うれしいひなまつり

新巻へもん

今日はたのしいひなまつり

 ズキン。

 小霧は頭痛と共に目が覚める。

 痛みだけでなく吐き気もあったが歯を食いしばって堪えた。

 ここはどこだろう?

 少しずつ目の焦点があってくるとうつ伏せになり顔の右側を下にして横を向いていた。

 薄暗がりの中で目を凝らすとどこかの屋内らしい。

 両手を突っ張って体を起こした。

 身を横たえていたのは緋毛氈らしい。

 少し離れた壁から漏れてくる光が空気中の埃を照らし出している。

 くしゅん。

 小霧はクシャミをした。

 どうもひどく埃っぽい。

 見回せば日に焼けた畳が敷かれており、見上げる梁は黒くなっている。

 どうやら古い家屋の中らしい。

 初めて見るはずの光景だが妙な既視感があった。

 家屋内に漂う空気、匂いというには微かなものはなぜか懐かしい感じがする。

 自分の身に着けているものを確認した。

 ハーフブーツ、デニムパンツ、ダウンジャケットといういでたちに変化はないが、スマートフォンは無くなっている。

 ふらつきながら立ちあがった小霧はとりあえず光の方へと向かった。

 屋内で靴を履いたままというのは気が引けるが脱ぐわけにもいかない。

 畳敷きの部屋から板張りの場所に踏み出す。

 壁と思ったのは頑丈な雨戸だった。

 その隙間から外の光が差し込んでいる。

 雨戸は内側からなら横にスライドして開くはずだが手をかけてもびくともしない。

 外から板切れを打ち付けて動かないようにしているようだった。

 小霧が左右を見ると右手には板戸がある。

 反対側は板張りの広縁が続いており、2つ先の部屋は襖が閉じられていた。

 今まで小霧がいた部屋もすぐ隣の部屋も襖を立てるために溝は切ってあるが1枚も襖がない。

 手近な板戸を開けるとツンとした異臭が鼻をつく。

 一段高くなった場所の真ん中に黒々とした穴が開いていた。

 ああ、ご不浄か。

 子供の頃は怖かったな。

 不意に記憶が蘇る。

 え? この場所のことを私は知っている?

 記憶の中の小霧の視点はひどく低い。

 戸惑いながら板戸を閉めて反対方向に歩いていく。

 横たわっていた部屋の隣は畳すら敷いておらず長らく荒れたままだったことが窺えた。

 雨戸に手をかけてみるが動かないことは変わらない。

 さらに襖のある部屋の前まで進む。

 意を決して襖を開けると裸電球に照らされて目の前に雛壇が現れた。

 私はこの雛壇を知っている。

 息をのむとパッと脳裏にショッキングな映像が浮かんだ。

 並ぶ人形をぐちゃぐちゃにして1人の若い女性が白無垢姿で雛壇に仰向けに横たわっている。

 美しかった顔に血の気はなかった。

「澪ねえ」

 幻想に呼びかけるように小霧の口からその名が漏れる。

 自分の声にはっとして小霧は我に返った。

 どうして今まで忘れていたんだろう?

 3月3日、当時18歳だった従姉の澪が当時住んでいた屋敷内で死んだ。

 変事があったとき小霧は両親の制止をすり抜けてその場所に入り込んで惨劇の様子を見ている。

 村の人々はヌシ様に嫁入りしたのだと噂していた記憶も蘇ってきた。

 最後に日付を覚えているのは2月28日。

 翌日から愛用している小説投稿サイトでイベントが始まるとわくわくしたのを覚えている。

 雛壇の後ろの襖の向こうでミシリと床を鳴らす音がした。

 ミシリミシリ。

 音が近づいてくる。

 ごくりと唾を飲み込む小霧は昨年末に18歳の誕生日を迎えたばかりだった。


 ***


 KAC2025に連作で挑む予定です。

 次話はKAC20252のお題で公開するつもりです。

 

 


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