小鳥の翼に
佐海美佳
小鳥の翼に
過ごしやすいとされている信州の夏の風が、上田の城内を渡っていく。
この城の主である、真田昌幸が九度山に配流されたことを慰めるような、穏やかな日であった。
浅間山の噴火が頻繁に起こっていた。まるで昌幸を返せと訴えているようでもある。
居なくなった父に代わり、息子である信之は何かを忘れるように働いていた。
そんな姿を見せられ、家臣たちも領地内の作柄を調べたり、農民達が働きやすくするためにどうすればいいのか、日々忙しくしている。
刺すような日差しから逃れるよう、日陰を選んで渡り廊下を歩いていた綱家の耳に、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
常日頃山から聞こえてくるような、耳馴染みのある音ではなく、少し弱々しいくぐもった音のようであった。
綱家は何度か左右を見渡し、その音の主を探しながら歩いていくと、とある一室で大きな背中が二つ並んで丸まっているのを見つけた。
「何をやってるんですか」
広い部屋の中で頭を突き合わせて下を向いていた茂誠と三十郎は、綱家の声を拍子に顔を上げる。
「庭に迷い込んでいたのだが、翼を何処かで痛めたらしく弱ってうずくまっていたので、餌を与えてみたのだ」
無骨な三十郎の手の中で、小さな鳥が震えながらじっとしている。
瑠璃のような目に鮮やかな青い羽根が際立っている。
小さなくちばしの端に、餌のクズがついているのを拭ってやりながら、美味かったか? などと三十郎が小鳥に話しかける。
「元気になるだろうか」
目尻を緩やかに細めながら、茂誠が綱家と顔を合わせた。
「小鳥の世話はしたことがないのでわかりませんが、どなたか詳しい者が居るでしょう。探してみましょうか」
「そうか、出浦殿なら何か知っているかもしれない」
自分自身が小鳥になったように勢いよく飛び上がり、立ち上がった茂誠は、バタバタと小走りに駆けてゆく。
「元気になるといいですね」
気休めではなく、綱家の本心が言葉として出てきたのを、破顔して受け止めながら三十郎が鼻息を荒くする。
「元気になったら遠出をしてもらうのだ」
「遠出? この小鳥がですか?」
「ああ。手紙を運んでもらう」
「もしかして源次郎様へですか?」
「無論」
真田昌幸には信之の他、源次郎という息子がいた。
彼もまた、昌幸同様現在は九度山で過ごしている。
ここから九度山まで、人や馬の足でも随分距離がある。三十郎の掌で休んでいる鳥が、飛びきれるものなのかどうか綱家には分からない。
けれど、真田の家臣達は今も息災であると、源次郎様にお伝えしたいと綱家も思った。
小さな青い鳥は、まだ目を開かない。
小鳥の翼に 佐海美佳 @mikasa_sea
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