キャラス
日野球磨
違うんです
キャラスです。
はい。
カラスではありません。
私が初めて見たのは、確か登校中のことでした。遅刻しかけていたので、急いでいて。だからはっきりそれだと認識できたわけじゃありません。
ただ、なんだか。
変なのがいるなって。
見たのは確か、ゴミ捨て場です。
私の家から少し離れたところにそのゴミ捨て場はあります。県道沿いから少し逸れた、車一本分の小路の、その歩道側にひっそりと緑色の網がかかった場所です。基本的に、ゴミの日じゃなくてもそこにはゴミ袋が置いてあります。
ああ、ゴミ袋自体は不思議なものなんかじゃないですよね。当日の朝ぴったりに出すって、少し面倒だから、前倒しでおいて行っちゃう人がいるんですよね。
その日もごみの日じゃなかったんですけど、誰かが置いたのか、ゴミ袋があったんですよ。
それと、アレも。
キャラスです。
はい。
カラスではありません。
ゴミ袋と同じぐらいの大きさで、体に似合わない針みたいに鋭くて細いくちばしを使ってゴミ袋を突き刺し、何かを引きずり出していました。
黒かったと思います。羽が生えていたと思います。目が合ったと思います。私は走りました。
遅刻しそうになっていたから走っていたはずなのに、いつの間にか人のいる方に行くことが目的になっていたみたいで、校門を通り過ぎるなり、私は倒れてしまうほどには、呼吸することも忘れて走っていました。
恐ろしかったんだと思います。
キャラスが、です。
はい。
カラスではありません。
それから登校する時も下校するときも、そのゴミ捨て場の前だけは避けるようになりました。
あの日見た、アレを見たくなかったから。
それからしばらくして、二回目です。
今度はその姿を見たというわけではありません。ただ、学校の飼育小屋に居たウサギがいなくなったと騒ぎになったとき、その傍らに落ちていたんです。
アレの羽が。
キャラスです。
はい。
カラスではありません。
綺麗な羽です。先端に行くほど黒く染まり、根本はうっすらと白く染まった綺麗な羽。それは私の手から肘までの長さとおんなじぐらい大きくて、手に持った時にピリッと、痛みが走りました。
質感はさらさらしていました。絹糸、は触ったことないんで分からないんですけど、ナイロンとかよりは全然触り心地がよかったのは覚えています。
いえ、触り心地ではないかもしれません。触れた瞬間に、跳ねに生えた毛の一本一本が、指の先に解けて溶けてしまったかのように、心地が良い。
……その日のうちに、その羽は燃やしてしまいました。
これ以上触れているのが、恐ろしくなったから。
次の話は、空を飛んでいるところです。
黒い姿が、飛んでいたんです。
太陽を覆い隠すんじゃないかってぐらい大きな翼を広げて、今にも落ちてきそうな隕石ぐらい恐ろしい影が。
その時、私の足元に降りた大きな影のことは今でもはっきりと覚えています。まるで夜そのものが押し寄せて来たみたいに、闇の中に私を落としたんです。
キャラスです。
はい。
カラスではありません。
それから。
あの日から。
アレが空を飛んでいるんだと知った日から。
恐ろしくて、恐ろしくて。
私は外にできることができません。
まだ、いるんですよね。
あの恐ろしい黒色は。
夥しい恐怖は。
空の上で。
私を。
探しているんですよね。
……そんなわけないじゃないですか。
あれは違いますよ。
私はおかしくありません。
あんなもの、カラスなわけないじゃないですか。
キャラス 日野球磨 @kumamamama
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