ブラッド編

CUBE

 CUBE

 

 箱の中でその命は生まれた。

 遡ること数億年ほど前、とある生命体が文明を築き上げた。

 赤色銀河片の中でも大彗星【アロードナップ】の影響を受けたその星の文明は彗星が落っことしていったあるものを拾い上げた。

 それはやがてキューブと呼ばれるようになった。四角い形状のそれは星の奥深くに眠る石と同質の物であったが明らかに加工されておりもっと大きな文明の遺物でないかと言われた。

 そのキューブは特殊な物だった。まずキューブの壁面を一つ剥がしてみれば中には、虹色の幕があり覗いてみれば別の宇宙が見えた。その文明は覗き見る宇宙の色から様々な叡智を得られた。

 キューブも福音によりその文明は万年、億年先の絶対的な力を得ていった。やがて並行世界の観測に加えてエネルギー交換も可能になっていったその文明。とある発見をする。

 それはキューブの内面にただただこびりついていたカビのような物だった。ちっぽけなただただ命の形だった。文明はそれをシモベとした。シモベの一族は血の一族と呼ばれて赤黒い液状の生命体だったが急速に増殖させて智慧を宿すことも可能だった。文明はそれに三つの力を与えた。一つは弱々しい液状の肉体を急速に増殖させて外殻を得られる加速炉と呼ばれる物。もう一つは宇宙の知恵を内包した情報記録体、そしてキューブへのアクセスを可能とする器を与えた。

 血の一族はやがて、王を作った。王は血の一族を従えて文明と共に星の利益を見ていた。だが血の一族はやがて三つに分かれた。キューブの利益を文明から簒奪して自らの種族の星を作り上げようとするルベル派閥、文明とともに生きて銀河の果てにあるとされる大彗星の源へ行こうとするエキリ派閥、そして一番厄介なキューブと全てを我が手に締めて全てを支配し破壊しようとする悦のたねの個人勢ワクサクル。これら血の一族と文明の内紛は一年で終わった。一年で終わらずを得なかった。

 ある一族の末弟がキューブの核に触れてキューブに内包されていた幕を解放。すべてを実現する力が解き放たれた結果、宇宙に遍くある実在が崩壊して全ては実現することはなく赤色銀河片の一部は地図にも記憶にも光にもなくなった。記憶にもない世界はないものと同じ、闇の通り路とまったく同じになったそれは誰にも知られることはなくキューブも宇宙の何処かへと消えていってしまった。

 キューブはどこへ消えたのか誰もわからない。

 

 アステロイドベルト。宇宙の塵溜めで戦闘の光がポツポツと。アステロイドベルトを自由自在に縫うように舞う紅光とそれを追う黒い雲。紅光は閃光と共に光の鞭を展開すると黒い雲を破壊していく。雲の内部には古典的な無人駆動型の機械蟲が入っていた。

 紅光は光の鞭を使ってアステロイドを弾いて有る一点に岩体を落下させる。すると宇宙の黒に溶けていた大きな機械が浮かび上がっていく。それは何処か遠くの惑星が作り上げた無差別兵器の自動惑星。中に構成された独特の機械生態系から生まれる生物兵器は宇宙にある文明を食い尽くそうとする。多くの恒星間文明同士の条約上では禁止となった禁忌の兵器。紅光は鞭をしまって自動兵器の内部へと潜入していく。

 紅光は自動惑星の内部に降り立つと光の外壁を解いてその肉体を露にする。軟体生物のようで外骨格を持ち赤い目に黒い体液.....血のような不定形でありながらそれは魂を持っていた。

 自動惑星の中心部には全ての動力の源が光っていた。そしてそこから黒い雲に包まれた蟲が無限に湧いてくる。紅光の主、血の一族の戦士は蟲を全て叩き落としていく。プロミネンスのように舞うそれは血の一族の腕であり捨てやすい物だった。時折り光より早く動く触手は赤い軌道を描きながら蟲を全て破壊していく。速度と重さで生まれる威力は物体を正確に破壊したり切断することが可能。

 戦士は蟲を全て払うと動力源に向かって飛び出した。動力源に近づくと戦士を払い除けるように大きな腕が現れ戦士を叩き落とす。階層を三回ほどぶち抜いて落ちた場所に腕の主も落ちてくる。昆虫型の機械の怪獣。自動惑星の守護者だった。機械と生物の二種特性を持つこの兵器は王個体が配下である下侍個体に卵を量産させて無数の軍隊を用する。今戦士の前に立ち塞がっているのはまさにそれだ。

 王個体は戦士に向かって巨躯を生かして踏み潰そうとするが既に戦士はなく、赤い軌道は王個体の背後に移動して描かれていた。戦士は触手をひとまとめにして流星のような速度で王個体の身体を砕いていく。王個体の肉体は血の一族の流体スクリューで粉々に破壊されていって機能を停止していった。王個体の死とともに狂った蟲たちが一斉に戦士を喰らおうと向かってくる。だが戦士は胸の加速炉を露出させて自分の肉体を異常増殖させてエネルギーに変換して一息に放っていく。赤い閃光は自動惑星を内部から破壊していく。破片の一つから紅光が抜け出していく。

 あの戦士は既に多くの戦闘を経験している。星を砕き命を砕き、血の一族の本能に従順だった。宇宙すら生身で突き進めて、永遠を生き続ける。惜しむべくは、あのキューブから覗ける色彩が存在しないこと。戦士は、キューブを探していた。

 

 さてそんなこともつゆ知らず、時は流れるもの。

 ここは銀河外縁のダヅ星系。ここは流浪の民や多くの逃げてきた星の民が各々の出自を問わずに生活している移民の星。経済圏からも遠く離れて文明レベルもまちまち。星系内部の惑星ごとに自治区が制定されている。

 そんなダヅ星系の第四番惑星、イロハ。ここは特に様々な種族が集っており八割の海と残り二割の一つの大陸に都市を各々で作り上げている。

 そんな大陸の外縁に存在する都市・サードアイ。船と風の街。五連装型軌道エレベーターのお膝元であるこの都市では多くの種族が生きている。

 そんな街でミハルは生きていた。稼業は探偵。と言っても半分ほどは名ばかりの何でも屋業務だ。ヒューマノイドは特に個性的な技も持っちゃいないし汗で稼ぐでしかない。

 「ったく。どこにいるんだか.....」

 今回は久しぶりに探偵業務の方であった。

 ことの発端はヒューマノイド系の移民が集中するムカエル街の古い知り合いだった。その人は骨董屋を叔父から引き継いで営んでいる人で名前はヤヒロ。ミハルの子供の頃からの付き合いであり彼女とは姉妹同然だった。そんな彼女からの依頼。

 「弟と再会したいの」

 聞けば彼女は幼い頃に生き別れた弟がいるらしい。養護園で育った彼女たちは別々の家に引き取られたのだとか。

 ミハルはとりあえず、養護園からもらった住所に向かってみた。だが既にそこは更地。入れ替わり立ち替わりが頻繁に起きるイロハでは不思議なことではない。だが追うのは多少困難になる。ミハルはサードアイの湾岸部から住所を移したという山脈側にも足を運んだが大した収穫はなかった。

 そして今、ミハルがいるのはサードアイ最大級の市場だ。陸地の大半が大陸になっている惑星イロハ。洋上の天候は軌道エレベーター建造以降安定はしていないが漁業は未だ大きな産業だ。点在する諸島の基地を経由しながら巨大な宇宙船を改造した漁船で懸命に魚を獲る。もし金に困っていればココを訪れることはあるだろう。

 ミハルは漁業組合の建物に入る。星越同舟の文化様式が混ざり合った建物内部は大概大きめに作られている。大は小を兼ねるともいうように図体がデカい種族にも適応するように。ミハルはごった返す漁業組合の中で必死に、働き口相談所の窓口を探す。窓口の担当者はイボが多めの水生型の種族だった。

 「ヒラト・クオンというヒューマノイドを探してる。職を紹介しなかったか?」

 ミハルはカウンターに呼び出し番号の札を置きながら行儀悪く座る。

 「.....さあね。一日に何人の失業者が来るかなんて三日目から数えてないからね。お答えはできんな」

 ミハルの態度に思うところがあるのか担当者は読んでた電子機器を傍に置いて神経質に喋り始める。

 「まあまあそう言わず.....紹介情報はキチンとデータベース化してるんだろう?チョチョイと検索してくれれば.....良いんだがね」

 そう言うとミハルは懐からやや折り目が強く出ている封筒を差し出す。担当者は怪訝そうな顔をしながら受け取ると、アンバランスな重みを感じる封筒をデスクの照明で透かして見てから封を切って出してみる。出てきたのは子供の小遣いほどの硬貨と市場で配られてた割引券やその他雑多な金券の類だった。担当者は様々なものを疑う目でミハルをもう一度見てみる。ミハルは笑っていた。

 

 「あーーー‼︎クソが‼︎」

 ミハルは八つ当たりがてらに市場の空き箱を蹴り壊す。あの後担当者に警備員を呼ばれてそのまま叩き出された。しかも賄賂のつもりだった封筒は返ってこず結局損をしてしまった。

 「.....ッチ.....これじゃあ今月のライフライン代も賄えやしねえ。いつもはこんなんじゃないんだがなあ.....腹が減る.....」

 ミハルは市場の中にある公園のやや狭いベンチに腰掛けて作戦を考え直す。一応まだ依頼から下りる気はないようで一丁前にコレからを考えていた。生活費のコレからではなく人探しのコレからを。

 ふと今日の聞き込みの成果を.....ヒラトの幼少期を知ってる者に聞いた話を思い出す。

 “「彼、幼少期に養父の人がやってた仕事の薬品で顔を焼いちゃってたのよねえ。大した傷じゃないからもう治しちゃってるかもだけど」”

 「顔の傷ねえ。今時、月々のお支払いで消せるからなあ。アテにできるかどうか」

 ミハルはそう呟き、なけなしの軽くなった財布を持ってみる。電子端末に入れても良いが探偵稼業にはやはり現金が一番だ。もっとも財布にその重みは存在していない。虚しくなる暇つぶしを切り上げて事務所に戻ろうとミハルは立ち上がる。その時だった。

 公園横に止まったバスから大量の多種多様な種族が降りてくる。おそらくコレから、出発する連中が乗るのだろう。その人混みの中に確かにいた。ヒューマノイドで顔に化学火傷特有の痛々しい痕が残っている長身の者が確かにいた。

 「.....お、おい‼︎」

 ミハルは公園の茂みを軽く飛び越えて見つけたヒューマノイドに駆け寄る。ヒューマノイドは止まってミハルを無関心そうに見つめる。

 「なあ.....あんた‼︎ヒラト・クオンさんかい?あんたが幼い頃に別れたお姉さんからのご依頼でね。あっ、わたしはミハル・フユキ。サードアイの私立探偵で.....」

 ミハルは捲し立てるが男はどうにもしっくりきていないようで目が合わない。

 「人違いだ。俺はヒラタではない。それでは」

 男は去ろうとするが、ミハルは手を掴んで止める。

 「ああまって。別に借金取りってわけじゃないんだ。というかこっちも懐事情やばくてお仲間ってやつ?ともかく依頼の完遂のために来てくれ.....おっ」

 いつのまにかミハルは空を見ていた。よくよく考えてみればすっ転んでいた。しっかりと掴んでた手はいつのまにか手の温もりさえ感じずに空を掴んでいた。ミハルは急いで立ち上がってみるが男は消えていた。

 「人違い.....?」

 ミハルは手に残った湿った感触を思い出す。

 

 男は、さっき会った変なヒューマノイドの女のことを思考していた。敵対心や下心の類は感じられなかったがどうやら自分のことを知っているようだった。

 男は顔の窪みをなぞり指が肉で引っかかる場所を撫でてみた。特に何もないがコレが自分を特定する内容になったようだ。ならば埋めるのが手っ取り早いだろう。まだ露呈してしまっては面倒だ。

 幸運とも言えるこの星の環境は潜伏には十分である。だからこそ、その環境を壊してはならない。男は公衆トイレの個室にある小さい鏡を見ながら確認して、胸に手を突っ込む。微々たる機械音が響いて紅光が漏れ出る。と、血のような黒いカビのような流体が指に取れて爪と溶け合っている。それを顔のくぼみに埋め込んでいく。こんなものかと馴染む顔を更に指で整えて特筆すべき違和感を消していく。骨格から変えるほど力はまだ戻っていない。

 今はただただ潜伏の時であり、ゆったりと構えることが最善であると男は判断していた。ぎこちない身体を繰りながら、トイレから出る。作業着に着替えると男は仕事場へと向かっていく。

 

 翌日になりミハルはしれっと隠し撮った、ヒラトらしき人物の写真を印刷して聞き込み調査を開始した。漁業組合ではとんでもないヘマをしたが探偵の技術自体はまだ廃れていない。

 そうして成果は出た。ヒラトらしき人物の住んでる場所が分かったのだ。

 郊外のくたびれた集団住宅。状態は最悪だが諸々の経費は格安で組合が斡旋してる安上がりな人員用の安上がりな詰め所と行ったところだった。運がいいことにそこの管理人はミハルに貸がある者だった。聞いてみればすぐに吐いた。

 「あーこの人ね。組合からの斡旋だったから名前までは聞いてないよ。入居手続きだけ済ませて三日後には真反対の基地までの漁と資源採掘に行っちゃったから話したことすらないね。一応管理人やってはいるけど名ばかりなものさ。俺はここの住人のことを何も知らない。究極の情報漏洩対策だ」

 「今まさにしてくれてるがな。んでこの男はここ最近帰ってきたのかい?」

 「.....?否。帰ってくるはずがないだろうよ。なんせこの惑星の真反対までの航海だ。出発が三ヶ月前だったし早めに終わったとしても九ヶ月はかかる航海だ。大陸揚げは遥か先だぜ?」

 管理人の言葉を聞きつつミハルは管理人に右手を差し出す。

 「.....はあ。内密にな」

 ミハルは管理人から鍵をむしり取ると部屋へと入る。一応の生体遺留物を避けるための処置はしており家探しの体制になる。男の部屋はやけに殺風景だった。ミハルはプレーンな部屋を弄るが何もない。痕跡も何も、食事を摂った形跡すらない。

 「当たりのようで.....ハズレだな」

 

 ミハルは調査の帰り道、いつもの帰り道を変更していた。

 「同業.....かな?雑な歩き方」

 繁華街の路地裏を突っ切ってフェンスを乗り越えて殺到する時間帯の飲み屋街に紛れ込んでいく。だが追ってくる足音は消えない。それどころか確実に自分を追い込んでいく。そしてミハルの左手を強く掴んで引き寄せる。それに反応してミハルは鋭い蹴りを追跡者にお見舞いする。

 「え.....?あんた」

 ミハルを追っていたのは長身のヒューマノイド。ヒラトと思われる人物だった。だがよくみれば顔が違う。火傷の音が消えていて人畜無害そうな表情が張り付いている。

 「こい」

 男はミハルを捕まえるとそのまま口を塞ぐ。ミハルは抵抗しようとするが猛烈な違和感でこの男の行動を振り解けなかった。それは山が崩れる瞬間ににていた。一つの疑念が、ただただ違和感と不快感に変わる瞬間だった。

 (この男.....体温がない?)

 この男はどう見ても自分と同じ変哲のないヒューマノイド系、基本的に哺乳類と同じ分類であり恒温動物だ。体温はあるはずだった。だがこの男にはそれがなかった。爬虫類系などの変温系や植物型知性体ともまた違う体温だった。ないのだ。生きている以上存在する動きの熱がなくただただ周りの空気と同じ温度が徹底的に真似られていた。

 

 男に連れられてミハルは倉庫の中に連れ込まれた。いざとなればいつでも逃げれるように油断はしていない。だが木が張れば張るほどに男の生物としての異常さが際立っていく。サードアイは多種多様な種族が入り混じる街であり鉱石を背負って生活するような隣人もいる場所だ。よほどのことが無ければ起きない違和感と拒絶反応がミハルの頭は感じ取っていた。

 男はミハルをコンテナ置き場に連れてくるとそこの端を指差した。震える目でその先を追う。

 そこにいたのは、以前漁業組合でミハルのチャチな賄賂を持ち逃げした担当者だった。

 「お前は、随分と運がない。もう少し感度を上げるべきだ」

 そう言うと男はミハルの顎を勢いよく殴る。反応が追いつかないほどに高速なジャブはミハルの顎と脳を確実に揺らして倒れ込ませた。ミハルは薄れていく意識の中でなんとか落ち切らないように目を閉じて耳に集中した。コンテナに背をかけて感度を上げていく。

 一方で男は担当者と向き合っていた。

 「クオンくん.....なんで君大陸にいるんだよ.....まだまだこの前見送ったばかりだろう?」

 「おれか?どうにもわからないな」

 男は首をやや傾ける。その一方で担当者は明らかに様子が異様であった。首は小刻みに震えて分泌液はタガが外れたかのように溢れている。ミハルは音だけでこの異常事態を把握していく。

 「なんで.....君は.....帰ってきてるのさ?あの海域に行ったら帰ってこれないはずなのに.....ハズなのに.....」

 担当者はボソボソ呟き始めると途端に自分の重さに耐えきれない子虫のように自分の肉体を掻きむしり始めた。そして肉体に変化が始まった。青い筋が担当者の肉体に走ると稲妻と熱エネルギーが発生して担当者の肉体は黒く泡立つ液体と共にグロテスクな見た目へ変わり果てた。

 「んじゃ.....処理しなきゃ.....じゃあないか」

 それは緑の体色の獣とかしていた。獣は肥大化した腕でヒラトを弾き飛ばしていく。ゴム毬のように弾んだヒラトはコンテナに引っかかりつつ弾んで天井を突き破っていく。

 「なんだ。大差はないじゃないか。んでは、その前に探偵から始末しようじゃないか」

 ミハルはこの台詞を聞いた瞬間、意識を通常レベルまで引き戻して逃げ出そうとするが足が痺れて立てずに目も開かない。

 「まずい.....死ねる.....‼︎」

 ミハルは後ずさるが獣の腕は振り上がり死刑執行何秒前。だが執行は取り止められた。腕が空中を舞っている。ようやっと開かれたミハルの瞳に鮮血とそれに佇むヒラトがいた。ヒラトの手には光り輝く赤い斧がいた。

 「グワ.....貴様.....なんだその力は.....私はそれを知らない‼︎」

 ヒラトは斧で更に首を狙って一発打ち込む。

 「おれも知らなかった。こんなところで知らぬ血族と出会うとは。ゆえに油断させてもらったよ。とりあえずこっちは邪魔かな」

 ヒラトはミハルを蹴り飛ばしてコンテナの上に転がす。ミハルは完全に意識が吹っ飛ぶ。ヒューマノイドの運動性能以上のパワーで蹴り飛ばされては無理もない。

 「お前は.....何者だ」

 獣は距離を取り、腕を再生させながらチャンスを伺う。

 ヒラトはゆっくりと佇む。そして胸部の発光体を徐々に光らせて紅光で全身を包み込んでいく。

 「同胞であるのに知らないか?おれは血族である.....そして宇宙永劫の者でありそれ自体が回帰すべき場所。クルッと回って一回転。違いはなんもありゃしないのさ。お前という永劫を知らない者に永劫を語る者.....さ」

 獣と同じようにヒラトは、否、血の一族の戦士は本性を表す。ヒラトの肉体そっくりそのままに加速路が増殖させた流体を纏って外骨格を整形させる。流星のようなシャープさと戦士としての筋骨さが組み合わさったヒューマノイド形態へと変化を遂げた。

 「ヴァトラフェーズ.....その1」

 戦士は獣に向かっていく。獣は警戒しつつ触腕を展開して防衛体制を取る。流星のような触腕が戦士を抉ろうと迫るが戦士は硬い外骨格で弾いて距離を詰めていく。

 「やはり、触腕程度じゃ撫でるようなものだな」

 戦士は斧を蹴り上げて獣に向かって投擲する。獣は咄嗟に避けるがその瞬間、触腕攻撃の間を縫って戦士は距離を詰め強烈な拳をお見舞いする。

 獣は地面に叩きつけられコンテナを派手に蹴散らしながら体勢を立て直そうとするが戦士のスタンピングが頭に炸裂し木の実のように弾ける。

 だが弾けた頭は徐々に再生していき元の獣の形に戻っていく。獣は咆哮を上げるとコンテナを持ち上げて戦士を叩き潰そうとする。いつのまにか倉庫いっぱいに肥大化していく獣の図体と対照的に戦士の装甲は徐々に黒い粒子に還元されていた。胸の赤い加速路も不気味な不規則点滅を早めている。

 「.....やはりまだコントロールを握れんか.....まあ良い。被ダメージレベルも許容値だ」

 コンテナを華麗に手斧で切断しつつ戦士は相手の統率場所が何処かを探す。覚えにないが同胞であるなら同胞の殺し方を行えば良い。血の一族の殺し方、幾つかある中でメジャーなのはそれの構成や肉体のエネルギー源となる加速路の強制停止だ。そうすれば肉体は瓦解していき流体に戻っていく。だがそれは採用されなかった。

 「ない.....のか?」

 同胞にあるはずの加速路やそれに準ずるもの、それどころか器や情報保存体も介在せずにその獣は存在を維持できていた。

 「どういうことだ。だが.....そうか。同胞を.....使ったのか?永劫すら知らぬ者が取り込んだわけだ。この一族を.....それでこのような中途半端な理解で終わっているのか。なら.....お前は、【可哀想】だ」

 獣はもはや素の状態を保てていない。自分で振り回しているのか自分に振り回されているのかさえも理解できずに暴れてる。

 「なら.....一時の終わりで報いよう。永劫の先でまた帰ってこれば良い。精々、数億年の辛抱だ」

 戦士は加速炉を叩いて一気にエネルギーを生み出していく。それは恒星に匹敵するようなエネルギー。血の一族の肉体を反転させて現時空間と反応させて無比の火力を生み出す。それを手斧に注いでいく。戦士は自らの肉体も加速させて重量を加えていく。

 「booooom」

 獣の図体に深く振り落とされた手斧は血の一族のエネルギーが注ぎ込まれて全てが分解されていく。獣の肉体はさっきまでの不死身さが不思議なほどに解けるようになくなっていく。エネルギーが火花を散らしてスプリンクラーを作動させる。戦士はそのままミハルの姿を探す。手斧は外しておらずまだ戦闘体制を維持し続けている。だがそれとは裏腹に水がばら撒かれる中で戦士の外郭は解けていく。ヒラトの肉体がそこに戻っていた。胸には大きく抉られた痕がありそこには窪みと共に加速炉が紅く光っていた。

 「強制リバース.....まだ抵抗するか.....こっちも願い下げだ。アクシデントは好きじゃない」

 獣の残骸を見てみる。みればその肉体は素の存在を感じさせないほどに弄り倒されていた。そこにある肉に擬態していた赤黒い液体を掬い取ってみればそれは戦士の胸の窪みから湧き出すものと同じであった。

 「やはり同胞.....何故ここにある。キューブが.....あるわけじゃないだろう.....に」

 戦士は現場から立ち去ろうとする。警察の巡回が来る。それまでに逃げなければ。そんな戦士のことを引き止める手があった。戦士は反撃する気力もなく見てみればミハルが立っていた。

 「さっきはどうも.....まさかこんな化け物だとは.....答えろ.....‼︎お前は何者だ。何故、ヒラト・クオンの顔を使っている?行きつけのクリニックのクーポンでも余ってたのか?」

 ミハルは拳銃を突きつけているいつもの護身用で手入れもあまり出来ていない。だが今この場だったら確実に引き金は引ける。古い友人の弟がよくわからない化け物になっていた。依頼の完遂はもはや生死は関係ない。ヒラト・クオンとして決着をつける必要だった。

 ヒラトは手を伸ばすと拳銃を掴む。その瞬間ミハルは引き金を引こうとするが、動かなかった。ヒラトの指先から触腕が伸びて耳から侵入していた。そしてミハルは知らない空を見た。

 

 ミハルが見た宇宙はまた別の宇宙。否、可能性の中の無限の宇宙。永劫の中で円環は続かれており物質の奥深い構成要素は結局一回り。結局帰ってきてしまい宇宙は変わらず変わっていき全てはすり潰されていく。

 

 ミハルは腰が抜けていた。まだ意識が保てているのが不思議なほど情報を流し込まれていた。

 「これで分かる?.....」

 ヒラトはミハルを覗き見てみる。

 「これがおれだ。ヒラタだかヒラトだか知らないがこれ以上関わるものじゃない.....おれの名前は、血の一族・悦のたねワクサクルにして.....禁忌個体アルフ・オー。永劫を行く者だ」

 ヒラトはそう言うと腕を触腕に変えて攻撃の姿勢を取る。その瞬間、加速炉の点滅が始まりうめき始める。

 「まだ抵抗する気か.....‼︎」

 そう言うと糸の切れた人形のようにヒラトは倒れ伏す。サイレンが近づく中でミハルは必死に立ち上がりヒラトを抱えて去っていく。その現場を、眺める観察者がいることも知らずに。

 

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天球集 とある銀河、地平の果てで、色を見て 水曜日の窓 @Madogiwanohana

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