平凡すぎる私は異世界転生できないっ!

陽澄すずめ

ある女子高生の平凡な日々

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


『勇者さま、どうかわたくしたちの世界を救ってください』


 美しい金髪で、白いローブを纏った、いかにも女神然とした謎の女性が語りかけてくる夢だ。

 そう、あれはただの夢なのだ。例え9日連続で似たような夢を見ているのだとしても。

 なぜなら私は、世界を救う力など持つべくもない、ごくごく平凡な女子高生なのだから。



 ■



『聞こえますか、勇者さま。あなたの夢を通じて直接語りかけています——』


 最初にその夢を見たのは、日直当番の日だった。

 私はいつもより少し早めに家を出て、学校へ向かった。


 交差点で信号待ちをしていると、大型トラックが猛スピードで突っ込んできた。


「おっと……!」


 私は高く跳躍してそれを避けた。

 トラックは横転したが、私は無傷で着地した。

 そうして無事に登校し、日直の仕事をこなした。平凡な1日だった。




『勇者さま、わたくしたちの世界へお越しください』


 2日目。

 学校から帰宅する途中、背後から何者かの急速な接近を察知した。

 ながらスマホの自転車である。相手は私の存在に気付いていないようだった。

 私は大きく息を吸い込んだ。


「危ないッッ!」


 発した声は衝撃波となり、自転車にぶつかって、その推進力を相殺した。

 たまらず倒れた自転車の運転手に、私は手を差し伸べた。


「ながらスマホは危険ですよ……!」


 ニコ……!と微笑みかけ、私は家路を急いだ。見たいテレビがあったからだ。




『あなたの転生をお待ちしています、勇者さま』


 3日目。

 校庭を歩いている時だった。


「球がそっちに行ったぞーッ!」


 誰かの声で振り向けば、鋭い打球が私の頭部めがけて飛んでくるところだった。

 刹那、私の動体視力は完璧に白球を捉えた。拡張された感覚は体感時間を引き延ばし、迫り来るボールの動きをスローモーションに見せた。

 私はそれを素手でキャッチし、速やかに相手へ投げ返した。爽やかな日常のひとコマだ。




『どうしてもあなたの力が必要なのです』


 4日目。

 学校帰りに繁華街へ。

 突如、人混みのあちこちで悲鳴が上がった。


「キャーッ! 通り魔よォーッ!」


 なんと、ナイフを持った男がこちらへ突進してくるではないか。

 逃げ惑う人々の中、私は男を迎え撃つ。

 突き出されたナイフをかわす。その腕を引き付けて捻り上げる。

 男の取り落としたナイフの柄をすかさず握り、彼の眼前へと刃を繰り出す。切先と眼球との距離はわずか1センチだ。


「人にナイフを向けていいのは、刺される覚悟のある者だけですよ……!」


 震え慄いてその場で崩れ落ちた男に、私は莞爾にっこりと穏やかな笑みを向けた。

 やがて警察が来た。ご苦労さまである。




『こちらの世界への扉を開きますから——』


 5日目。

 アマプラでドラマを視聴していると、突然画面がフリーズした。

 眩い光を放ち始めるテレビモニター。それは部屋じゅうに拡がり……


「そろそろごはんよ〜ッ!」


 階下から母の声である。


「うむ、夕飯か」


 私はテレビを消し、ダイニングへと赴いた。その日は私の好物のハンバーグだった。




『迎えの者を寄越しますので、どうかおいでください』


 6日目。

 連日の夢のせいか、寝坊した。

 いけない、遅刻遅刻。私はトーストをくわえ、学校へ向かった。

 ふと足元の違和感に気付く。


「おっと、靴紐が」


 その場でしゃがんで靴紐を結び直す。

 すぐ先の四つ角から、見慣れない制服の男子生徒が飛び出してきた。彼も急いでいるらしく、私と同じ方向へ駆けていった。


 その日、我がクラスに転校生がやってきた。

 彼はあっという間に女子生徒たちに取り囲まれた。賑やかで良いことである。




『勇者さま、別の者を向かわせましたので』


 7日目。

 上空から巨大な鳥が急降下してきた。トリの降臨である。

 私は足元の石を拾い上げ、怪鳥に向かって投擲した。見事命中だ。

 手負いとなった鳥は、蹌踉よろめきながら遠い空へと飛び去っていった。良い天気だった。




『幻覚状態からこちらの世界へご案内します』


 8日目。

 なんやかんやあって、麻薬の取引現場に迷い込んでしまった。


「へへっ、お嬢ちゃんもトリップしようぜェ〜ッ!」


 その時だった。


「麻薬取締官だッ! 観念しろッ!」


 マトリの降臨である。


 たまたま居合わせた素人に出る幕はない。簡単な身元確認だけで帰された。やはり平穏な日常が一番だ。



 ■



 そして、9日目の今日である。


『かくなる上は、わたくし自ら……!』


 朝、いつもの交差点で信号待ちしていると、大型トラックが猛スピードで突っ込んできた。デジャヴだ。

 先日は私が躱したためにトラックは横転し、街路樹やガードレール等に被害が出ていた。

 同じ轍を踏むのは宜しくない。


 私は仁王立ちし、腰を深く落として、両腕を広げた。

 迫る大型トラック。丹田に力を込める。

 そして。


「むゥンッッ!」


 凄まじい衝撃。しかし、必ず喰い止める。この私の膂力りょりょくで以って。


 はたして、トラックは動きを止めた。

 今回、被害はゼロだ。

 運転席に金髪の女性の姿が見えた。どうやら無事である。良かった。


 私は制服の埃を払い、学校へと向かった。今日も平凡な1日が始まる。



—了—

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