れていく。


「天高く馬肥ゆる秋……だねぇ」


 澄み渡った青空を見上げながら、真知子はしみじみと言った。


「さて、役割を終えた花園学園放課後七不思議調査隊……花園アソートの解散式でもやりましょうか」


 そう言って、真知子は右手を前に差し出した。


「みんなもどーぞ!」

「うん?」

「ほら、青春スポーツものでよくやるアレ、円陣組んで手を重ねてやるアレだよ、アレ!」


 真知子が何をやりたいのかは分かった。正式名称が何て言うのかは知らないけど。


「いいけど、アレって試合前とかに気合い入れるためにやるもんじゃねーの? 解散する時にやるか?」

「細かいことは気にしないの! 私が今やりたいからやる、それだけだよ」


 相変わらず、唐突に何かをやりたがる真知子だった。


「まっ、別に減るもんでもねーしな。いっちょ、やっとくか」


 和十は軽い口調で言うと、動きも軽やかに真知子の手の上に自分の手を重ねる。


「それじゃあ……」


 僕も和十の手の上に自分の手を重ねた。


「なんかいいですね、こういうの」


 最後に寧音が遠慮がちに手を乗せた。


「そこに隠れてる人も一緒にやろうよー!」


 開きっぱなしの屋上出入口に向かって、真知子が大きな声を上げた。


「……私のことはお気になさらず、どうぞ先輩方だけで続けてください」


 そう言いながら屋上に出てきたのは、幸恵ちゃんだった。扉に少しもたれかかりながら、ゆっくりと後ろ手に出入口の扉を閉める。


「そんなこと言わずに。一緒に頑張ったんだから、ねっ?」


 真知子は幸恵ちゃんに笑いかける。


「私は真知子先輩と違って、最初から最後までずっと先輩方がやってたことに反対してた立場ですし」

「でもよ、最後の死神の時も自分から助けに来てくれたじゃねーか」

「あれは自発的に行ったわけではなく、真理先生が背中を押してくれたから行けただけですし。それに結局私がやったのは、ほんの少しの足止めだけでしたし」


 表情なく淡々と言う幸恵ちゃん。


「いや、そのほんの少しが値千金だったよ」


 あの時間稼ぎがなければ、僕も寧音も助かっていなかっただろう。


「賢君の言う通りです。それ以前にも度々助けていただきましたし。是非、幸恵さんもご一緒してもらえると嬉しいです」


 寧音は余ったもう片方の手を、幸恵ちゃんに向けて差し出す。


「んっ……」


 寧音に誘われて、少し恥ずかしそうな表情を見せる幸恵ちゃん。こんな表情は初めて見た。


「……分かりました。今回だけですからね、桂木先輩」


 言いながら幸恵ちゃんは静かに近寄ってくる。


「桂木先輩ではなくて、寧音先輩。ね?」


 おっと、これは寧音も積極的にいくなぁ。


「……はい、寧音先輩」


 そう言って幸恵ちゃんは寧音の手に指先をそっと重ねた。


「ありがとうございます、幸恵さん」


 寧音が言うと、幸恵ちゃんは無言でこくりと頷いた。


「それじゃあ準備はいいかな? 花園アソート、ここに正式解散します! せーの……」


 真知子が声を張り上げる。


「ちょっと待て」

「っとと! 和十、急に何?」


 タメを作った手が勢いを解放する先を失い、真知子は体勢を崩した。


「いやぁよ、せっかくこうして幸恵ちゃんが参加してくれてるのに、ただ解散するだけってのは寂しいっつーか……」


 和十はうまく考えを言葉にできないらしく、歯がゆい表情を浮かべる。


「……確かにそうね。和十の言いたいことは、よーく分かったよ」


 真知子は言いながらうんうんと頷く。


「それじゃあ、こうしましょう」


 真知子は一度差し出した手をいったん引っ込めた。


「私達四人での花園アソートは解散。そして、さっちゃんも含めた五人での新生花園アソートの結成! これでどうかな?」

「いいと思います」


 寧音が真っ先に同意する。


「僕もいいと思うよ」

「それそれ! 俺も異議なし!」


 幸恵ちゃんに目をやると、重ねた手を引っ込めて考え込む仕草を見せた。


「花園アソートというのは、花園学園放課後七不思議調査隊のことですよね? 七不思議は全て解決したのに再結成して、いったい何をやるんですか?」


 そう言って幸恵ちゃんは真知子を見る。この流れでも雰囲気に流されず、冷静に活動内容を確認する幸恵ちゃん。流石だな。


「んー、今はまだ分かんない。でも七不思議とか関係なくさ、何をやるかはこれから一緒に考えていこうよ」


 あっけらかんとして真知子は言った。


「……相変わらずですね、真知子先輩は」


 そう言って小さくため息をつくと、幸恵ちゃんは改めて寧音の手の上に自分の手を重ねた。それを見た寧音は、嬉しそうに微笑む。


「オッケー。再結成のかけ声はそうね……あいうえ、おー! でいこっか」

「真知子は単純だなぁ」

「即興だし、簡単で分かりやすい方がいいでしょ」


 和十に単純と言われたことを気にする素振りもなく、真知子はさらりと返した。


「私が『あいうえ』って言ったら、最後にみんなで『おー!』ね。大丈夫?」


 真知子は一人一人の顔を確認する。和十や寧音がこくりと頷く。僕も続いて頷いた。幸恵ちゃんも、ほんの少しだけ、小さく頷くのが見えた。


「んじゃ、そういうことで……」


 真知子は幸恵ちゃんの手の上に自分の手をそっと重ねた。


 新生花園アソートで、どんなことが待っているのかはまったく予想がつかない。でも、きっとそれは僕たち五人にとって、楽しい時間になることだろう。僕達の学園生活は、これからもまだまだ続くのだから。


「それじゃあ、新生花園アソート結成を祝して……」


 真知子は少しタメを作る。


「あいうえー?」

「「「「「おーーーーーっ!」」」」」


 かけ声と共に、みんな勢いよく手を空に向けて掲げた。五本の腕が青空に向かって突き上げられる。どこまでも高く澄んだ空に、僕たち新生花園アソートの元気な声が吸い込まれていった。




~Fin.~

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放課後心霊クライシス ~花園学園七不思議~ 霧南 @kiri-n-nya

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