妖精はどっち?

季都英司

第1話:ティータイムと妖精の話

 どんなに街が雪に包まれていても、たとえ周りが深い森であろうとも、そんな周辺の景色とは全く変わらず、そして異質なのがこの洋館だ。


 この洋館の住人は魔女。本人は旅の魔女を名乗る別の世界からの来訪者。

 洋館の二階にある不思議な窓からは、雪景色も森の景色も見えない。

 見えるのはただ、この世界とは異なる別の世界の景色。

 この洋館の主たる旅の魔女の魔法でこしらえられた、この通称『魔女の窓』は、世界をつなぐ異質で不思議で幻想的な窓なのだ。

 魔女と魔法の窓。異質のかたまりはこの洋館をも異質たらしめるはずだった。


 さて、そんな洋館にはもう一人のゲストがいる。

 名をミライ。魔女と違いこの世界出身のいたって普通の中学生の女の子。

 甘い物が大好きで、楽しいおしゃべりが好き。実に普通。

 最近の趣味は窓を眺めながらの魔女とのティータイム。

 このミライがなぜか洋館にいるおかげで、異質なはずの風景はなぜかほのぼのとした景色に中和されている。


 ということでミライと魔女は、今日もいつものように魔女の窓の向こうの景色を楽しみながら、二人のティータイムを過ごしているのだった。


「ねえ、魔女。魔女は妖精って見たことある?」

 今日も今日とて魔女に供された上質の紅茶を楽しみながら、ミライが魔女に呼びかける。本人の希望もありミライは魔女のことを『魔女』と呼んでいる。

「なんだいやぶからぼうに。妖精に興味があるのかい?」

 魔女はミライの急な話題にも慣れているといった風情で、動じることもなく自分で淹れた香り高いコーヒーをすすっている。

「うん、ちょっとね。最近はまってる小説にでてきてさ。イギリスを舞台にした妖精と人間のふれあいの話なの。なんだかとっても素敵でさ。それでちょっと妖精に興味が湧いていろいろ調べてるんだ」

「そうかい。外国の物語なんだね。あんた意外にいろいろ読んでるんだね」

 そう魔女が言うと、ミライが照れくさそうに笑った。

「まあねえ、言うほどじゃないけど面白くなっちゃってさ。あ、そういえば、今日魔女がつくってくれたこのお菓子なんだけど……」

「このチョコケーキがどうしたんだい?」

 ティータイムのお菓子は魔女が手作りすることが多い。今日のお菓子はチョコレートを混ぜた生地にナッツを淹れて焼いた無骨なケーキだった。しっとりと重く、ナッツの食べ応えがあって、紅茶にもコーヒーのお供にも最高だった。

「これね、この世界ではブラウニーって言ったりするの。ブラウニーって妖精の名前だったりもするんだよね」

「ほう、このケーキがね。別の世界で調べたレシピだから、あたしにとっちゃ別の名前だがこの世界ではそう言うのかい。なるほど妖精の名前ねえ」

 魔女がどことなく面白そうに言う。

「うん、なんだか妖精の導きみたいで面白くない?」

「偶然だよ。あたしはあんたの興味も、この菓子の名前も知らないんだしね」

「魔女は淡泊だなあ。ま、いいや。で魔女は妖精見たことある? いろんな世界を旅してきたんでしょ?」


 そうミライが言うと、魔女は少し考え込む様子を見せた。しばらく考えた後、眉間にしわを寄せる。

「どうしたの?」

「妖精ねえ、まあ会ったことがあるといえばあるっていえるのかね……」

「あるの!? やっぱり!」

 ミライが目を輝かせる。それをみてなぜか魔女が渋面になる。

「……一応聞いておこうかね。あんたの思う妖精ってのはどんなだい?」

「え? やっぱり人の形をしてて小さくて、蝶みたいな羽が生えてるの。可憐で可愛いんだ」

「なるほどね。あと知ってるのはあるかい?」

「うーん、あとは、小さくてキバが生えててちょっと顔は怖いんだけど、人間の村の周りに住んでて家の手入れをしてくれるとか、家畜の世話をしてくれたりとか。そういうのを人知れずやってくれるような」

「結構、本格的に知ってるんだね。もっとざっくりかと思ってたよ」

「まあ、本読んだばっかりだしね。で、そう言うのみたことある?」

 魔女が一つため息をつく。

「ああ、あるよそう言うのなら」

「わあ、すごい! その旅の話してよ!」

「そうだねえ、まあいいか」

 そういうと魔女は立ち上がり、魔女の窓の横に立つ。閉じていた深みのある紫色のビロードのカーテンをそっと閉める。窓は一度閉ざされた。

 そして、魔女が何かをつぶやく。ミライが聞いたところによると、なにか力のある言葉で魔法につながるもの、らしいのだがもちろんミライにはわからない。

 魔女は言葉を切ると、カーテンを開いた。窓の向こうから光があふれる。

 これが『魔女の窓』の向こうに移す世界を切り替える儀式だった。

 ミライはワクワクしながらその向こうの景色を見つめる。


 そこには、小さな集落のようなものが映っていた。

 木でできた小屋と草葺きの屋根。

 辺りには麦畑のようなものが点々と見える。

 そして、

「わあ、いたいた妖精だ! しかもたくさんいる!」

 そこに映っていたのは、たくさんのこの世界の人ならざる姿のものたち。

 犬や猫のような顔をした全身毛むくじゃらの二足歩行の生きものや、角の生えたポニーのような生きもの、そしてまさにミライが言ったような小鬼のような姿や、羽の生えた小さな人型が飛んでいたりもする。

 そんな姿の生きものたちが窓の向こうに所狭しと映っていた。

「あんたの見たかったのは、こう言う光景ってことでいいかい?」

「そうそう! やっぱり魔女はこういう世界にも行ったことあるんだね。いいなあ、ここって妖精の国って感じなの?」

 ミライはもう興奮を抑えきれないという感じだ。対して魔女は落ち着いているというかどこか冷めているようにも見える。

 魔女はミライの言うところのブラウニーであるチョコケーキを一口かじる。

「なるほど、お菓子なのに妖精……か。面白いもんだね。じゃあ、せっかくだ。この世界の旅の話をしてやろうかね」

 こうして今日も魔女の旅の話がはじまった。

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