君に望む、ただひとつのこと

保紫 奏杜

君に願う

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 自分の吐き出す荒い息が、明け方の寝室ベッドルームに溶けていく。片手を伸ばした先では棚が向こう側へ倒れており、その上へ置いていた小物類が床に散らばっている。


 僕は力なく腕を落とした。


 夢の中で、あの子は小さなケーキを頬張りながら笑っている。

 名前を呼べば返ってくる愛らしい声が、鮮明に思い出せる。


 傍を離れようとすると、柔らかい頬を膨らませて抗議をし。

 三歳の誕生日に贈った兎のぬいぐるみに頬を埋め、愛嬌のある目で僕を見上げた。


 九日前。

 妻からあの子を任された僕は、ドライブに出掛けた。子供向け遊具の多い遊園地で遊ばせ、午後にホテルのカフェへと入った。あまり甘いものを食べさせると妻に叱られるかと思いながらも、今日くらいは良いだろうと。


 仕事の電話が入ったため、あの子に断りを入れてカフェの外に出た。あの子は抗議をするものの、いつも大人しく待っていてくれるのだ。


 電話をさっさと切り上げた僕は、すぐに戻るつもりだった。だが、思わぬ人物を見つけた。前歴のある爆弾魔だ。顔写真を見たことがあり、確かFBIが追っていたはずだった。


 嫌な予感がした僕は、近くの警備員セキュリティへ知らせた。そして彼を取り押さえるべく、ホテルを出ようとしている彼を追った。何かあるなら、捕まえて吐かせた方が早い。ことが起こってしまう前に防がなければと。


 だが、事態は思わぬ速さで変化した。背中を向けたホテル内で爆発が起こったのだ。僕含め通行人が吹き飛ばされるほどの威力だった。


 焼け跡に立ち入った僕は絶望した。原型を保った遺体を探すのも難しい状態だった。あの子は行方不明者として数えられたものの、死亡扱いだ。


 あれから、夜ごとにあの時の夢を見る。

 その度に、僕は考えてしまう。


 片方の靴が見つかったのに、あの子が見つからないなんておかしいじゃないか。

 あの子は連れさらわれてしまったのかもしれない。闇の中にいる怖ろしい人攫いブギーマンが、あの子の手を引いて――


「ああ、お願いだ」


 それでいい。そうであってくれ。


 生きていてくれさえすれば、必ず助け出す。

 どれだけかかっても、いつか、きっと。


 僕は張り裂けんばかりの胸になけなしの希望を詰め、震える手で濡れた顔を覆った。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に望む、ただひとつのこと 保紫 奏杜 @hoshi117

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ