第2話:旅の思い出と、妖精の定義について
あたしがこの世界に辿り着いたのはいつくらいだったかねえ。だいぶ旅慣れてきて、あんなところに行きたいだの、こんなところに行ってみたいだの思い始めていた頃だったか。
こう見えてあたしも小さい頃は絵本とかをよく読む子だったのさ。その中にあんたが知っているような別の領域の生きものが度々出てきてね。いつか、こんな妖精たちに会ってみたい、そんなことを思っていたね。
「へえ、魔女もそうだったんだね。少し親近感わくなあ」
そんなことを思っていたせいかねえ。旅の扉を開いたらこの世界につながった。
見ての通り、どこを見てもあたしが知るようなものから、まったく見たことのないものまで様々な生きものたちがいたんだよ。
まあ、あたしもさすがに興奮したね。妖精郷に辿り着いたって思ったよ。旅に出てよかったなんて柄にもなく浮き足だった。
「だよね。わかるわかる!」
で、しばらく浮かれた後、ふと冷静になったんだよ。
「なんで?」
そこにいた連中があたしを見て固まってるのさ。
考えてもごらんよ。いきなり妖精郷に人間が現れたんだよ。よく言ったところで異物さ。警戒されるくらいならまだしも攻撃されても不思議はないってね。
「た、たしかに……」ミライがゴクリとつばを飲む。妖精の怖さも小説で少しだけ知っていた。
ところがだよ。あたしを見た連中が急に大歓声を上げたのさ。ようこそ! よくおいでくださいましたってな。あっという間にあたしの周りには人だかりさ。見つけたやつらが騒ぐもんだから、集落中のみんながほとんど集まってきちまった。
それからはもう村を挙げての大騒ぎ。
三角帽子のこびとが荷物を運んでくれるし、杖を持ったローブの竜が一声かけたら宴はじまるし、炎の精霊っぽいのが料理をつくるわ、水の精霊っぽいのが飲み物を運んでくるわ。木でできた人型が楽器を鳴らして、羽の生えたこびとが舞を舞うわ。まあ、もうなんでもありさ。
「すっごいね……、そんなに歓迎してもらったんだ。人間が珍しかったのかな。ほら、妖精は人に尽くすとか人の願いを叶えるとか言うじゃない。あ、魔女の世界でも言うのかな?」
ああ、似たようなもんさ。あたしもそう言うものなのかと思って、戸惑いはしたけれどまあ楽しんでたよ。妖精はひとにいたずらをするって言うから警戒もしてたけれど、そんな様子も無いしねえ。
で、そんなのが数日も続いた頃だ。
「数日もそんなだったんだ……、ちょっとすごいね」
そのころにはさすがに違和感を覚えてたよ。いくらなんでも歓迎されすぎだってね。
「歓迎されすぎ?」
珍しい人間が来たからって、そんなにたいそうにもてなすかい? 一日くらいならありそうだがずっとだ。いくらなんでも不審に思うよ。
それでね。ちょっと近くにいた小鬼に思い切って聞いてみたのさ。なんで、あんたらはこんなにあたしみたいな異邦人に親切にしてくれるんだいってね。
「そしたらなんて?」
ああ、急にその小鬼がきょとんとして、そして笑い出したんだよ。「ははは、なにをおかしなことをおっしゃるんですか」ってな。
もちろんあたしは聞き返したね。なんか変なこと言ったかいって。そしたらね。「この国には昔から伝わる伝説がありましてな。いつか妖精があらわれたら丁重にもてなせば、その国には幸福が訪れるって言われとります。あたしらもおとぎ話くらいに思ってたところに、あなたのような妖精様がいらっしゃったんですから。それはおもてなししますとも!」
あたしゃ、頭が真っ白になったね。
「え? 妖精? 魔女が?」ミライも驚いている。
そう、それからよくよくいろんな奴らの話を聞いてみると、どうもあいつらの中じゃあたしの方が妖精ってことになってたんだよ。
「えー!!」ミライが大声を上げる。
「だって、この子たちどうみたって妖精じゃない!」ミライが窓の向こうの景色を指さす。
あたしもそう思ってたから人のこた言えないんだけどね……。ちょっと考えてごらん。あんたがこの子らを妖精って思うのはなんでだい?
「え? だって、私たち人間と全然違う姿だし、なんかすごい能力持ってそうだし。って、あ……!」ミライはそこまで言ってなにかに気づいたようだった。
そういうことさ。こいつらにとっては、自分たちの姿が普通。というか、この世界ではこの生態が普通のあり方なのさ。だから、自分たちが妖精のような特殊な生きものだなんて認識はもちろんありゃしない。
そこに現れたのがあたしだ。まったく違う姿の生きもの。そして虚空から扉を開いていきなり現れた超常性。この世界じゃあたしの方が特殊なんだよ。
そう。こいつらにとっては、あたしが妖精だったんだ。
「そんなー!! 妖精の国だって思ったのに! え、じゃあ、魔女は妖精として、不思議な力を期待されてたってこと?」
そういうことさ、気づいた後は参ったね。あんまりもてなされるとその後のお返しが面倒なことになりそうで、ぜんぶ断っちまった。
とはいえ、ここまでのもてなしや、期待には多少返さないとなんとも居心地悪いじゃないか。しかたなく、その国の仕組みや技術を聞いて、あたしが貢献できそうな知識を伝えたり、それこそあたしの菓子やお茶を振る舞ったり、旅の話をいかにもそれっぽく話したりしたねえ……。魔法の力を見せたりしたこともあったか。なんとも肩が凝ったよ。いや、ほんとに大変だったんだ。もうあんなことはごめんだねえ……。
「うーん、なんだか少し幻滅だよー。夢を持ちたかった」
ミライはブラウニーを先ほどまでとは違う、少し苦い顔をして食べた。
「まあ、あんたが言うような妖精がどこかの世界にはいるかもしれないから、気を落としなさんな」
そこで魔女の話は一区切りしたようだった。
「そう願うわ……。それにしても魔女が妖精ねえ。どうみてもこの人たちの方が妖精なのに! とくにこのピクシーみたいな子とか!」
「まあ、あたしやあんたから見れば、この世界の住人は立派に妖精さ。ただ、この世界の住人から見れば、あたしたちの方が妖精なんだよ。立場と環境の違いってやつさね」
そういうと魔女はニヤリと笑って言葉を続けた。
「さて、あんたが思い描いている妖精がいたとして。そいつらとあんた、本当の妖精はどっちなんだろうねえ?」
「もう、意地悪!」
「ははは、世界の旅も甘くは無いってことさ。たまにはこう言う話だって悪くないだろ」
「……まあ、振り返れば面白かったけどさ」
ミライはぶちぶちと言いながら、紅茶を飲みブラウニーを食べる。なんとなく、窓の向こうからは目をそらしているようだった。
そのミライの様子を見て、魔女は苦笑すると、立ち上がりカーテンを閉める。世界は隔絶され、この世界はこの世界だけの空間になった。
ふと、何かを思ったのか。魔女が口を開く。
「さて、ここで質問だよ」
「なによ、魔女。いきなり」
「さっきのあたしの話を聞いた上であんたはどう思う? あんたはこの世界の住人。あたしは別の世界からの異物だ。あんたからみたあたしは人間かい? それとも妖精かい?」
魔女の表情は、ふざけているような、でもどこか遠くを見るような、そんな顔。 その魔女の言葉に、ミライは質問の意味がわからないという感じできょとんとした顔になった後、ニコッと笑った。
そのミライの表情に魔女が少し戸惑う。
「なんだい、その顔は」
「だって、そんな質問意味ないもの」
「どういうことだい?」
「だってさ、人間とか妖精とか言う前に、あたしにとってはあなたは魔女だもの。それ以外に無いし、それで十分。その答えで不満?」
今度は魔女がぽかんとした顔になった後、大笑いした。
「なるほど、あたしは魔女か。そりゃそうだ、その通りだね。これは一本取られたよ。しかたないね、隠しとくつもりだった新作ケーキでも持ってくるかねえ」
「やった! 楽しみ!」
こうして、今日も旅の魔女と普通の少女のティータイムは過ぎていく。
その間には、世界の違いや、種族の違いや、そんなものはない。
二人の間には美味しいお菓子と飲み物と、楽しい話がある。
ただ、それだけのそれだけのこと。
妖精はどっち? 季都英司 @kitoeiji
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