1.9話(最終話) 皮肉に愛を込めて

 青年……失敬、彼はもうそのような年齢ではない。私にとっては青年というイメージが強い。久しぶりの観測である。あれから何十年と経っているのだから、彼はもうおじさんと呼ばれる歳まで成長している。


 彼の名前を私は知らない。

 理由は単純、彼が一度もこの物語の中で名乗っていないからだ。




 彼のことを、「無銘」と呼ぶことにしよう。




 無銘は異世界からやってきた。

 異世界と言っても、パラレルワールドに近い。


 この世に”能力“がなかったら、というもしもの世界から呼ばれた存在だ。


 誰が何の目的で呼んだのか。

 それを私は知っている。


 彼を呼び出した者は、この世界を創造した少年と一緒に行動を共にしていた少女である。彼女は“助けを呼ぶ”という能力を使った。彼女が望む人物は、彼女の世界にも存在しない。だから、無銘が呼ばれた。


 少女は、想定した。

 呼ばれた者は驚くであろうと。


 当然と言えば当然の思考だ。どの世界からどのような人物が呼び出されたとしても、ほぼ確実に驚くはずである。




 しかし、例外というものは必ず存在する。



 無銘はどのような反応を見せたのか。

 正直に言おう、俺は人間の反応ではない。


 私すら予想していたかったのだ。



 彼は、受け入れた。



 今思い出しても恐ろしい。

 あの時点での彼は何も知らない。


 自分がなぜここにいるのか。

 目の前の少女は誰なのか。

 なぜ違和感しか感じないのか。


 全ての疑問を彼は受け入れていたのだ。



「まあ、こういうこともあるか」



 この一言で、明らかな異常を受け入れたのである。





 私は、久しぶりに高揚を感じてしまった。

 だから、干渉してしまった。


 彼に“能力”を与えた。





ーーーーーーーーーーー


「うなぁぁぁ」


 意味もなく声を出した。

 本当に意味を持たせずに発した音だから、何かに拾われることもなかった。


 目の前には、砂浜と果てしなく広がるように見えるだけの海。


「もう、やることねえなぁ」


 正確には、この世界においてのやりたいことはやり尽くしてしまった、という意味だ。でもまあ、本質は変わらない。




 この世界において、最強のヒーローになった。

 その過程で手に入れた戦闘技術を、大月彩夏に託した。


 愛する人ができた。

 娘が生まれた。

 守るべきものを守るために、できることはやった。




 もうあとは、俺の知らないところで勝手に花開くのを待つだけだ。


「おーい、妖精ちゃーん。出てきておくれー」


 なーんにもないように見えるだけの空間に、声をかける。

 すると、光の粒子が突然、目の前で弾けた。


「相変わらず、雑な呼び出し方ですね」

「相変わらず、眩しい登場ですね」


 お互いに皮肉を言い合う。

 俺たちは互いのことを心底嫌っていた。


「暇だから、妖精ちゃんとの約束を果たしてやるよ」

「はあ……やっとですか……」


 見せつけるかのように溜息を吐く妖精この野郎……。


「約束を果たしてくれると決意してくれたことは、素直に喜んでおきます」


 ですが……と、俺に疑念の視線を向ける。

 こいつ、本当に俺のこと信用してねえな……。


「ですが、無能力者のあなたに何ができるって言うんです?」

「俺、能力持ってるよ」

「は?」


 信じられないものを見るかのような目つき。


 いいねぇ、そういうの。

 俺は嫌いじゃない。

 てか好きだ。


「俺の能力は“役割を奪う”ってやつだよ」


 妖精ちゃんの動きが固まる。

 全く動く気配がない。


「俺は、大月彩夏が持つべきだった役割を全て奪った。だから、あやちゃんはお前の友達の天使くんの因果律から外れてんだよ。あと、あやちゃんが因果律から外れたことで、あいつが描いているシナリオにはもう修正が効かなかくなっているはずだ。実のところ、俺がなーんにもしなくても、この世界はそのうち救われるぞ? まあ、どのぐらいの年数がかかるかは知らねえけどな」


 妖精ちゃんがわなわなし始める。

 あれまあ、怒ってらっしゃる。


「まあ、そう怒んなって。俺はもう、事実上、お前との約束をすでに終えていたってだけの話だろ? なんだっけ? この世界を救ってほしいんだっけ? 暇だから、今すぐに約束を果たしてやってもいいぞって話をしているだけだよ」


 今度は怒りを通り越したのか、呆れた表情を見せる妖精ちゃん。


「はあ……もういいです」


 妖精ちゃんは、それ以上のことを何も言わなかった。

 そして、目の前から消えた。


「もう妖精ちゃんに会うこともないんだろうなぁ」


 つまんねえなぁ……。

 そう思っていたら、俺の体が光り始めた。





「あ、帰還か」





 言い終える頃には、俺は呼ばれた時の姿で学校にいた。


「おお! 体が若い! そして軽い!」

「何はしゃいでんだお前……」

「なんでもねえよー」

「不思議なやつだよな、お前」

「いやそれほどでもぉ!」

「褒めてねえよ、皮肉だよ」

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必ず、殺してあげるね 清水叶縁 @haruharu_432

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