そこが始まり

夜澄 司

思い立ったが吉日


 その日、私はお婆ちゃんの家で遺品の整理をしていた。


 母さんも父さんも忙しいからって私に投げてきたけど、大学生が全員暇だなんて思わないで欲しい。

 まぁ確かに夏休みに入ったから暇なのはそうなんだけどさ。

 

 お婆ちゃんの家は首都圏ではあるけど、誰もが見たら田舎だというぐらいのところにある。

 正直に言えば首都圏の中で1番の田舎かもしれない。

 だけど、私はこの町とお婆ちゃんが好きだった。

 お婆ちゃんはとても優しくて、たくさん頭を撫でてもらった記憶がある。

 それにこの街は、川がせせらいでいて、トウモロコシ畑が一面に広がっていたり、季節によっては菜の花が黄色い絨毯を作り上げたりもする。

 自然に溢れていて、夏休みに来ればそれはまるで、映画で見たかのようなまさに夏休みといった感覚を得られたんだ。

 

 昔の思い出を振り返りながら、お婆ちゃんがよく使っていた戸棚を整理していると茶封筒に混ざって一つだけ白い封筒が出てきた。

 写真か何かかな?と中をひっくり返してみると、手のひらには古い切符が落ちてくる。


「…切符?見たことない駅名だけど」

 

 手のひらのそれには、切符の値段と聞いたことがない駅名が書いてある。

 スマホを取り出して駅名を調べてみる。

 それはもう何十年も前に廃止された路線の駅の名前だった。


「なんで、お婆ちゃんこれ大事そうにしまってたんだろ」


 他に関連する手紙でもないかと見てみたけど見つからない。

 なんか昔にお婆ちゃんから、聞いたことがある気がするけど、思い出せない。


 なんとなく、そう、ただなんとなく行ってみようと思った。


「んー、こういう時は気分転換するのが1番だしね」


 私はスマホの地図アプリを起動させてそのまま車に乗った。


「思い立ったが吉日ってね〜」


 エンジンをかけてアクセルを踏み込む。

 ちょっとしたプチ旅行の始まりだ。


 片道約1時間のドライブを終えて、たどり着いたそこ。


「おぉ〜、見事に無人駅。そりゃ廃線してるから当たり前なんだけど」


 木造された駅なんて東京に住んでたらまず見ないから新鮮な気持ちになる。

 とりあえず車から降りて私は散策を開始する。

 まぁ誰も居ないし駅に入っても大丈夫でしょ。


 そう意気込んで駅に入ったはみたけど、ものの見事に何もない。

 まぁそりゃそうよね、わかってたけど。


 ふと一つの柱に何かが沢山刻まれているのに気付いた。

 時代的にそういうのが緩かった時代かぁなんて思いながら思い近づいて——


「どうかされましたか?」


「うぇっ!?あっ、いや、その、悪いことしようとかそんなんじゃないんです!ただなんとなく入ってみただけで!」


バッと振り返ると、そこには若い女の子が立っていた。


その子はクスクスと笑いながら話しかけてくる。


「すみません、そんなに驚くとは思わなくて。何か探してる様子だったものですから」


 えらく物腰が丁寧な子だな、まだ若いのにしっかりしてる。


「あ、あはは、こっちこそ大きい声出してごめんね。特にこれと言って探してたわけじゃないんだけどさ」


そういう彼女はなんでここにいるんだろう。


「君はどうしてここに?」


「私は…私はそうですね。迷っていて」


「迷子?お家まで送ろうか?」


「あ、いえそうではなくてですね。自分の判断に迷っているんです」


 んー、訳ありかな?地元の子が悩む時はいつもここに来るとか、そういうのもあるのかも。


「あ〜、なるほどね。私でよければ話聞こうか?これでも良い大学行ってるからちょっとしたアドバイスはできるかもよ?」


「本当ですか?お心遣いありがとうございます」


 少しボロついたベンチに2人で座って彼女の話を聞く。

 彼女の口から出てきた悩みは、私が最初想像するよりも重い話だった。

 正直進路に迷ってるとかその程度だと思ってたよ…


「じゃあ、つまりはその男を追いかけるべきだったかどうかで悩んでるってこと?」


「はい…彼は夢を叶えるために東京に行ってしまって、私も一緒に来て欲しいと、誘ってくれたんですが…」


「親が許してくれない?」


「はい…」


 え〜いわゆる毒親ってやつ?

 いやでもその男が変なバンドマンの可能性あるし親御さんの気持ちも分かるっちゃ分かるなぁ。


 でもこれ、そうかぁ。

 あるんだなこんなこと。


「よし、じゃあさこうしようか。まずコイントスしよ」


「コイントス…ですか?」


「そう、ここに100円玉があるからこれを弾いて表ならこっち、裏ならこっちって決めるの」


「は、はぁ…なるほど」


「数字が裏面で、花が表ね。それで表なら追いかける、裏なら諦めるってことで」


「え、え、そ、そんな急にですか?」


「そりゃそうよ、思い立ったが吉日ってね。じゃ弾くね」


「え、ちょっ、心の準備を——」


 私は親指の先に100円玉を乗せるとそのまま勢いよく上に弾く。

 キィーンと音が鳴って100円玉が中に舞う。

 そしてそのまま降ってきた100円玉を左手の甲で捉えて、右の手のひらで押さえつけた。


 右手を開くとそこには——


「裏…ですか…つまり私は、諦めるべきなんでしょうか」


 数字が刻まれた面が上を向いていた。


「今さ、裏が出て諦めるってなった時に素直にそうしようって思えた?」


「正直なことを言えば、思えておりません…」


「それならさ、追いかけちゃえば良いんだよ」


「えっ、でも裏面がでたら諦めるって…」


「あぁ、これね。別にどっちが出ても良いんだ」


「えっ、そ、そうなのですか?」


「結果を出すことが大事でね。その結果に対して自分が嫌だなとかモヤモヤしたりしたら逆の選択肢を取るべきなんだってさ。私もこれお婆ちゃんに教えてもらったんだよね」


「な、なるほど。で、でも追いかけるにしてもそんなお金持ってないですし」


「んじゃあ、はいこれ。使って」


 私はポケットに入れていた切符を彼女に見せる。


「えっ、でもそんな高いものですし、いただくわけには」


「良いの良いの、だってお金がなくても駅に来ちゃうぐらい未練があるんでしょ?だったら貰って。私が持ってても意味ないし。それにそれあなたのだから」


「そんな…本当に、良いんですか?」


「良いんですよ、ほら、電車も来たから乗って乗って!」


 彼女の手に切符を握らせて背中を押す。


 目の前にいつの間にか来た電車が止まっている。

 いやぁ、電車って人目見る前で昔のものってわかるんだなぁ。

 デザインも進化してるってことよね〜。


「あ、ありがとうございます!必ずこのご恩はお返しいたしますので!」


「良いの良いの、別に恩返しなんて。まぁどうしてもって言うなら、将来君の孫にうんと優しくしてあげてよ」


 彼女がペコペコと何度も頭を下げていると電車の扉が閉まり、出発していった。


「あー、えー、私オカルト研究会とか入った方が良いのかなぁ」


 そうぼやきながらベンチから立ち上がる。

 お婆ちゃん大恋愛とかしてたんだなぁ、知らなかったや。


 そんなことを考えながらさっき見ようと思った柱に近づく。

 そこにはこの駅を使っていたであろう人達から、沢山のメッセージが刻まれていた。


「廃線になる時にでも刻んだのかな、どれどれ」


 どんなメッセージがあるのか見ていると、一つ目に留まったものがあった。


『あなたから受けた恩はとお心遣いは忘れません。必ず未来に繋いでいきます』


「いやぁ、大袈裟だって。別に何もしてないよ私」


 周りも暗くなってきたし帰るかな。

 ふぅ、と息を吐いて車に向かう。

 

 アクセルを踏み締めて、またお婆ちゃんの家に向かう。


「あー、今日は帰るつもりだったけど、久しぶりにお婆ちゃんの家に泊まろうかな。お婆ちゃんのアルバム見たいし」


 アクセルを踏みながら色々なことを考える。

 今日私が体験したことはなんだったろうとかお婆ちゃんはなんでまたこの切符を取っておいたんだろうとか。


 ただ確かなことを言うとするならば。

 私はこの町のことを昨日より、もっと好きになれた。



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