エピローグ

「あーちゃん、進路決めてるんだっけ〜?」


 そろそろ夏休み気分も消え去った、九月の第二週。いつものように始業前、前の席の友人がことさらにダルそうに話しかけてきた。アマネはぼんやり考えていた、事象庁の屋上に急ピッチで設置された給水塔風の建物と、その中にあるブラックホールから、意識を現実に引き戻す。


「うーん、迷い中。なんか、魔法のことやってみたいなーってのは思うけど」


 けれど、机の中の進路希望調査票は空欄のままだ。


「は〜、やっぱりみんなそ〜だよね〜」


 暗い顔で言う友人の調査票も、おそらくそうなのだろう。ムリもない。世界は、変わってしまった。だが……変わってしまったところで、日常が消え去るわけではない。




 世界が一枚めくれた、とでも言うべきあの騒ぎは、結局日本政府による、魔法と、それを管理する機関――事象庁の公表、という形で落ち着いた。結果、めくれた世界はめくれたなりに、平穏を取り戻しつつあった。


 十年前から政府は魔法の存在を実証し、その研究を進めていた。だが魔法を犯罪に使われる危険性を鑑み、事象庁を設置し秘匿を続けていたが、都内在住の二人が独自に魔法の存在へたどり着き、大規模なテロを計画。事象庁はその計画を未然に防いだ。だが一般への魔法の周知が、今後も予想される魔法犯罪、テロへの抑止につながると判断し、今回こうして、ここに公表する……と、大まかな流れはそんなところだ。


 異世界の存在は相変わらず伏せられていたし、魔法の理論、特にどうすれば魔法使いになれるのか、については、不明な点も多く、また兵器や薬物の製法のように伏せられるべきであるとして公表もされていない。それもあってか、陰謀論界隈は爆発したような騒ぎだったが、概ねは、なにやら危険な新技術、として魔法を捉えていた。ゆくゆくは魔法は免許による取り扱いを目指し、今後十年から二十年を目処に立法していく、という発表も効いたのかもしれない。魔法使いはファンタジーの存在ではなく、猟師や医師、そういったものの一つになっていくのだろう。魔法について分かっていることを国連に明け渡すべき、事象庁は憲法に反している、魔法は武力に該当するのか、などの政治マターは今日もメディアを賑わせているが――高校生にはまるで、遠い話だ。


 とはいえあの日、容姿を変えていたとはいえ、バグぴとアマネの配信を数百万人が目撃したのは事実。


 事象庁の見解は以下の通り。

 昨今話題になっている当該配信については一部職員が暴走し、独断でやったこと。銃の製法を配信するようなものであり、発見次第通報、削除を求めている。また、拡散した人物についても、それと同様の対処を求めていく、とのこと。これにより二人を悪人、またはヒーローと言う人は盛り上がりに盛り上がり、ファンアートに夢小説、同人誌まで描かれオンリーイベントさえ開かれる予定。


 とはいえ、アマネ本人の日常は、変わらなかった。


 両親には一応、ルフィアと一緒にすべてを話してある。ごくたまに、アマネの声を聞いていた人物が、怪訝そうな目で見てくることはあるのだけれど、すぐに首を振る。そうでない人は今のところまだ、見ていないが……ルフィアが言うには「いたらすぐ知らせてくれ。【説得】する」とのこと。なので、あらわれなければいいな、と思いながら――




 空欄のままの進路希望調査票に思いを馳せる。




 まだまだ大学に、魔法学部なんてものができる気配はないし、かといってバカ正直に事象庁職員、と書けないし、何より大学は行きたいし、すると文学部だろうかと思うけど作家になるならむしろ、文学以外のところから色々吸収しなきゃなのでは? などとも思うし――ああ、なんだって私は世界を救ったのに進路に悩まなきゃなんないんだろう、なんかもっと、こう、なんか、なんか――


「はい席ついてー」


 教師の声と共にそんな思いは断ち切られた。

 だが、なぜか担任は一つ、机を持っていて――


「まあ、あの、急なんだけどね、転校生です、はいざわざわしないの、先生もビックリしてんだから、ちゃんとした自己紹介とかはロングホームルームの時にやってもらうとして……」


 居心地悪そうに、担任の横に立っているのは、椅子を抱えている――


春峰白はるみねはく、です。よろしくお願いします」


 なんとも困ったな、みたいな顔を浮かべている彼は――


「じゃ、春峰はー、壁際の列ね、あそこ、はい、みんな、詰めて開けたげてー」


 ざわめきと共に、新たな椅子と机が置かれ、自分の隣にその子が来て――




「……あ、よろしくです」




 なんだか妙なことになっちゃったね、みたいな笑いを浮かべて、机の上にあらわれた猫を当然のように適当に追い払い、座った。


「え、あ、うん、よろしく」


 そう答えると、自分の顔にも、なんだか妙なことになっちゃったよね、みたいな顔が浮かんだのが分かって、なんだか少し、笑いそうになった。




 追い払われた猫は、少し、机の脚で自分の背中をかき、やがて、教室後方のロッカーの上に優雅に飛び乗って陣取り、大きなあくびを一つすると、ぱたん、尻尾を一つ打つ。そこから僅かに魔法陣が飛び散ったが、教室の中でそれに気付くのは二人だけだった。

















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【耐久配信】記憶喪失の僕、魔法習得しないと出られない部屋に監禁されてます【視聴者一名】


第一部


 「量子の魔法使いと配信の騎士」



【了】






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ここまで読んでいただきまことにありがとうございます。とりあえず、バグぴとアマネのお話はここで一段落です。もし少しでも気に入ったり、続きが読みたかったり、そんな感じであれば是非是非、フォローやいいね、☆をポチッと押してもらえると助かります。感想・ツッコミ・「読んだよ」だけでも、大歓迎です!

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【監禁配信】記憶喪失の僕、魔法習得しないと部屋から出られません【視聴者1名】 阿野二万休 @old_town_city

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