消えた美少女ストライカー

つむぎとおじさん

全1話

 女子サッカー部の主将、中村兎美なかむらうさみは悶々としていた。

 とあるサッカー女子に恋をしてしまったのだ。


 ことの起こりは補習の授業である。

 兎美は退屈だったので、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 グラウンドの向こうでは男子サッカー部が練習をしている。


 兎美は思わず身を乗り出した。ただひとり女子が混じってプレイしている。しかも制服を着て。

 うちの学校のものではない。このあたりでは見かけない制服だ。


「制服でサッカーって、ふざけてるの?」兎美は眉をひそめた。

 ところがこの制服女子、とんでもなく上手い。見事なトラップでボールを受け取るやいなや、ドリブルで一人、また一人と華麗にかわしていき、あざやかなフォームで右足を振りぬくと、ボールはサイドネットを激しく揺らした。ゴール。


「うちのクラブの子?」兎美は首をかしげた。「いや、あんな上手な子、うちにはいない」

 兎美が見とれていると、いつの間にか補習の先生が横に立っていた。


「中村さん、窓の外より黒板を見なさい」


 さらに居残りで30分の追加授業を受けさせられた兎美は、補習が終わるなり猛ダッシュでグラウンドに向かった。女子のほうではなく、男子サッカー部のグラウンドへ。


「ちょっと!」

 兎美はいちばん手前にいた男子サッカー部員を捕まえて聞いた。

「さっきの子、だれ?」

 男子部員は兎美のあまりの剣幕に気おされ、助けを求めるようにあたりをきょろきょろと見まわした。

「あんた、口がきけないの? さっきいっしょにサッカーやってた制服着てた女子、だれかって聞いてんのよ」


 何事かと部員たちが集まってくる。

「どうした、兎美。めっちゃテンション高いけど」声をかけたのは主将の奥寺圭祐だ。

「あ、圭祐けいすけ。さっき制服着てサッカーやってた子いたでしょ。あれ、だれ? 紹介してほしいんだけど」


 奥寺は一瞬困ったような顔をした。「えーと……それはできない」

「なんでよ!」兎美は食ってかかった。「あんた、女子サッカー部に恨みでもあんの? あんな逸材ほうっておけるわけないでしょ」

「紹介してあげたいのはやまやまなんだが、じつはオレたちも知らないんだよ、彼女のこと」

「んなわけあるか!」

「キャプテンの言ってること、ウソじゃないぜ」副主将の那須が助けに入る。「最初は見学してたんだよ。で、ボールが転がって行って、それを彼女がものすごいボールで蹴り返して。それでちょっとやってみるかって話になったんだ。めちゃめちゃ可愛かったし」数人の部員が笑った。

 兎美は笑った部員たちをひと睨みしたあと、「あやしいな。なんか隠してない?」と問い詰めた。

 しかしそれ以上追及しても、有益な情報は得られなかった。


 ナゾの制服女子は意外な形でふたたび兎美の前に姿を現した。

 なんと美術部の部室で製作中の絵画に、あの制服美少女が描かれていたのである。


「ちょっとあんた! このモデルはだれよ」兎美は美術部部長の久保をしめあげた。

「ぐ、ぐるじい……」久保は涙まじりにうめいた。

「じゃあ吐け。吐いて楽になれ」これではまるで暴力刑事である。


 だが兎美の執拗な追及に久保は屈しなかった。

「モデルさんとの約束ですから、個人情報は口が裂けても言えません」

 本当に口を裂いてやろうかと思ったが、さすがに思いとどまり、再び男子サッカー部へと兎美は向かった。


「知らないとか言って、あの子、美術部ともつながりがあるじゃない!」

 激しく詰め寄ったが、奥寺は美術部のことはまったく知らない、グラウンドにもあれ以来現れていないと説明した。


 そう言われても、あのときの華麗なステップワークを簡単にあきらめきれるものではない。

 兎美は事あるごとに美術部部室を襲い、男子サッカー部の練習に目を光らせるのだった。


 それから10日ほど後のこと。

 兎美の執念が実ったのか、ついに本人が現れたのである。


 放課後、教室の隅で兎美が今や日課となったグラウンド偵察をしていると、「中村さん」と呼ぶ声がする。

 兎美が振りむくと、教室の入り口になんとあの制服少女が立っているではないか。


 兎美は思わず椅子を蹴倒して立ち上がった。「あんた!」


 制服美少女は恐る恐るといった感じで、半身だけのぞかせている。副主将の那須が言っていたとおり、少女は可憐で可愛かった。兎美は頬が熱くなるのを感じた。


「あの、わたしを追いかけてくれるのはとてもうれしいんですけど、事情があって女子サッカー部には入れません。どうかあきらめてください」制服少女はぺこりとおじぎをして、消えるように立ち去った。


 兎美は茫然としていたが、ハッと我に帰ると教室の出口に向かって走り出した。「ちょっと待って! 話を聞いて!」


 兎美が廊下に飛び出した時にはすでに制服少女の姿はなかった。

 兎美の剣幕に驚いて目を丸くしている女生徒がひとりいるだけだった。


「ねえ、あんた」兎美はぎろりと女生徒をねめつけた。たしか槙野という名前だ。

「今、他校の制服を着た女の子が走ってったと思うんだけど」

 槙野は兎美の迫力に恐れおののいている。


「どっちに行ったか、教えてくれない?」

 ここは二階である。制服美少女が走っていった突き当りには階段しかない。

 彼女は昇って行ったのか、それとも降りて行ったのか。


 兎美にがっちりと両肩をつかまれた薫はおそるおそるといった感じで、人差し指を上に向かって指した。

「ありがと!」言うが早いか兎美は走り出した。


 三階、四階と階段を駆け上がる。四階は最上階だ。

 制服美少女の姿はなかった。どこかの教室に入り込んだとしか考えられない。あるいは屋上か──。


 その時、あっ、と叫ぶ声が聞こえた気がした。


 声は下からのようだった。兎美は階段の踊り場の窓をあけて半身を乗り出した。ここからだと校舎の壁全体が見渡せる、と言いたいところだが、それぞれの階にはベランダが出張っていて、かなり視界を遮っている。


 だが二階のベランダから身を乗り出している女生徒がいた。さっきの槙野だ。

「今なんか言った?」

 槙野は顔面蒼白となっていた。兎美の姿を認めると、おずおずと下を指さした。

 兎美が言われたとおりにすると、制服美少女がうつ伏せにコンクリートの上に倒れていた。少女はピクリとも動かない。


「うそ……」兎美の血の気が引いた。


 兎美は猛然と階段を駆け下りた。四階から一階まで一分もかからなかっただろう。

 制服少女が倒れていた中庭に、転げるように飛び出した兎美は愕然とした。


 そこには誰もいなかったのである。


 やや遅れて槙野も中庭に出てきた。

 兎美の姿を見つけると、こわごわと近づいて来る。


「あ……」槙野も、制服美少女がかき消えたことに唖然としているようだ。

「あの、ここに倒れてた人、どうしたんでしょう」

「こっちが知りたいわ」兎美は八つ当たりぎみに言った。

「一分も経ってないのに。っていうか、あたしを呼んだの、あなただよね」

「あ、はい」槙野はキョロキョロしている。いきなり尋問されるいわれはないといったところだろう。

「あなた、槙野さん……でいいんだっけ。私、中村兎美です」

「あ、はい、知ってます。有名ですから。あ、わたしは槙野薫といいます」

「それはどうも。ところで何が起こったの? 説明して」

「何って言われても……その、何かが落ちたような音がして、それで二階の窓から下を見たら人が……人が……」その時のことを思い出したのか、槙野は口に両手をあてて震え出した。


 制服少女はたしかに倒れていたのだ。

 兎美は四階の窓から、槙野は二階の窓から確認している。


 では彼女はどこに消えたのか。

 三階、あるいは四階から飛び降りて無傷ですむ人間なんていない。ましてや彼女は柔らかい土の上などではなくコンクリートに着地してしまったのだ。


 今しがた起きたことの重大さにようやく気づき始めたとたん、兎美のヒザはがくがくと震え出した。

 自分が追いつめるようなことをしたせいで、彼女は行き場を失ったのだ。

 殺したのはあたしだ──。


 兎美たちのただならぬ様子に、数人の生徒たちが集まってきた。何があったの、どうしたの、とささやきあっている。


 兎美は事情を説明しようと思ったがやめた。

 人が落ちた。四階か屋上から落ちたのなら即死だったかも知れない。

 だが一分もしないうちに彼女の体は消滅してしまった。


 だれが、なんのために、そんなことをしたのか。

 サッカー部や美術部がかたくなに存在を隠していることと関係があるのか。


 どんな理由があるにせよ、自分が彼女を追いつめたのはまぎれもない事実なのだ。

 兎美の目から涙がポロポロとこぼれた。


 ---


 その日以来、兎美は美術部部室にはいかなくなった。男子サッカー部のグラウンドにも目を向けなくなった。


「中村さん、大丈夫?」顧問の先生は心配そうに声をかけた。

「はい…」兎美の返事はかすかだった。


 兎美はほとんどしゃべらないようになってしまった。部活もずっと休んでいる。


 一週間がすぎた。

 今日も長い長い授業が終わり、ようやく放課後になった。兎美はのろのろと教科書やノートをバッグに詰め、のろのろと立ち上がり、のろのろと教室の出入り口に向かおうとした。


 そのとき兎美は信じられないものを見た。

 あの制服美少女が立っていたのだ。

 そしてその後ろには、なぜか槙野薫もいた。


「あ……ああ……」兎美の声は震えていた。


 兎美はバッグを落とし、へなへなと近くの椅子にへたりこんだ。

 胸に去来したのは、とにかく「良かった」の一言だった。

 彼女は死んでなかったんだ。


「兎美、すまん」

 制服少女が近寄ってきた。

 その声には違和感があった。

 一週間前はもっとかわいい、小さな声だった気がする。

 だが今の声は、なんか低くて太かった……。


 制服少女は兎美の目の前までくると、頭に手をやった。

 ロングの黒髪が外れた。

 カツラだったのか。

 現れた顔は兎美がよく知っている人物だった。


「おくでら……くん?」兎美は目を丸くした。


 制服美少女の正体は、男子サッカー部主将の奥寺圭祐だった。

 それでもまだ──というか、それならそれであらたな疑問が山のように噴出してくる。

 いったい何がどうして、何を、何のために?


「あー、ことの起こりはこんなところからだったと思う」


 奥寺は語り出した。兎美の横にすわる。女子の制服を着ているのに、サッカー少年特有のガニ股というのはどことなくユーモラスだ。


「これ、妹の制服な。アイツの高校、制服がリニューアルするんだよ。だから見たことないと思うんだけど」

「……つまり圭祐は女装が趣味だったってこと?」

「ちがうって。まあ聞け」


 それから奥寺は事のてんまつを語り出した。


 美術部部長の久保が、奥寺の妹にモデルを依頼した。

 しかし当日、都合が悪くなって来れなくなった。

 申し訳ないので、制服だけ貸してあげるから、誰か女生徒に着てもらってください。

 妹からそう言付かった圭祐は制服を持って登校してきた。


 彼は去年の文化祭で女装喫茶をやり、大盛況を博したことがある。

 そのときのカツラもついでに持ってきて、冗談で制服を着てみた。

 久保に見せると、彼は大喜びでデッサンを始めた。


 奥寺は調子に乗って、サッカー部の連中にも見せに行った。

 そしてそのままの格好でボールを蹴った。

 兎美はこの時の練習を目撃したのだった。


 それ以来、兎美は美術部にしつこく出向くようになり、部員たちが根を上げた。なんとかしてくれと奥寺に泣きついた。


「兎美の熱意ってすごいよな」奥寺は苦笑いした。


 奥寺はここで一計を案じた。

 アニメ同好会の槙野薫に“吹き替え”をお願いしたのだ。


 奥寺はふたたび妹から制服を借りて、兎美の教室に顔を出した。

 言うべきセリフはすでに打ち合わせ済みだ。

 奥寺は制服美少女の格好をして、口パクをする。槙野薫は陰に隠れてセリフをあてる。


「わたし、声優をめざしてて……ホントごめんなさいっ」槙野薫は泣きそうな顔で頭をさげた。


 本人の口から断ったのなら、さしもの兎美もあきらめてくれるだろう、という見込みはだいぶ甘かったと言わざるを得ない。

 かえって兎美のハートに火をつけることになってしまったのだから。


 猛然と追う兎美。

 逃げる奥寺。


 しかしそこは奥寺圭祐、だてにキャプテンを張っていない。

 彼のモットーは“常に良い準備をする”である。

 ここでプランB発動。


 もし兎美が追いかけてきた場合、奥寺は下へ逃げる。

 兎美は槙野を問い詰める。槙野は「上へ行った」と嘘をつく。

 兎美は上へ駆けあがる。

 そのあいだに奥寺は中庭をぬけてサッカー部部室へと逃げ込み、着替える。

 兎美、奥寺を発見できず戻ってきて、ふたたび槙野を問い詰める。

 槙野、「あれえ?」とか言いながらしらばっくれる。

 兎美、鼻息荒く立ち去る。


 となるはずだった。


 ところがここで計算が狂った。

 奥寺が中庭の手前で転んでしまったのである。

 しかも転がってあったバケツがちょうどみぞおちに入り、息ができない。


 それを見ていた槙野は思わず「あっ」と声をあげてしまった。

 その直後、兎美が四階の窓から顔を出す。

 槙野はあせった。奥寺はまだ伸びている。

 もう隠しようがない。しょうがなく指さして見せるしかなかった。


 兎美が中庭まで駆け下りてくるまでの間、奥寺は必死の思いでとなりの出入り口まで這いずっていった。

 兎美が中庭に姿を現すのと、奥寺が中庭から姿を消すのと、ほとんど同時だった。



「というわけだ。すまん!」奥寺は両手を合わせ、頭をさげた。

「そっか」兎美は力なくつぶやいた。

「ところで二人はつきあってんの?」兎美が聞くと、二人はぶんぶんと首を横に振った。

「あはは、あたしったら何聞いてんだろ。あははは……」うつろに笑い続ける兎美を、奥寺と牧野は痛ましい思いで見守った。


 ---


 それからの兎美は徐々に元気を取り戻していった。

 部活にもぶじ復帰した。


「兎美、プレイスキックのとき、もう少し角度つけてみたら?」

 奥寺が罪滅ぼしも兼ねてか、コーチを買って出てくれるようになった。

 女子サッカー部は夏の大会の目標をベスト16からベスト8にあげることで全員意見が一致した。


 それでも最近、女子サッカー部のキャプテン、中村兎美は悶々としている。

 どうやら男子サッカー部キャプテン、奥寺に恋をしてしまったようである。


(終わり)

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