これから

空っぽな人間

 私は味のない質素な日々を生きて来た。今までも、そしてこれからも。

 卒なく「幸せ」を、「社会人」をこなし、何も考えず生きて行くのだろう。


 七海と過ごした思い出が、まざまざとよみがえる。

 彼女の笑った顔が。声が。えくぼが。艶のある、黒い髪が。悲しそうな目が。長い睫毛まつげが。


 ふたりで食べたアイスの味が。歌いながら歩いた帰り道が。定期テストが終わった後の、初夏の匂いが。あの日の夕焼けが。約束が。



 ねえ七海、私30歳になっちゃったよ。

 あなただけが、永遠に29歳のままなのに。



 先日迎えた誕生日は、ごくありふれた日常の一つだった。もし七海が生きていれば、何かが変わっていたのかもしれない。


「失う物など何もない空っぽな人間」とは、私のような人のことだろう。


 結局何も成せなかった、愚かな人間。


 私は、死ぬつもりはない。滑稽こっけいな死に様にしようとも、誰もがあっと驚くような、衝撃のラストで人生を締めようとも思わない。


 七海、ただあなたさえいてくれれば、それで良かった。



 年老いて、30になったおばさんが一人。

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アラサーとローファー ほとけのざ @Hudebushouhakushi

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