もしも白雪姫の継母が林檎を売るのがヘッタクソだったら――
秋野てくと
鏡よ鏡、世界で一番セールストークが上手いのは誰?
白雪姫が毒林檎を食べてくれません。
どうすればいいでしょうか?
……え、私ですか?
申し遅れました。王妃です。
世界で一番美しい女――とでも言っておきましょうか。
ああ、電話を切らないでください。
ええと、営業部の佐々木さんでお間違いないですよね?
世界で一番セールストークが上手い方と聞きました。
……はい。ええ。そうなんですが。
誰っていうか……その、鏡に聞いたんです。
――「魔法の鏡」っていうのがありまして。
マンガの話じゃないですよっ!
佐々木さんはご存知ないかもですが。
あるんです、魔法のアイテムッ!
詳しく説明しますと――
調べたい条件を設定した上で「鏡よ鏡、世界で一番〇〇なのは誰?」と質問すると、その人物の顔と名前を教えてくれるという便利なアイテムなのです。
はい、そうですね。
いや、ChatGPTよりは信用できますよ。
Googleみたいなもんです。ざっくり言うと。
こちらの鏡で「世界で一番セールストークが上手いのは誰?」と検索したところ、佐々木さんがヒットしたのでご連絡させていただきました。
で、話を戻しますね。
白雪姫っていうガキがいるんです。
私の娘でして。
名前が白雪、姫は役職です。
はい、私が王妃だから、娘は姫になります。
それで……はい! そう、毒林檎。
白雪姫に毒林檎を食べさせたくって!
……はい。…………はい。
いや、違うんです。
娘と言っても血は繋がってない方で。
義理の娘ですね。
だから、別に死んでもいいというか。
白雪姫は主人と前妻のあいだに出来た子でして……主人が死んだ後の王位継承権のことを考えると、どちらかというと積極的に殺したい方なんです……いや、まだ私の子供はいないんですが……ええ、頑張ります……いけますよ、私は世界で一番美しい女ですものっ!
どこまで話しましたっけ?
そうそう、毒林檎!
佐々木さんにアドバイスを頂きたいんですよ。
毒? ああっ……。
使用する毒については問題無しです。
硝酸ストリキーネっていう、致死量が軽めだけどたっぷり苦しむタイプの毒を用意させましたから。
反射的に吐いたりしても、呼吸困難でまず助からないらしくて。
えっ?
ええ、ええ、わかってます!
佐々木さんに毒を頼みたいわけじゃないですよう。
殺人のプロじゃなくてセールスのプロですものね?
セールス――そろそろ本題に入りましょう。
佐々木さん。
まず、白雪姫を殺す手口を説明しますね。
あのガキは今、森で暮らしてるんですよ。
はい、みんな男です。
……どうでしょう。そういう男女の関係とかではないかと。
相手は小人ですしねぇ。
あの子、ああ見えて面食いだし。
若者のルームシェアみたいな感じなのかな……。
ま、いいか。それはおいといて。
七人の小人はみんな社会人なんで平日は働いてます。
んで、白雪姫は基本的に留守番。
その隙を狙って、林檎売りに変装して訪問するわけですね。
あの子、林檎がすっごい好物なんです。
ほっといたら冷蔵庫に入れてた分を全部食い尽くすから、よくケンカになって……いや、そんな理由では殺さないですよ!? もっとちゃんとした動機があります。もちろん。ちゃんとしてますもの。……白雪姫を殺す動機ですか? 秘密ですッ!
こほん。
で、私が白雪姫に特別な林檎を売るんですよ。
注射針でたっぷり硝酸ストリキーネを注入したデス林檎をね!
人を疑うことを知らない温室育ちの白雪姫は、まんまと毒林檎をペロリ!
そのまま死んで二度とは目覚めない。
くくくっ。あーはっはっは!
「世界で一番美しい女」の称号は私のものだッ!
――と、いう完璧な計画だったのです。
ところが……はい、問題がありまして。
白雪姫、林檎にめちゃくちゃうるさいんです。
成城石井で一番高かった林檎を買っていったのに、やれ色が悪いとか、ツヤが無いとか、しなびてるとか、旬じゃないとかグダグダと……。
佐々木さん、知ってました?
林檎のおしりって、くぼんでる方が美味しいみたいですよ。
とまぁ、こんな感じで毒林檎を受け取ってもらえなくて。
そこで佐々木さんにお電話させていただきました!
ズバリ、毒林檎を売りつけるテクニックを教えてもらいたいんです。
セールスマン特有のスキルがあるじゃないですか。
ミラーリング効果とかドア・イン・ザ・フェイスとか!
ああいう必勝法を教えて欲しいんですよ!
……いやいや、あるでしょ。
必勝法も無しに「世界で一番セールストークが上手い」人間になれるわけがないじゃないですか――絶対あるはずですよ――だから、佐々木さんに連絡したのに!
ひょっとしてぇ。
商売道具だからってテクニックを隠してませんか?
佐々木さん、王妃である私をナメてます?
いくら私が世界で一番美しい女だからって、油断しちゃダメですよ!
その気になれば佐々木さんの首を刎ねることだって……
…………っ!
ううっ。
そ、それは。
……は、はい! 復唱します!
「自分が心から良いものだと信じた商品だけをセールスすること。製品の品質には徹底的にこだわること。良さを見極めて、自分の言葉でプレゼンすること。セールスマン自身が価値を信じていない商品を、お客さんが欲しがるはずがない」
でも……そんなこと言ったって。
私、良い林檎の見分け方なんて知らないし。
林檎売りなのは見た目だけで、
実際は素人なんですもの!
……えっ、詰め合わせセットがあるんですか?
なるほど……農家の方が厳選した果実を定期便で送ってくれるなら、わざわざスーパーに買いに行かなくても、旬の美味しい果物だけが自宅に届くわけなんですね。
ええと、そうですね……。
林檎以外だと、あの子はマスカットも好きですよ。
シャインマスカットもあるんですか!?
実は私も好きなんです!
うーん。
月額料金っていうと、サブスクみたいなもんですか。
サブスクをこれ以上増やすのはなぁ。
それに……お高いんでしょう?
――3割引ぃ!?
はい、なら年契約します!
6年契約……まぁ、割引率を考えたらそっちの方がお得ですものね。
はい、はい!
じゃあ、芳醇とれたてパックの方でお願いします!
住所は……はい、王宮で。
うふふ。
佐々木さんに電話して良かったぁ♪
これなら毒殺もいけそうだし。
余った分は主人と一緒に食べることにしますね~。
あっ。
佐々木さん、わかってると思うんですけど。
今日の電話の内容は他言無用でお願いしますね?
マスコミやSNSに流したら死刑ですからっ!
じゃあ、本日は失礼します。
佐々木さん、ありがとうございましたっ♪
ガチャリ。ツー、ツー、ツー。
(めでたし めでたし)
もしも白雪姫の継母が林檎を売るのがヘッタクソだったら―― 秋野てくと @Arcright101
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