変わってしまった何かと、変らない友情

坂倉蘭

変わらない友情と、変わってしまった何か(こちらは元の題名です)

 大学時代からの親友たちと過ごす夜は、いつも笑顔と懐かしさに満ちていた。瑠海(ルミ)の自宅に集まったのは、香住(カスミ)、亜沙美(アサミ)、そして祐香(ユウカ)。


 卒業から10年、それぞれの人生は変わった。結婚し子を授かった亜沙美、独身を謳歌する香住、夫とラブラブな祐香。そして、夫と娘が里帰り中の瑠海。


 それでも、こうして集まれば、青春時代と変わらない空気が流れる。好きな酒を手に、持ち寄ったつまみを肴に、動画配信サイトで笑える動画を見ながら他愛もない話に花を咲かせていた。


 その夜、たまたま見つけた海外のローカルスクールの動画が話題に上った。気さくな校長が子供たちと笑顔で交流する姿に、亜沙美が「いい校長先生ね。こんな学校に子供を通わせたい」と呟く。瑠海もふと思い出し、口を開いた。


「そういえば、私の中学の校長先生、誕生日ごとに葉書を送ってくれてたよ。生徒みんなに送ってたみたいで、高校の時に聞いてびっくりしたんだよね。すごいよね」


 「ちょっと待ってて」と瑠海は立ち上がり、寝室から小さなクッキーの缶を持って戻ってきた。蓋を開けると、中には色褪せた葉書が何枚も入っていた。

「ほら、これ。まだ持ってるんだ」と笑う瑠海。香住と亜沙美は「へえ、懐かしいね」と葉書を手に取り、感心したように眺める。だが、祐香だけは黙り込み、顔色が徐々に青ざめていく。その変化に、誰も気づかなかった。


 話は同窓会の思い出や学生時代の友人関係へと移り、盛り上がりは続いた。だが、祐香の様子がおかしいことに、ようやく瑠海が気づく。

「祐香、どうしたの? 大丈夫?」 心配そうに声をかけると、祐香は固く閉ざしていた口をゆっくり開いた。


「瑠海…大学から実家離れて、一人暮らししてたよね?」


瑠海は首をかしげる。


「うん、知ってるじゃん。祐香と一緒に上京して、隣の部屋で助け合ってたんだから。どうしたの、急に?」


香住も亜沙美も頷く。「そうだよ。あのマンション、私たちもよく行ったよね。瑠海が旦那さんと同棲するまでそこにいたじゃん」と香住。「そういえば、瑠海が引っ越した後、旅行の写真送ろうとしたら住所変わってて戻ってきちゃったんだよね」と亜沙美が続ける。


 その言葉をきっかけに、瑠海、香住、亜沙美の視線が、テーブルの上の葉書に落ちる。そこには、中学時代の校長からの誕生日祝いの言葉が丁寧に綴られていた。だが、よく見ると、葉書の宛先は…瑠海が大学時代に住んでいたマンションの住所だった。彼女が実家を離れてからのものだ。

「え…なんで?」 瑠海の声が震える。「これ、中学の校長先生からの葉書だよね? でも、私が実家にいた頃の住所じゃない…」

香住が慌てて別の葉書を手に取る。「これも…同じ住所。瑠海のマンションの…」

亜沙美が目を丸くする。「校長先生、なんで瑠海の引っ越した先の住所知ってるの? 中学卒業してから何年も経ってるのに…」

祐香は唇を噛み、俯いたまま一言も発しない。部屋の空気が重くなり、誰もが言葉を失ったその時、ピンポーンとインターホンが鳴った。凍りついていた空気が一瞬緩み、瑠海は祐香に促されて玄関へ向かう。別室のドアの隙間から、香住と亜沙美が怯えた目で様子を窺う。


 インターホンのモニターには、アルファベットのロゴが入った帽子をかぶった配達員が映っていた。「ご注文のピザです」との声に、瑠海はホッと息をつく。ドアを開けると、配達員はピザを手渡し、「料金は頂いてますので大丈夫です。またご利用ください」と丁寧に頭を下げる。扉を閉めようとした瞬間、配達員が「あ、受付で渡すよう言われたメモがあります」と小さな紙を祐香に手渡した。そして、踵を返し、足音も立てずに去っていく。


 ダイニングに戻り、ピザをテーブルに置く瑠海。


「誰か家族が気にして注文してくれたのかな? 私、一人だから違うけど」と香住が冗談めかすが、誰も笑わない。瑠海の視線は、祐香の手にあるメモに注がれる。


「何て書いてるの? 祐香の旦那さんかな? お酒飲みすぎたせい?」


祐香の手が震え、メモをテーブルに置く。その瞬間、瑠海が覗き込んだメモには、こう書かれていた。


「いやはや、こんなことでバレるとはね。瑠海、誕生日おめでとう。いつまでも見守ってるよ。―校長」


 部屋が静まり返る。瑠海の背筋に冷たいものが走り、香住と亜沙美が息を呑む。祐香だけが、まるで知っていたかのように、じっと床を見つめていた。

ピザの箱が、誰も触れていないのに、かすかに揺れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変わってしまった何かと、変らない友情 坂倉蘭 @kagurazaka-rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ