売春家族 四百字詰め原稿用紙 十六枚

CHARLIE(チャーリー)

売春家族

 キューケー室でタバコを吸っていると、エプロンの腹に付いたデカいポケットの中でスマホの呼び出し音が鳴った。かーちゃんからだ。

「なーにー?」

 アタシはくわえたばこでめんどくさそーに言う。

「シマがさあ」かーちゃんもめんどくさそうな声をしている。「コーエンのテツボーにぶら下がってんのが見つかったんだってー。今ケーサツが来てるよ」

「はあ? なーんじゃそれ」

 アタシは吸い殻が溢れている灰皿でタバコを揉み消す。

 シマは二番目の娘である。今小三。学年で一番背が低いことを気にしてたから、この土砂降りの雨の中テツボーにぶら下がってたらシンチョーが伸びるとでも考えてたのかなあ?

「ナホ? アンタ、ソータイしたほうがいいよ。ケーサツもアンタから話を聴きたいって言ってるし」

「はあ?」アタシにはよくわからない。「ケーサツが何を聴きたいってえ?」

 心底めんどくさい。もう切っちゃおうかなあ。

「シマが死んだんだよ」

 かーちゃんもやっぱりめんどくさそーに言う。

「あー! ぶら下がるってそーいうことかあ! 首吊り?」

 アタシは興味本位で訊く。だって身近にそんな事件なんてめったに起きるモンじゃないじゃん。しかも自分の娘がサ!

「それ以外に何があるってのサ」

 かーちゃんはアタシに呆れているみたいだ。

「あの子、なんかヤなことあったのかなあ?」

「知らねーよ。それにケーサツは自殺じゃなく他殺って言ってるし」

 おお! アタシはますますコーフンして来る! こんな経験誰でもできる訳じゃない。

 かーちゃんは続ける。

「シマの口にガムテープが貼られてたし、シマと一緒にガッコーから帰ってた近所の女の子たちがサ、コーエンの近くでシマに親しそーに話しかけてきたおじさんがいたってショーゲンしたらしいよ。シマはそのおじさんに笑ってついて行ったんだって」

 かーちゃんにはそのおじさんにケントーが付いているみたいだ。アタシにも大体わかる。

「ともかく早く帰って来いよな」

 かーちゃんは言って電話を切った。

 そこへ。

「ナホさん。またサボってたんですね」コージがやって来る。「もう上がりの時間ですよ」

 チッ。七つも年下のダイガクセーのクセに。エラソーに!

「なあ。このあとラブホ行かねー? きょうだけはタダでヤらせてやっからさあ」

 アタシは身を乗り出す。コージには胸の谷間が見えているだろう。

「タダより高いものはない、っていうことわざ知ってます?」

「ああなんとなくな」

 クソ。またセッキョーして来やがる。

「何かあったんですか? さっき電話してたでしょう?」

「聞こえてたのかよ」

 アタシはまた舌打ちをしてから事情を話す。

「それなら余計に早く帰ってあげたほうがいいじゃないですか。シマちゃんも可哀そうだし警察の対応をお母さんだけに任せるのも申し訳ないでしょう」

「もーいーよ」

 アタシは立ち上がり、エプロンを脱ぎ、ロッカーへ放り投げる。

「もうアンタとは、何万円積まれてもネてやんねーからな」

 アタシはコージを残して休憩室を出た。


 パート先の百円ショップから家までは徒歩で十分ほどだ。雨が強く降っている梅雨の午後。アタシは傘を右肩に載せて、ときどき風で飛ばされそうになるから左手で抑えて。スマホでタケシへ電話をかける。タケシはパチプロである。二十四時間いつ電話をかけても出なかったことはない。

「おおナホ!」

 きょうもワンコール目で出る。周りの音が静かだからパチンコ屋に居るのではないみたいだ。

「今家?」

「ああ」

「かくまってくんねーかなー」

「何かあったの?」

「シマが殺されたんだよなー。今ウチ、ケーサツが来てるんだって」

「ああ……」

 タケシも犯人に心当たりがあるようだ。

「めんどくせーんだよなー、こーいうの。アンタにもメーワクかけっかもしんねーしさー」

「オレは別にいいよ。正直にお前との関係を話すよ。ヨメもいねーし、今ほかに付き合ってるオンナもいねーし」

 タケシは三女の父、ということになっている。三女は今小一。なかなか稼ぎがいい。

「めんどーなのはわかるけどさあ。ちゃんとしてやりなよ。オレの娘が殺されたんだったら、お前が今そんな態度取ってるって知ったらお前を殺しに行きたくなると思うぞ」

「アンタにもそんなカンジョーあるんだ!」

「逆にお前にそこまで母性がなかったってことにオレのほうが呆れてるよ」

「確かにアンタの言うとーりかもなー。そっかあ……シャチョーへも連絡が行くよなー……あの人家庭があるのになー。それはちょっと申し訳ないなあ……」

「シャチョーの心配より先にしねーといけねーことあるだろ」

 タケシは腹を立てているみたいな口調で言って電話を切った。

 ちょーどマンションの前に着いた。

「ナホォ! 早くぅ」長女がエントランスの前に傘をさしてアタシを待っていた。「電話の相手、タケシだろ?」

 長女はニヤけながら言う。

「なんでわかんだよ」

 アタシは驚きながらマンションに入る。エレベーターホールでエレベーターが来るのを待つ。

「ナホがこーいうときに逃げ場にしそーなオトコってタケシしかいねーじゃん」

「コージかもよ?」

「コージとは別れたがってるじゃん。学生でビンボーなクセにセッキョー臭いって」

「……」

 アタシの長女は誰に似たのか頭がいい。小五だが成績もいい。

「なあナホォ……」

 長女が戸惑っている。アタシにはピンと来る。

「アンタが気にすることじゃないよ」

 アタシが先回りをして言うと、長女は、

「ありがとな」

 と言った。

 エレベーターが七階で止まる。アタシたちはケーサツとかーちゃんが待つ部屋へ向かう……。


 戸籍トーホン。DNA鑑定。ホント、めんどくせーことしてくれたよなー。

 シマはシャチョーの子どもじゃなかった!

 ケーサツにはかーちゃんからジジョーを話してもらって、できるだけシャチョーの家族にはバレないようにソーサを進めてもらった。

 DNA鑑定でシマがシャチョーとの血縁関係がなかったことがショーメイされたけど、シマの葬儀の費用を全部負担してくれた。そしてアタシの耳元で、

「落ち着いたらまた会おう」

 と囁いた。


 梅雨が明けて本格的に夏が来た。アタシは夏が大キライだ。

 ベッドでごろごろしていると、スマホに着信。タケシだ。

「んん?」

 口を開くのもめんどくさい。

「テレビつけてみろ」

 タケシの声がいつになく真剣である。

 アタシはリモコンでテレビをつける。

「何チャンネル?」

「8だ」

 タケシの言うとおりにチャンネルを変える。

 近所の山の中で男の遺体が見つかった。散歩中の男女が、枝に縄をかけた状態の男性を発見しケーサツにツーホーしたらしい。所持品から身元は……。

「オサムさんだ」

 タケシが言う。

 テレビは続けてしゃべっている。死後一か月は経過しているようであると。

「……」

 アタシとタケシとの沈黙。シマが死んだ日のやりとりと同じで、アタシたちは犯人がオサムだとわかっていた。かーちゃんも始めから気づいていた。オサムは長女の父ということになっている。


 シマが殺される数日前の日曜日。ウチには先にタケシが来ていた。三人の子どもたちと一緒にテレビゲームをして騒いでいた。

 そこへ、アポなしでオサムが来た。オサムはいつも違う店、シャレた店でケーキを買って来る。タケシと鉢合わせするのも初めてのことではない。シャチョーと三人が居合わせるとか、もっと別の男が居てもみんなヘーキで笑ってたことだってある。

 なのにあの日のオサムはヘンだった。

 かーちゃんもアタシも普段どーり、

「一緒に遊んで行きなよ」

 とオサムを誘った。

 だけどオサムは妙に辛気臭い顔をして、

「いやいいよ」

 と苦笑いを残して去って行った。

 その気配を、一瞬だけ振り向いたタケシは見ていたのだった。


 オサムの自殺。原因は職場の同僚女性に失恋したことだったと報道された。部屋に遺書が在ったらしい。タケシの裏情報では、どうもその同僚女性というのは実在していて、オサムが自分のせいで死んだということにひどくトーワクしているとのことだった。

 じゃあなんでシマを道連れにしたんだ?

 タケシにも訊いたがわからないと言った。

「さびしかったんじゃないか? 相手はお前でも良かったのかもしれないぜ」

「はあ……別にアタシでも良かったんだけどねー」

 アタシは大笑いをした。


 十月に入ってもことしは暑い。アタシはパートを辞めた。コージがうっとーしーからだ。いよいよ、

「ナホさんのために、オレが大学を出たらケッコンしましょう。オレと一緒に正しい人生を歩みましょう!」

 とまで言い出したのである。たまったもんじゃね―! 我が家は江戸時代から代々ケッコンしねーで稼いで行く家系なんだよお! それがアタシたち一族にとっての「正しい生きかた」なんだよお!

 だからめんどくさくなってパートを辞めた。また近所でどっか探そう。いいオトコが集まりそーなトコ。

 そんなことを企んでいた、夜の食事のときだった。かーちゃんが言い出した。

「ナホ」

「なあにぃ?」

「あんた、売春やめなさい」

「はあ?」

 アタシはただただ驚く。snsが発達した昨今、売春稼業は年々盛んになっている。

「シマが死んだときから言おうと思ってたんだよ。アンタはアタシたちの家系にしては珍しく妊娠しやすい。それにオトコを見る目もない。オサムにしてもコージにしても。それ以外にもこれまでにメンドーなオトコを選んで痛い目に遭ったことあったろ? ストーカーとかさ」

「うん……まあな……」

「アタシも、娘たちももう三人とも稼げるんだから。家業はアタシたちに任せな」

「じゃあアタシはどーやって稼いだらいいんだよ」

「昔聴かせたことあるだろ? 稀に男子や妊娠しやすい女性が生まれることがあるって。そういう場合はマジメに働くんだ。夜職はダメだよ。専門学校へ通わせてやるくらいの貯えはある。ケッコンして専業主婦になってもいい。ま、アタシたちみたいな家系に反感を持たずに受け入れてくれる家庭なんてそうないだろうけどね」

 かーちゃんのことばに、アタシはコージを思い浮かべる。どれだけコージがアタシとケッコンしたがっても、コージの両親はアタシたち家族のことを認めないだろーなー、と。

「タケシとケッコンしたら?」

 三女が言う。三女はタケシの娘ということになっている。

「ああ……まあなあ……」

 でもアイツ、パチプロで、あんましシューニューがアンテーしねーからなー……。

「ま。ナホは今後売春以外の仕事を探すこと。わかったな?」

 かーちゃんが言う。

「わかったな?」

 三女も笑う。わかってんだか何なんだか。

「わかったよ」


 その後アタシたちは引っ越しをした。それを知ってなんでだかタケシも近所へ移って来た。アタシは専門学校でパソコンを勉強し、正社員の事務員として雇ってくれる会社が見つかった。

 そのことを、久しぶりに電話をかけて来たシャチョーに話したら、

「オレに言ってくれたらオレの会社で雇ったのに。オレの会社がイヤだったら、取引先の会社を紹介してやることもできるよ」

 と言われた。なので、

「もし次に職場を探すときになったらお願いします」

 と……最近のアタシ、いやわたしは、敬語も使えるようになったのである。

 今の職場ではネたくなるような男性社員は居ない。いや。そういう目で男性を見ることがなくなってきた。

 ときどきタケシの部屋に呼ばれる。泊まって行くことがある。

 アタシにはこの程度の暮らしがちょうどいいみたいだし、家族もそれで上手く回っている。


四百字詰め原稿用紙 十六枚 了

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