春雷【KAC20255】
竹部 月子
春雷【KAC20255三題噺】
「ロウ、起きてコハルちゃんに手紙渡しに行ってきなさい!」
布団をひっぺがされたベッドの上で丸くなり、最後の抵抗を試みる。
年頃の弟の部屋にずかずか入ってくるなんて、姉ちゃんにはデリカシーが足りない。だから二人そろって彼氏ができないんだ。
「男同士の約束を守らないような弟に育てた覚えはないよ? さっさと連絡しな」
追撃されて、仕方なく充電器からスマホを引っこ抜く。
「でもさ、春休みだしコハルちゃんだって予定ってもんが……」
嫌々ながらメッセージを送ると、今日に限って即返信が来た。
『私もロウくんに話したいことがあったの、すぐ準備するね』
コウダイからの手紙を渡すなんて任務を抱えていなければ、喜びのダンスを踊っちゃうような返事なんだけど……。
「はぁ……最悪」
それでも寝ぐせでボサボサの頭ではコハルちゃんに会えない。
急いでシャワーを浴びて、ギターケースを担いで靴を履いた。
「頑張ってきな」と言う姉の顔がニヤついていて腹が立つけど、もう、行くしかない。
前にギターを弾いた河川敷で待ち合わせた。
コハルちゃんはオレを見つけると小走りで駆け寄ってくる。
少しダボっとしたヒヨコみたいな色のニットを着ていて、私服姿もマジ可愛い。
彼女の息が整わないうちにコウダイからの手紙を差し出すと、封筒を見たコハルちゃんは、ただでさえ丸い目をさらにまんまるにした。
それをオレの前で、ペリペリと開封していく。
ここで!? と思ったけど、先伸ばしたところでつらいだけだ。耐えろ、オレ。
文面を読んだコハルちゃんは、慌てたようにスマホを取り出してどこかに電話をかける。
「お兄ちゃん、もう家出ちゃった? よかった! 東京に帰る前に、うちの高校の野球部に寄って」
うん、うん、とコハルちゃんの小さな頭がうなずく。
「そう、コウダイくんを応援してきて」
晴れやかな笑顔が可愛い、そんでオレはコウダイの手紙の内容を、盛大に勘違いしていたことに気付いて恥ずかしい。
あの様子だと姉ちゃんたちは、知ってて黙ってやがったな……。
電話を終えたコハルちゃんとオレは、何故かしばらく黙って並んで川を見ていた。
「ロウくんを経由してこの手紙をもらうなんて、不思議な感じ。仲良しだったの?」
いやぁ……と目をそらしながら返事をする。
「国士無双くらって、オレに断る権利が無かっただけ」
コクシムソウ? と繰り返したコハルちゃんは「あ、ゲームで負けたんだ」とポンと手を打った。
「武将で戦うやつなら天下無双な。ま、ゲームといえばゲームだけどさ……」
コハルちゃんが、右肩にかけていたトートバッグを左にかけ直したのを見て、ずいぶん重そうだなと思った。
まるでテキストでも入ってるみたいな。これから塾……とかかな?
「時間大丈夫だった?」
オレの視線が自分のカバンに向けられているのに気づいたのか、コハルちゃんが急にうろたえはじめた。
「あの、ね。それで、私からの話なんだけど……」
しどろもどろになりながらコハルちゃんが言った。
オレはすっかり自分の頭から抜け落ちていた『私もロウくんに話したいことがあったの』というメッセージを思い出す。
「話というか、ロウくんにお願いと、いうか……」
コハルちゃんの頬がどんどん赤くなっていく。
あれ、これもしかして、オレを……?
ふわっと足元から浮き上がるような感覚に包まれた直後、鼻先に何かがつきつけられた。
「最初はどのギターがいいか、アドバイスくださいっ!」
「へ……?」
受け取った紙は、楽器店でもらえるギターのカタログだった。
「コウダイくんが野球頑張ってる姿に憧れてたけど、この前ここでロウくんがギター弾いてたのもすごくカッコよくて、私も、私も何か一生懸命やれるものが欲しくなったの」
ものすごい早口で、一息にそこまで言ったコハルちゃんは、肩で大きく息継ぎをする。
重そうなトートバッグの中身は、ギターの初心者用の教本だった。
「自信をもって、私のことを見てって、言いたいの。だから、できれば、私にギターを教えてほしくて……」
その見てほしい相手って、誰のこと?
オレじゃないなら泣いちゃうよ?
野球じゃなくてギターを選んでくれたのは嬉しい。オレを頼ってくれたのはもっと嬉しい。
でも、好きだと言ってくれるんじゃないかと期待させられた彼女に、少しだけ意地悪が言いたかった。
「ギターは、そんな簡単じゃないよ?」
潤んだ瞳の中で、春の光が躍る。
桜の香る河川敷の空気をこくんと飲み込んで、コハルちゃんはとても綺麗な声でこたえた。
「うん。簡単じゃなくていいよ」
春雷【KAC20255】 竹部 月子 @tukiko-t
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