水落石出。或いはドンチャンパーティーの…

此木晶(しょう)

水落石出。或いはドンチャンパーティーの…

 お祭り騒ぎ此処に極まれりといった一団を、宴会場の片隅で趣深そうに眺めている青年がいる。

 変装のつもりで紺の浴衣を着ていたが、無国籍感のある一団の中に入ると却って浮きそうだと、突っ伏したままの白猫を回収後、早々に壁の花と相成った形だ。

「これで何とか丸く収まる、でいいのかな?」

 目を回したままの白猫を膝の上に乗せたまま、そばに立つ影に話しかける。

「ええ、ありがとうございました。このまま一夜の夢と認識されれば、繋がってしまった認識も断ち切れて2つの世界も以前の通り関連性を失うでしょう」

 答えは返ってきた。答えたのは何というべきか。白い人としか言いようがなかった。

 白いローブで全身を包んでいる。汚れ一つない白の旅行帽が顔の半分ほどを隠している。が、それを抜きにしても、印象が薄い。目にしている時にはどんな姿形か説明できる。しかし、視界から消えた途端、ただ白かった、それしか記憶に残らない。

 青年は気にした様子もなく、続けた。

 あるいは、意識してそれを認識しないようにしている、ようにも見えた。

「それは良かった。出来ればこんなことはこれっきりにして欲しいんだけれどね。本当に洒落にならなかった訳だからさ」

 あくびを噛み殺し、ついでに深く、本当に疲れたため息を漏らす。

「大体さ、世界を繋ぐなんて無茶を初めっからしないで欲しかったんだけど。そんな事をしなくても、自在とまではいかなくてもそれに近いことは出来るんだろうし、実際今だってそうやってるんだろ?」

「確かにその通りなのですが、こちらにもこちらの都合があるんですよ。危険を承知の上で実行せざるを得なかったと言うことです。だから後始末もしているでしょう?」

「やったのは、ほとんど俺とシロな訳だけどね。けど、コレが諸悪の根源みたいなものだから、全部やらせる訳にはいかなかったのか、とは思うけど」

 まだ目を回したままの白猫を摘み上げ、揺らす。

 白猫はくたりと青年の指の間で揺れたが、不意にぴくりと耳を動かした。

 まるでお祭り騒ぎの音に反応したかのようにだ。青年が眉をひそめた時には、もう遅かった。

「クロぉ〜」

 器用に青年の指から抜け出した白猫は、ややふらつきながらも真っ直ぐに宴会場の中心へと向かっていく。

 そこでは、酔っ払った誰かが巨大な盃を掲げて踊り始めていて、そのすぐ傍らでは衣装を派手に揺らした踊り子たちが列をなし、火吹き男まで現れていた。当然のようにその中心にはあの四人がいる。

「いや、どこのカーニバルだ? じゃない、待てこら。アンタが混じったら、今までの苦労が水の泡だろ!」

 青年が慌てて白猫の尻尾を掴んで止めようとするが。

「って、力強いなおい!!」

 ズルズル布団を巻き添えにしながら引き摺られる。耐えられず手を離すと、白猫は駆ける速度を増し、あげく二本足で走り出した。踊り子の一人の足元を華麗にくぐり抜け、そのままくるくると回転している輪の中へと飛び込んだ。

「……あっ」

 歓声が上がった。

「猫! 踊ってる!」「なんて珍しい!」「これが伝説の宴猫か!」

「んなもん、伝説にすんなよ……!」

 白猫は目つきの悪い男に駆け寄り、頭に飛び乗る。器用に踊りだし、周囲の熱狂は否が応にも増していく。

 青年は頭を抱えた。

 が、目つきの悪い男は鬱陶しそうにはするものの振り払うような事はしなかった。

 その様子を見てメガネの女性と小柄でやかましい女性が指さして笑う。調子に乗った白猫が頭の上でお辞儀のように頭を下げる。拍手と喝采が起き、女性二人が腹を押さえて笑い転げる。さすがに目つきの悪い男性が白猫を捕まえようとする。対して白猫は男の手を避け、身軽に頭から、肩へ或いは伸ばされた手の上で時に軽やかに回って踊って道化て跳ねる。

 思惑も蟠りもなにもなくただただじゃれ合っているようにしか見えなかった。

 未練は残らないだろう、縁も思い出に変わるのだろう。

 その通りというように、男の隣でメガネのショートカットの少女が青年に向け親指を立てた。悪戯が成功した子供のような笑みだった。

 それを見て、青年は深くため息をつく。

「……まあ、いいか。これも夢のうちってことで」

 再び壁際に戻った青年は、観客の中心で得意げに前足を振る白猫の姿を遠目に眺めながら、小さく苦笑した。

 そして隣には、もう姿を消してしまった白い人の気配だけが、ほんの少し残っている。

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水落石出。或いはドンチャンパーティーの… 此木晶(しょう) @syou2022

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