店主、感嘆。布団はダンスする
はすみらいと
店主、感嘆。布団はダンスする
人間の死体を使って作られた寝具。いわゆる布団。他の店より素晴らしい誰が言ったんだか店主はまさしく天下無双など、と。
それだって今はどうだって良い。何故か?
簡単な話。もっと好奇心溢れる話題を耳にしたから。確かにあの布団なしでは寝られない。それはそれというものだ。
「お前は見たことあるか? 布団がダンスするのを」
店の常連の男が言った。
「ナンセンス過ぎて笑えないな。関心を引こうってなら、もっと好奇心溢れることを言うべきだ」
「言い方を間違えた。布団のように踊る死体なんて見たことねぇだろ? きっと。楽しいぜ」
煙草臭い男が黄色い歯を見せて笑う。
ほんとに品のない奴だ。ただでさえ芸術品である人間布団。煙草の臭いが移っては敵わない。
こんな客が常連かと思うと反吐が出る。
こんな奴でも金は払うのだから、やはり素晴らしい物だ。ただこの男の話にも一理ある。
その男が言うには、それが見れるのはある廃墟らしい。人間なんて生きてる時より、死ぬ瞬間或いは。死んだ後の方が美しい。手折られた花。そんなところだ。
特に女の死体を使って作った布団は良く売れた、好評だ。動物の食肉だってメスや子どもが柔らかくうまいのだから。当然だろう。自然の摂理。
廃墟には既に幾人かの人が居た。目が合うと大抵の奴はこう言った。
「お前も見に来たんだろ? 絶対後悔しねぇさ」と。
壊れたテープのような音声が開幕を告げる。数人の人間が緊張した面持ちで、舞台に立って唇を歪め恐怖を浮かべる。
なんだ。死体という話は嘘か、と。既に後悔してくる。話が違うではないか。
「まぁ、そう焦るなよ。これからが面白いんだ」
いつの間にか現れた、あの常連の男が隣でそう言って肩を押さえてくる。
「その手をどけてくれ。最後まで暇潰し程度に見てやるから」
煙草臭いその薄汚い手をどけてくれ。
男が下卑た笑いを浮かべ手をぷらぷらとしてから。前を向いて大人しくなった。よほど素晴らしいのかもしれない。
観衆が手を叩いて。音楽は流れると一人また一人と舞台にいた「生きた」人間は死に。
最後のひとりとなったその女は、それはもう素晴らしいリズムで踊る。死んでも尚美しい。
きっとこれを布団に出来たなら、なんて。つい職業病のような言葉が口からこぼれそうになる。
人間というものは死ぬ間際が、もっとも光り輝いて尊く美しい。
だから辞められないのだ、この布団作りは。
それでも魅了された。死の間際の踊り、ダンス。今まで見たものの中で素晴らしい。
なんと言えば良いのだ。緊張、高揚、リズム。どれひとつとっても同じものはない。
何度も繰り返し訪れて、感じたのはそういう感想だった。
死を前に。いや、舞台に立たされ周りの人間が死に行く中自分も殺されるのかもしれない、と。焦り緊張し止めることすらできない踊りを、踊るあの姿、あの目。なんと言えば良いのだろ。
美。いや。美術品だ。芸術品だ。布団よりも素晴らしい。瞬間を切り取ったそれ。ああ、なんと美しい。素晴らしい。感嘆の言葉で表ししきれない。
終わってしまえば、ただの死体。命など感じることすらできやしない。あんなものは不要だ。
どうすれば良いのか。
悩ましくて仕事が手につかない。
店主、感嘆。布団はダンスする はすみらいと @hasumiwrite
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