第1.8……???話

 ボタンを押した。


 我々の世界で呼ぶところのボタン。どうしてこのような言い直しをするのか。これから綴られる物語の舞台は、私たちの常識を超えた先だからだ。一言で表すならば、「次元が違う」だろうか。


 ここで一つの疑問が浮かぶはず。「次元が違う」世界において行われる営みを、なぜ我々が理解できる言葉で表現できるのか、という疑問である。



 理解できそうな部分を表現しているだけである。



 面倒なため、上記の一文で説明を終える。





 そう、少年はボタンを押したのだ。

 そのボタンは、とある世界の誕生を生むものである。


 少年はワクワクしていた。

 これから、自分が物語を創造していく。


 とても、とても……純粋な心で楽しもうとしていた。






 月日は流れた。

 少年は心待ちにしていた瞬間を目撃する。


 それは、自分たちと似た存在の誕生である。


 ついに、ついにこの瞬間がやってきた!

 少年は画面上の出来事に、武者震いのような感覚を得る。


 すぐさまヘッドセットを用意した。

 これがあれば、あの世界の住人のように過ごすことができる。


 ヘッドセットの起動直前、彼は思い立つ。

 そうだ、あの子を呼ぼう。





 少女がやってきた。

 少年は彼女を連れて、あの世界に行こうとしている。


 彼女は心優しき少女である。

 これだけは念頭においてほしい。





 少年が創造した世界に、二人は降り立った。

 この時点ではまだ、二人はどのような世界かを認識できていない。


 少年は創造者ではあるものの、世界には無干渉だった。物語を創造するのは、自分たちと似たような存在が生まれてからと、最初から決めていたのである。そのような存在が生まれてから、自分の物語を創りたかったのだ。


 少年と少女は、世界を見て回った。


 少女は楽しんでいた。

 少年は退屈していた。


 少女は退屈そうにしている少年を不思議に思い、何が不満なのかと問いかける。その問いかけに対し、少年は言う。


『これじゃあ、僕たちの世界とてんで変わらないじゃないか』


 少女は言われて初めて、この世界が自分たちの生活様式とさほど変わらないことに気がついた。しかし、だからこそ少女は、この世界を楽しむことができた。少女はそのことに満足していた。どうしてそれがダメなのか、彼女にはわからなかった。





 とある土地にて、戦争が起こっていた。


 少女は嘆き、悲しんだ。

 少年は歓喜し、震えていた。


 少女は、どうしてこの世界でも戦争が起きるのかと嘆いた。

 少年は、やっぱりこの世界にも戦争があるんだと歓喜した。


 少女は見つけた。まだ救える命を。

 少年は見つけた。もう救えない命を。


 稀有なことに、少年と少女が見つけた人間は同じ場所にいた。

 倒れてもう息がない男とそれを泣きながら見つめる幼い女の子だった。


 少女は少年に言った。


『どうにかして、あの男を救いたい』


 少年にはそれだけの権限を持っていた。

 なぜなら彼は、この世界の創造者だからだ。


 少年はとあることを思いつく。

 それを実行に移した。





 あれから数日後、少年と少女は再び世界に舞い降りる。


『すっげえ!』

『なに……これ』


 一言で表すなら、天変地異だった。

 これを人による戦争であると少女が認識するまで、数分かかった。





 あの日、少年は何をしたのか。


 少年はとあるウイルスを幼い女の子に渡したのだ。

 それは、のちに“能力”と呼ばれるもの。


 幼い女の子は、“傷口を塞ぐ”という能力を手に入れた。


 少年は意図した能力にならなかったことに驚いた。

 本当なら、幼い女の子は“人を救う”という能力を手に入れるはずだったからである。しかし、そうはならなかった。なぜか? それは、幼い女の子にそれだけの想像力がなかったからである。しかし、それを知る由もない少年はただ思い通りにならなかったことに歓喜した。


 少女にはやはりわからなかった。

 どうして、この少年は楽しそうにしているのだろう。

 そして、少女は知らなかった。まさかこのウイルスが、天変地異を生み出せるほどの力になることを。


 ウイルスなのだから、感染する。

 感染したら、発症する。

 その発症したものが、“能力”だった。


 その感染が世界全体に行き渡ったところで、少年と少女は再び世界に降り立ったのだ。





 少年と少女はその天変地異を見届けた。


 見届けている間に、どうやら少年と少女はウイルスに感染したらしい。


 少年は“因果律を操る”という能力。

 少女は“助けを呼ぶ”という能力。


 少女は、少年に能力が発症したことを告げなかった。

 してはいけない気がした。ただそれだけの直感に従った。





 少年と少女は、世界に留まった。





 ここから先は、語るつもりがない。

 なぜかって? 私が疲れたからだ。


 ただ、それだけのこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る