人に仇なすもの

新巻へもん

汚ない逃げ場

 KAC2025連作してます。

 第1話 うれしいひなまつり

https://kakuyomu.jp/works/16818622170372439708/episodes/16818622170372443559

 第2話 姉さんの記憶https://kakuyomu.jp/works/16818622170603278361/episodes/16818622170603280899



 雨戸に対して左側は5メートルほどで行き止まりになっている。

 元は扉があったようだが漆喰で塗り固められていた。

 右側は2間と厠があるきりで逃げ場がない事には変わりはない。

 そんな場合ではないと承知しつつも我慢できずに小霧は背後に視線を移す。

 すぐそばに迫っているかと思ったが、意外なことに子供は薄ら笑いを浮かべながらもといた場所から1歩も動いていなかった。

 その奥には広い座敷が広がっており、身をかわすことさえできればどこか外へと出ることができるかもしれない。

 そう小霧は考えるが、さきほど澪が逃げろと言ったことを思い出した。

 子供の見た目に騙されてそちらに向かうのは自ら罠にかかりに行くようなものだと考えを改める。

 そのとき、子供の唇が割れてチロリと細長いものが現れた。

 あごの先に達しようかという長さに比べて明らかに幅が狭い。

 それと同時に丸い瞳孔が縦に細くなる。

 2つの変化を合図に子供の口の両端から艶やかな肌に赤い横線が走った。

 ペリペリと皮が剥け始め中から人の肌の質感と異なるものが現れ始める。

 小霧はその変化を最後まで見ることなく体の捻りを元に戻すと広縁づたいに足早に歩き始めた。

 左手で雨戸をどんどんと叩いて緩んだ場所がないか確認しながら頭の隅で考える。

 やはり、あれは人外の存在なの?

 姿を現したときは子供の姿ではあったが、襖が閉まっているときにその向こうから聞こえた床鳴りは重いものが乗ったものだった。

 見た目通りの体の重さなら床が軋むようなあんな音はしないはず。

 小霧は子供の頃に聞かされたことを思いだした。

 山には年を経た動物の精がおり、勝手に山に出かけた悪い子を取って食う。

 子供を戒めるための作り話だとは思わず、あの頃の私は震え上がったんだっけ。

 でも、実際は何かの精がいるというのは作り話ではなく本当に存在したんだ。

 人を惑わし害をなす妖かしのたぐい。

 妖精と呼ぼうが妖怪と呼ぼうがその本質は変わらなかった。

 子供の姿に変じていたものが何の妖精か分からないが、逃げきれなければ死と引き替えにそれを知ることになるだろう。

 背後からのメキメキという音が大きくなった。

 寝かされていた部屋の前まで戻ってきて雨戸に体当たりをしたがやはり外れそうにない。

 ここに小霧を閉じ込めた誰かは念入りに細工をしたことが窺える。

 部屋を覗き込んでみても広縁側以外の残りの3方は土壁で逃れられない。

 唇を噛みしめる小霧の脳裏にもう一つの恐ろしい記憶が蘇る。

 顔をしかめこみ上げてくる吐き気をこらえた。

 子供の頃、厠の中に大切にしてた財布を落としたことがある。

 都会では水洗式のトイレが当たり前になったが、ここの施設は汲み取り式だった。

 穴から下に落とした排泄物は汲みださなければあふれてしまう。

 回収した財布は使い物にならなかったが、そのときに使った扉の存在を思い出す。

 警告してくれた澪ねえのためにもこんなところでは死ねない。

 小霧は厠の板戸を引き開けると鼻をつまんで漆黒の闇が広がる穴に身を投げた。

 


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