矛盾とは⑤
「なぁ商人さん」
人混みの中から、誰かが声を上げた。
「はい、どうしました?」
「その盾を、その矛で突いたら、どうなるんだい?」
商人は、それに対する答えを持ち合わせていなかった。
────
「───!」
誰だ、人が気持ちよく眠っている時に。
「楚博士!起きてください!」
「おー、起きたよ」
「まったく、こんなところで寝たら風邪ひきますよ」
夢を見ていた気がする。
その夢で私は、矛と盾を売る商売をしていた。
なんでも貫く矛と、なんでも防ぐ盾……
まるでホコブデンとタテウム3みたいだな。
そんな詐欺紛いの商売をしていると、ある男が声を上げた。
その盾を、その矛で突いたら、どうなるんだい?
……その手があったか。
こんな時、何と言えばいいのかわからない。
無意識のうちに口から出ていたのは、古代ギリシアの数学者、アルキメデスの言葉だった。
「ユリイカ!!!!」
私の叫び声を聞いて、別室へ向かっていた助手が引き返してくる。
「どうしたんですか博士。寝ぼけてるんですか?」
「違う!ペンだ、ペンを寄越せ!!」
訝しげな顔で私を見る助手の胸ポケットから、ペンを奪い取る。
紙を探す時間が惜しい。
はやく、早くこの理論をアウトプットしなければ。
私は助手から白衣を剥ぎ取り、それを紙代わりに数式を書き出した。
「───そうだ。タテウム3に、加速したホコブデンをぶつける。そうだ、それでいい」
それから1時間。
私は夢中になって数式や設計の草案を書き連ねていた。
やはり、こういう物理的な記憶媒体も悪くない。
余白の終わりまで後僅かと言った所で、私は頭の中にある全てを書き出すことができた。
「気は済みましたか」
「───ああ、充分だ。ところで君、なんでそんなに薄着なのかね?」
「……誰のせいだと思います?」
───こうして出来上がったのが、私の開発した超光速航法、通称ムジュン・ドライブの基礎理論だ。
あれから10年が経ち、ついにムジュン・ドライブは形を成した。
これを搭載し、光を超える速さで進む、有人宇宙船。
来年の今頃、この船は外宇宙に向かって旅立つこととなっている。
この船の名前は、私が付ける事になったわけだが……
実は既に、名前は決めていた。
この船の名前は────
『矛盾』
──矛盾とは、楚博士の開発した“ムジュン・ドライブ” を搭載し、2225年に就航した世界初の外宇宙探索用宇宙船の名前である。
矛盾・バース こーいち @Booker1246
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