【短編】アル・フェリア・フォビア

ムスカリウサギ

KAC20253

本編

 ――どこからか、笑い声が聞こえてる。


 笛の音に乗り遠くから、笑い声が聞こえてくる。

 

 くすくす、くすくすと、声がする。


 仲良さげに、楽しそうに、笑う彼らの声がする。


 ほの暗い森は、ぼんやりと。

 

 舞台は、月明かりに照らされて。


 妖精たちが、踊っている。


 集まり、輪になり、踊っている。

 

 それはわたしの心に、さざ波を呼ぶ。


 ひどくぞわりと、わたしの心を掻き乱す。


「綺麗…………」


 思わず発したわたしの声に。

 はねを休め、動きを停めた妖精が振り返る。


「――、――」


 何かを喋った。

 にこりと微笑み、腕をのばし。

 わたしに向かって、手招いた。




 ……ところで、わたしの意識は暗転した。




「――夢かよ、ド畜生」


 次に視界に映ったのは、見慣れた部屋のいつもの天井で。

 その天井に向かって腕を伸ばした状態で、わたしは薄みっともなく乱れた寝姿のまま、悪態をいた。


 夜の闇がまだまだ残る窓の向こうからは、さぁぁぁ……、と雨の音が響いていた。


「雨……いつの間に、降り出してたんだ……」


 むくり、起き上がって髪を掻きむしった。

 ふと触れた枕が、じんわりと湿っていた。


 思い当たる。変な時間に眠りについた原因は。

 

 まなじりには、涙の跡。


「……っ! ぅ…………」


 ズキン、と頭痛がした。


『くすくす……くす……くす……』


 どこかから、笑い声が聞こえる。


「くそ……っ。……うるさい……ッ!」


 幻聴だって、わかってる。

 わたしを嘲笑う奴らなんて、ここには居ない。

 わかってる、妄想だって。

 ここでは無いどこかに向けて、わたしは叫ぶ。


「ああ…………」


 嘆息。肺に溜まったものを吐き出す。

 そしたらわたしは息を呑む。


 吐き出した物をもう一度呑み込んだら、最後にもう一度吐き出すの。



「死にたい」



 吐き出したそれは、わずか一言。

 


 わたしは無造作に、置かれた瓶を掴み、手に取る。

 

 瓶をひっくり返して、ざらざらと音を立てながら、中身を手のひらにぶちまける。

 いっぱい。いっぱい。

 

 すっと息を止め。

 あおるように、それを飲み下す。

 ぐい、ぐい、と、喉に無理やり詰め込んで。


「はぁ……っ」


 わたしは、恍惚こうこつの声を上げる。



 やがてわたしの側には、『何か』が集まり出す。


「――、――」


 その『何か』は、ひとり、ふたりと集まり出して。

 わちゃわちゃ、わちゃわちゃと、騒ぎ始めた。


「かわいい」


 ぼんやりとした頭で、舌っ足らずな声を出す。

 だって、ほら見て、かわいくない?


 わたしの周りにいた『何か』は、やがて形に成っていく。

 それは、さっき夢で見た、彼ら。

 

「あはっ。妖精さんだ」


 手のひらくらいの大きさで。

 虫の翅を背に、葉で編まれた服を着て、子供のように無邪気な笑顔。

 妖精さんだよ、間違いない。



 そしたらその内のひとりが、ふわりとのぼって、わたしの瞳と、目が合った。

 

 にこりと笑い。にこりは笑え。


「――」


 おいでよって、口だした。


「どこに?」


 わたし、こたえた。

 ようせいサンは、浮き舞って、わたしを呼ぶ。

 

「――、――」


 呼ばれたまんまに、わたしは歩く。

 どこを? 広がった道を。




 引き寄せられるように、導かれるままに。

 辿り着いたのは、森の中。


「どこだろう、ここ?」


 ズキズキ痛む頭で考える。


 真っ暗な森の中。

 ほー……ほー……、とふくろうの声がする。


 カサカサ、あるいはガサガサと。

 聞こえてくるのは、何かが動き、うごめく音ばかり。

 暗くて見えない、葉っぱが揺れて。


 ぞくぅ……っ、と、背筋が凍りつく。


「な、なに、ここ……!」


 わたしは、さっきまで家にいた。

 ベッドの上で横になってた、はずなのに。


 寝間着の身体に吹きすさぶ風は、冷たく。

 全身を走る鳥肌に、わたしは自分の体を抱きしめた。


 歯を打ち鳴らし、無様に震えて。

 わたしは自らを掻きいだく。



 

 ――どこからか、笑い声が聞こえてきた。

 笛の音に乗り遠くから、笑い声が聞こえてきた。


「な、……なに…………?」


 かぶりを振る。


「…………やっぱり、聞こえる……」

 

 くすくす、くすくすと、笑う声。


 ぐっ……と拳を握りしめ。

 わらにもすがる思いで、前へ、進む。


 聞こえてくる声は、話し声?

 仲良さげに、楽しそうに、笑う誰かの声がする。


「……ここは……?」


 笛の音、高く鳴り響けば。

 真っ暗だった森、ぼんやりと。


 仄明るく照らされたそこは、舞台。

 ぽっかりとひらかれた空間は。

 月明かりに照らされている。

 

 どこか寒々としながらも。

 妖しげに、月光真っ直ぐ、降り注ぐ。

 空高く、まんまると満ち満ちた望月フルムーン

 月明かり静かに、降り注ぐ。

 

 響く音楽。それは愉快で、華やかな音色。

 でも、不思議と、どこかさびしげで。


 薄暗い森、鬱蒼うっそうと繁る木々の中。

 輝きが溢れたこの場所は。

 きらりきらりと、光舞う。

 ふわりふわりと、舞い踊る。


 足見れば、月光を浴びてぼんやりと。

 光るヒカリゴケ、そこに立つ影をあでやかに。

 ゆらり、ゆらりと、映してる。

 ゆらゆら、ゆらりと、あおってる。


「……あれ、は…………」


 何かが踊っている、『何か』が踊っている。

 集まり、輪になり、踊っている。


 ああ、あれが何であるのか、わたしは知っている。


 手のひらくらいの大きさで。

 虫の翅を背に、葉で編まれた服を着て、子供のように無邪気な笑顔。

 妖精なんだよ、間違いなく。

 

 それはわたしの心に、さざ波を呼び。

 びくりぞわりと、わたしの心を掻き乱す。


 妖精たち、輪になって舞う。

 妖精たちのダンスホール。

 思わず呟く。


「綺麗…………」


 声に、彼らは振り返る。

 はねを休めて、動きを停めて。

 妖精たちが、振り返る。


「――、――」


 何かを喋った。

 にこりと微笑む。

(わたしを呼んでる)


 腕をのばした。

 おいでおいでと手招いた。

(わたしを待ってる)


 わたしは腕をのばす。

 吸い寄せられるように。

(わたしは呼ばれた)


 わたしは腕をのばした。

 その手を取るように。

(わたしは舞ってる)




 ぷつり、わたしの意識は暗転した。




 ――とおく、とおくで、声がする。

 

 くすくす、くすくす、声がする。


「くすくす、くすくす」


 声がした。

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