やるき先生の日常【KAC20252・あこがれ】第三弾

カイ 壬

やるき先生の日常

「やるき先生、私も先生みたいな小説家になりたいんですけど。どうしたらなれますか」

 私は小説の大家に尋ねてみた。


「それならとにかくたくさん書きなさい。書いて書いて書き倒すのです。そのうち誰かが読んでくれますから」

「先生独特の文章術のようなものはないんですか」

「君、そんなものがあったら僕が先に実践していると思わないのかい」

 そう言われればそうだよね。


「先生の文章って独特ですよね。妙なクセがあるというか」

「売れる文章にクセは必要不可欠なものだね。僕のようになりたいのなら、僕の文章を写経のつもりで紙に手書きで書き写してみなさい。きっと呼吸とかリズムとかわかるはずだから」

「先生もそうしたんですか」

「僕の文章は独特さ。誰かの真似なんてしたことはないぞ」

 やるき先生は得意げに胸を張った。


「確か、とある文芸賞の大賞候補に残ったとき、選考委員の先生から『これは松下隆の劣化コピーだ』と批判されたという逸話がありましたよね」

「どこから聞いた話なんだ。僕が松下隆をコピーするわけがないだろう。たまたま似たに過ぎないね」


「それなのにペンネームでは松下を名乗っているんですよね。どういうことですか」

「姓名判断で占っただけだね」

「確かに外格は大大吉ですから当然ですけど、地格は大凶ですよね」

「作家は見かけがよければそれでいいんだよ。売れるかどうかは第一印象なんだから」

「そんなだから、百万部も売っているのに中古本がワゴンで十円叩き売りになるんですよ」


「百万部も売れれば、たまたまそのうち一パーセントが売りに出れば一万部は古本市場にあふれるからね。今どきの作家じゃ一万部も売れないよ。だから有名税のようなものさ」

「じゃあ先生の小説って、新刊を買わずに中古で出回るのを待ったほうが効率的ってことですね」


「なぜそうなるんだね。新刊を買ってくれなければ僕に印税は入らないんだよ。中古本がいくら売れようと、著作者には一円も入らない。作家は古本屋なんて潰れちまえと思っている人が多いはずだよ」

「でも、気にはなっていたけど買うほどの動機がない人にとっては、古本屋で十円なら読んでみようかなって思いませんかね。潜在的な読者を広げるためにも、古本屋の意義ってあると思うんですけど」

「さっきから君の意見を聞いていると、いったい僕のどこを見習いたいのかね」


「それはもちろん、百万部売って古本屋に十円でワゴンセールされるような作品を書いて出版してみたいってところですね」

「それが君の本心か。まあそれなら僕の作品を読んでも得るものはないからね」

「どうしてですか」


「僕の文章は松下隆を研究して編み出したものだからね。真似するなら僕じゃなく松下隆の文章ってことだね」


「とうとう認めましたか。まあ隠しごとができないところも先生の魅力なんですけど」

「どうせ文壇では有名な話だしね。それに最新刊の『トリの降臨』だって予約だけで三十万部を超えたそうだし。まだまだ稼がせてもらうよ」

「そういう根拠のない自信も見習いたいところですね」



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