かくれんぼ

藤野悠人

かくれんぼ

 震えそうになる体を必死に抑える。全身の筋肉を硬直させて、頭の中では止まれ、止まれと絶叫している。叫びたいのは頭の中だけでなく、自分の口もそうだった。しかし口は両手で押さえて、必死に息を殺す。口の端から、指の隙間から漏れそうになる僅かな呼吸の音さえも、今は聴こえてはならない。


 僕はいま、かくれんぼをしている。それも、命懸けのかくれんぼ。じっと身を潜めている場所は、背の高いキャビネットの上だった。


 自分でも、なぜこんな所に登れたのかは分からない。そして、なぜこんなかくれんぼをしているのかも分からない。


 ただ、絶対に見つかってはいけないことだけは分かっている。


 この部屋には幽霊がいる。どんな幽霊なのかは分からない。ただ、そいつが幽霊で、僕は絶対にそいつに見つかってはいけない。ただ、それだけが分かっていた。


 幽霊はキャビネットの下をうろうろと彷徨さまよっている。幽霊だから当然、足音はしない。声だって聴こえない。でも、気配で分かる。キャビネットの真横にいるのか、少し離れているのか。


 ここに隠れて、どれくらい時間が経っただろうか。幽霊は僕がこの部屋にいると思っているのか、なかなかキャビネットのそばを離れない。


 ふと、その幽霊がどんな姿なのか、興味が湧いた。なかなか見つからないから、恐怖が薄れてきたというのもあるかも知れない。自分をこんな理不尽な目に遭わせている幽霊に対して、少し怒りも覚えていた。


 少しだけ、ほんの少しだけ、音を立てないように首を伸ばす。


 目の前に、幽霊がいた。


「ミィツケタ」


 不定形の、青い炎のような体を持った幽霊が、キャビネットの上から僕を引きずり下ろす。青い体の中で、二つの目が血のように真っ赤だった。


 その瞬間、思い出した。


 あぁ、また殺される。


 僕は、あっさりと幽霊に殺されてしまった。


 これで、18回目。

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かくれんぼ 藤野悠人 @sugar_san010

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