約束なんてないけれど
真崎 奈南
またね、大好き
高校三年の三月。卒業式が終わり、私の高校生活も幕を閉じようとしている。
となりのクラスの仲が良かった子たちと話に夢中になっていたところで、親友から「どこにいる? 昇降口で待ってるね」とスマホに連絡が入った。
そのため、切りのいいところで話を切り上げ、私は親友の元へ向かっている。このあとお昼ご飯を食べに行く予定なのだ。
廊下を進む。急ぎながらも、廊下で立ち話する人々や、教室に残っている人たちへと、いちいち視線を向けてしまう。
一目だけでいい。最後に彼の姿をみたい。
切ない痛みを伴った願いが心の中で大きく膨らむけれど、彼の姿はどこにもなかった。残念だけど、仕方がない。
不意に、女の子たちの声で廊下が騒がしくなった。少し先にある教室から廊下へと出てきた賑やかな集団に視線がとまり、自然と唇を引き結ぶ。
集団の中に彼、
小鳥遊君は女の子たちを振り切ろうとしているけど、いくつかの手にがっちり腕を掴まれて阻止されている。
彼は女子にもてる。顔もアイドル並みにかっこいいし、背も高く、文武両道。
もてる理由として納得のスペックを持っているけど、どうやらそれだけじゃなかったらしい。
お祖父さんが有名企業の社長だということを、つい最近知った。
なんでも、もうすぐ父親が社長の座を継ぐのが決まっているらしい。ゆくゆくは彼も継ぐことになるだろうと、卒業式の練習をだらだらと行う最中、クラスの女の子が目をキラキラ輝かせて話をしていたのだ。
たまたま廊下に居合わせた卒業生たちは、道をふさぐ形で彼に群がっている女子たちを迷惑そうな視線を向けている。
この中で、女子たちに対してちょっぴり羨ましい気持ちになっていたのはきっと私だけだろう。
私は小鳥遊君が好きだ。
半年前に思い切って告白したけど、「あんたのこと、よく知らないから」という理由であっさり振られてしまった。
同じクラスになったことも、ろくに喋ったこともないのだから、当然の結果だと受け入れた。
でも私は彼の真面目さが好きだった。喋ったことはないけど、人一倍努力家だっていうのはよく知っていたから。
バスケ部だった彼は、部活が終わった後も、遅くまで体育館で練習していた。学校だけじゃなく、駅近くの公園でも練習している姿だって何度も見かけた。
勉学の面でも、図書室の自習スペースでも黙々と勉強する姿を何回も見かけている。
確かに、恵まれている点はあるかもしれない。でも彼の優秀さは、彼の努力の上に築き上げられたものだと私は思うんだ。
頑張る姿はとても眩しくて、私も負けずに頑張ろうって前向きになれた。
今まで、ありがとう。
心の中で感謝の言葉を唱えた時、小鳥遊君の綺麗な瞳が私をとらえた。
不意打ちを食らい、鼓動がはねた。気まずさで思わず視線を落とし、私はそのまま彼らの横を通り過ぎようとした。
けど、できなかった。落とした視界に、男性の足が入り込む。
反射的に顔を上げた一瞬の間に、視界が紺に染まり、そのまま額に平たいものがぶつかってきた。もちろん痛くはない。
目の前には、卒業証書が入った布張りのホルダー。
息をするのも忘れて動きを止めると、私の視界を覆っていたホルダーがゆっくりと下がっていき、小鳥遊君と視線が再びつながる。
おそらくこれが言葉を交わす最後のチャンス。思考の奥底でそう判断する。
今までありがとう。さようなら。これからも頑張ってね。もっと話したかった。
伝えたい言葉はあふれてくるのに、喉に言葉がつかえて出てこない。もうあなたの姿を見かけることがないんだと思うと、寂しくてたまらない。
「またね」
涙で滲んだその向こうで、小鳥遊君がぽつりと言った。
またね
心の中で彼がくれた言葉を反芻している間に、彼は歩き出す。するりと私の横を通って、廊下を真っすぐ進んでいく。
女の子たちも彼も追いかけていったから、私はぽつんとひとりその場に取り残された。
私は息を吐きだし、ゆっくりと振り返る。遠ざかっていく広い背中をしばらく見つめていた。
そうだね。またね。
ここで終わりじゃない。きっとまたいつか始まる。
その時も、まだ私はあなたを大好きなままだろう。
明るい予感を覚えながら、私は微笑んだ。
約束なんてないけれど 真崎 奈南 @masaki-nana
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